Daily・・・日々雑感

08.12.26
『新建築 住宅特集2009年1月号』のエッセイ「住宅を読む」(時評)で、
アラップジャパンの佐々木仁さんから杉シェルターにコメントをいただきました。
本屋さんで見ていただけたら幸いです。

08.12.25
今朝起きてみたら枕元に、今年もありましたよ。朝ちゃんとママとパパの分まで。
ありがとうサンタさん。
お手製らしきテトラパックのラッピング、どうやって作ったのかな?
と思って測ってみた。
大きい方が 1095mm x 632mm、小さい方が 545mm x 314mm。
なるほど、これは1:2:√3から導き出されているようだ。
つまり正三角形の辺の長さの公式というやつだ。
サンタさんだって中学校くらいは出ているのだ、きっと。
ありがとうサンタさん。来年もまた深夜にラッピングで悩むようなことがあったら、
このDailyを見るといいよ。

08.12.18
日経PB社の建築系サイト『ケンプラッツ』で、「軸組木版造の図面販売」について紹介されています。
・・・“挑戦者”の試みを確認してみてはいかがだろう。』なんて書いてもらっとりまして、
ちょいと大げさで恥ずかしくもあります。
思いついちゃったら、やらないでは いられない、だけなんですけどもね。
小学校の授業中に「あ、オヤツのイイ隠し場所思いついた!」なんて思ったら、
もうソワソワしちゃって、分数の割り算なんてやってる場合じゃない、あれといっしょで。
仕事が手につかなくなっちゃうから、アタマの中のメモはサッサと形にして自分の外へ出す。
今回の『図面販売』や『大災害時の図面無料ダウンロード』、mixiでの『建築家 設計事務所 ほぼ全員』、
『住宅作家になるためのノート』の「災害と住居」という章や、
勝手に書いた「おまけに」というあとがきのあとがきなど、
誰から頼まれたわけではないけど、いちおう形にして、
「こういうの、どう?」とみんなのテーブルに勝手に出してみたのでした。
webのおかげもあって発信はホント便利になりました。
(一方で、ま、いろいろ気ぜわしくもなりましたけども)
話しはちょいと変わりますが、半年前くらいに気が付いたことがありまして、
これがなかなかイイ具合で、けっこう長持ちしてる言葉ですので、書きとめておきます。

『 "めんどくさい"は、やらない理由として実に正当である 』

この意味を的確に解説しようと、いま文字と格闘してみてたんですが、
1時間近く書いては消しを繰り返し、さんざんやっても無理でした。
す、すみませんが、これ以上はもう"めんどくさい"ので、
どうぞご自由に解釈してください。
投げやりなんじゃなくて、ホント正当なんですよ。


2008.12.17
秩父でカフェをやり始めたHさんへのちょっとした贈り物を梱包していたとき、
キンコンと玄関が鳴り三鷹のMさんから、我が家へ贈り物が届いた。
贈る理由も義理もあるような、ないような。
そうしたかっただけだと思う。互いに。
あぁ、人間やってて良かったなぁと、幸せを実感した。

2008.12.16
出版情報です。
雑誌『at Living vol.7 (ネコ・パブリッシング)』で「朝の家」が紹介されています。
リフォームハンドブック2009(建築資料研究社)』では「月の家」での構造詳細について
的確な文章で紹介されています。
建築家 手嶋保さんによる美しい「道灌山の家」も載っていました。
これは建築家の技術サイドからの思考を知るのにいい本だと思いました。
書店にお立ち寄りの際に、見てみてはいかがでしょうか。


【大災害のとき、建築士にもできること】081204

阪神・淡路大地震があったように、
首都圏直下大地震も必ずあるとそのスジの専門家は口をそろえる。
それが5分後に来るのか、10年後に来るのか、が不確定なだけ。
そういう大災害の時に、細々と仕事をしている建築士が役に立てることってなんだろう?

大災害からの復興時には、早く生活を立て直したいと願う人たちは、 じっくり設計している時間なんて無いから、おそらくハウスメーカーに駆け込む。
でも、みんながそれで、いいのだろうか?
そういう街並ができちゃって、いいのだろうか?

そこで、須永豪・サバイバルデザインは、こうしようと思う。
大災害後の混乱期には、過去の仕事の図面一式をこのHP上で公開・無料ダウンロードできるようにしよう、と思う。
もし自分の土地に入りそうな建物があれば、どうぞお使いください。
図面一式をダウンロードして、どこでも工務店・建設会社に持ち込めば、大旨同じような建物を建ててくれる。
細かいところの多少の違い、内装外装の仕上や設備の仕様などは
好みやお財布・工務店の都合で自由にアレンジしてもらって構わない。
土地の形は、十人十色でみな違う。家族構成、生活スタイルも違う。
僕一人が放出してもうまく当てはまるプランはないかもしれない。
でも、少なくともハウスメーカーの家とは、全然違う建物ができる。

建築士ならだれでも過去の仕事の図面を持っている。
お金は、恥ずかしながらあまり持っていない。
建築士の財産は、ひとつづつ残してきた建物。
だから、困っている人の役に立つなら、それを放出したらどうだろう。

もしよかったら、みなさんもいかがでしょう?
もし他にも「やるよ」という建築士さんがいてくれたら、被災者の選択肢はうんと広がると思うのです。
やりたい建築士が個人的にやってもいいし、グループで集まって少し目立つやり方をする手もあるかもしれません。
「やるよ」という建築士が増えたら、そういう情報の交通整理をして、
必要な人に届きやすくするための本部のようなもの、
たとえば『復興住宅バンク』といったサイトを立ち上げるのも良いかもしれません。
100万人のキャンドルナイト」や「打ち水大作戦」のようなネットワークでしょうか。
いずれにせよ言い出しっぺの僕は、一人から始めてみることにします。
(もし「一緒にやろうよ」と思ってくれる建築士さんがいたらぜひご連絡ください。リンクし合いましょう)

多くの建築士は(ウチも含め)、世間の皆さんに思われているよりずっと零細です。
これほど創造性と報酬がアンバランスな分野ってあるのだろうか、と思います。
それでも創造することを辞めない建築士ですから、基本的には心根の澄んだ人が多く、
世のため人のためになることをしたい、と心では思っています。
ただ、自分の日々の生活をガタガタにしてまで、ボランティアをやれる余裕は、あまりないだけです。

1回使って死蔵させてしまってる図面、僕のところにもいくつかあります。
僕の単独名義での住宅作品に限りますし、狭小住宅くらいしか当てはまらないかもしれませんが、
大災害を乗り越え立ち上がろうとする人のためには、喜んで提供させていただきます。
そういう時が来てしまった際は、どうぞ遠慮なくご連絡ください。


□おことわり
「設計されたものって、その建て主さんのものじゃないの?」
と思われるかたもいらっしゃるかもしれません。
そこのところをご説明します。

設計や図面は建築士の「著作」で、その権利は建築士にあります。
建て主さんとの契約では「建主はこの建築士の作った図面を使って、1回に限り建築することができる」となっています。つまりもう建物を建てた建て主さんは、「図面が手元にあろうと、同じ建物をもう1つ建てたり、図面を誰かに譲ったり公開しては、ならない」のです。

では、すごくいい建物に満足している建て主さんが、大災害の時に「親戚が困ってるから、ウチの図面、貸してあげるよ!」と独断で提供するのは? それは、してはいけないことなのです。それが、心からの善意であっても。(建築士さんの同意が得られれば大丈夫でしょう)

災害復興時に図面を無償で提供する、それは建築士の善意ではありますけれど、
その元々の建て主さんの同意を得ておく、それもマナーとして必要なことだと思います。
もちろん住所など個人情報は消しておかなくてはいけないですね。



2008.12.03
杉シェルターで至った「軸組木版造」、誰にでも使える技術を目指して開発したので、
ぜひ建築業界の色んな方々・企業に使ってもらいたいと思っています。
それを実現するには、特許は取らない方が良いだろうと思いました。
そこで図面一式を販売するという形をとり、技術を公開することにしました。
ご安心ください。僕が大儲けできるわけではありません。
一瞬アタマをチラついた、発明で食っていく夢は放棄し、
作家として一生コツコツ過去の自分を越えていくのだという覚悟は決めました。
スゴロクは、早くあがった人ほど実はツマラナイものですものね。
杉シェルターが「新建築 住宅特集12月号」「住宅建築12月号」に掲載されたこともあってか
(あと「日経アーキテクチュア12月8日号」にも掲載になります)、
さっそく図面を希望される方が数組あらわれました。(ありがとうございます。ぜひ発展させていってください)
まったく未知数だった試みが少しずつ動き出しそうな予感です。
そんな折、また新しいことが思いつきました。
ひらめきは風呂に入っているときに起こりやすいです。
寒い冬がまた来ます。めんどくさがらずにお風呂には入りましょう。
風呂は、裏切りません
・・・いや、で、なんの話しかというと、↑に書く『大震災のための建築士の備え』のことです。
東京からノコノコと逃げ出してきただけじゃイカンなぁと、ずっと頭の片隅で燻っていたんです。

2008.11.18
しばらくお休みになっていた建築道場
「本も出たことだし忘年会をやろう」ということになりました。
初めのかたでもご参加いただけます。よかったらどうぞ。

2008.11.04
住宅作家になるためのノート、無事刊行しました。
worksに紹介をのせましたので、 ご覧ください。
あと、松本はすでに寒いです。
青森と近い気候だと、今日、初めて知りました。
でも・・・、天国みたいに素敵なところですよ。

2008.10.07
共著で書いてきた本が、ようやく陽の目を見そうです。
出版社のHPに告知が載っていましたので、もう紹介してもよいのでしょう。
『住宅作家になるためのノート』というタイトルです。
ネットや書店でご予約していただけますと、ちゃんと手に入ると思います。たぶん。
編集のかたに「半年で書いちゃいましょう」と言われたスタートから、
終わってみれば丸3年がかりでした。
それだけ内容が厚いということです。
各々の仕事が遅い、ということでは・・・
住宅作家になる気はない人でも、読んだら何かしらいい刺激になるようなことが、たぶん書いてあると思います。
建築を学んでいる人、住宅に興味がある人、ふつうに本好きな人からおサルさんまで、
どうぞ『ちゃんと新品を買って』読んでください。はい。
僕が言いたいのはそれだけです。
あと、松本は天国みたいに良いところです。

2008.09.15
いま「松本」に来ています。長野県です。
 突然ですが、このたび引越・移転をしました。
ここは賑やかな街中でありながら、すぐそばに自然が「自然に」あります。
私・妻の実家は東村山と松戸ですので、松本に親戚がいるわけでもないのですが
「視界の50%以上が自然というところで暮らしたい」という妻と、
吉祥寺のようなコンパクトで活き活きした街が好きな私と、
とにかく広いところに住みたいという4歳のムスメの希望が合致し、
試しに移り住んでみることにしました。

仕事の方は今後も東京近辺の仕事を積極的にやっていきますので、
守備範囲を変えるわけではなく、むしろ活動の巾が広がると思っています。
(現在も千葉の新築が進行中で年明けからは吉祥寺のショップの改装、名古屋での新築など)

 僕の場合、仕事ではほとんどの時間を机の前で過ごしていて、
職住一体で通勤のないスタイルがやり易く、スタッフもどうやら不要だということが分かってきました。
吉祥寺という便利な街に暮らしていながら、買い物はナイキストアで靴のサイズだけ確認して、
インターネットの洪水の中から好きなカラーを探して買うというようなことも増えてきました。
美術展やライブも最近は滅多に行かなくなり、クリエイターどうしの交流というのにも慎重になりました。
創作に必要なのは、膨大な独りの時間なのだというのが実感です。
仕事で欠かせない仲間のma-GUさんや桃ノ木製作所の中山くんなどとは、
FAXと電話の打合せでちゃんと意思の疎通ができてしまうので、
案外「顔を会わせるのは忘年会」だけだったりします。
いつの間にか数年会っていない古くからの友人もいます。
どうも、大切な人ほどそんなに会わなくても繋がりが確かだから大丈夫、という気がしています。
こうしてよくよく考えていくと、僕らが東京の密度の一部でいる必要も無さそうです。
・・・だったら、窓から見える景色がキレイな所に机を置いておきたいな、と。
打合せや現場は週に一度有るか無いかだから、
そのとき2時間ちょっと余計に電車に乗るくらいはどうってことない。
どうせいつも膝の上でスケッチや図面チェックをしているのですし、
都内での移動だってなんだかんだで1時間以上かかっています。

じつは移住は何年も前から考えてはいました。
まず東京に家を建てて、夏用(首都圏直下地震の際の疎開用)の2番目の家をどこか山の方へ、と。
時々家族旅行をしながら「この街はどうかな」と見てきたのですが、予定変更です。
賃貸マンションでもいいから"今"東京の外へ出ようと、決めました。
生活上も仕事の創作上でも「人間の渦」の内側でやっていかざるを得ないことに
無益な疲弊も感じ始めていたからかもしれません。
(とはいえ、「人間の渦」の生む良い活力も知っているので松本というやはり「街」暮らしを選びました)

この8月、杉シェルターを引き渡した翌日から秩父に家族旅行へ行き、
(ココは僕らの街じゃない)と思ったので、そのまま松本まで足を伸ばしてみて(ピン!)ときました。
街には個人オーナーの小さくて濃いショップがちょこちょこあって、
でもパルコまであってで、吉祥寺と似た雰囲気もありますし、
歴史が深い街なので文化が根ざしていて居心地が良さそうですし
山がすぐそばなので朝には森の空気が降りてきます。
「あぁ、ココなら何の問題もなく住める」と感じ、
その足で不動産屋へ行き家賃の相場を偵察しているうちに、眺めのいいマンションが見つかって、
気がつけば帰りの車中から「決めました、お願いします」と電話していました。
そんなこんなで急展開で事が進みまして、引越を9月9日に済ませました。
ご報告が遅くなってしまってスミマセン。

 ・・・こう書くとまた僕が主導でムチャを決めたように感じるかもしれませんが、
今回ばかりは、カミさんに引っ張られました。
 最近仕事がやっと軌道に乗りはじめ、「杉シェルター」でスナガ建築の基本形が完成し(たぶん)、
3年がかりで共著で書いてきた本も10月ごろ出版になるし、
よしこれからが安定期のスタートかなというタイミングなので僕は躊躇したのですが、
カミさんの「やってみてムリだったら、また戻ればいいだけじゃない」という言葉で気持ちが軽くなりました。
思いもよらぬところへポーンと遠くへ放ってくれた無茶、
これはむしろ、感謝しなくてはいけないのかもしれませんね。
(ところで自分の家を建てるのは、いつになるのでしょう?どこになるのでしょう?ワカリマセン。)

 さ、そんな風にして須永家の生活とサバイバルデザインの仕事にはまた新しい空気が吹き込まれ、
戸惑いながらも僕らに新しい価値観も生まれていくのでしょう。
松本と東京を打合せや飲み会のお誘いの度に行き来する生活は、きっと心の新陳代謝も活発になり
鮮度のいい毎日が送れるんじゃないかとも思います。
いろいろ便利な時代のライフスタイルとしてはこれくらいの距離はアリでしょう、きっと。

「田舎暮らしでのんびり」のつもりはありません。
街と人が生む活気と、大地のもつ野生エネルギーの両方を吸込んで、
第二第三のエンジンを噴出させる気でいます。
カミさんは福祉の世界から離れ、かねてより温めていた創造の分野でなにか始めるようです。
身長96cmのムスメも視界が広くなって楽しそうです。
僕の人生にとっては第三ラウンドが松本で始まるという感じがしています。
さぁ、うんとがんばらなくちゃ。
(・・・人生っていつまでたってもラクにはならないのぅ)

 まったく突然で、きちんとお知らせもせずにでスミマセン。
「さようなら」のつもりがまったく無かったのでご報告が後になりました。
東京で培った縁を大切にして、より自由に活動していきたいと思います。
もちろん関東での仕事依頼にも対応していきます。交通費の割増しもいりません。
(「サバイバルデザインの交通費」が増えても「須永家のレジャー費」分が減るハズとの読み。
ん、ホントか? まぁいいか。)

今後ともどうぞ変わらぬお付き合いを、よろしくお願いいたします!


2008.09.11
新居用に用意した2つ。
トランジスタのサイドボードに清水千恵子のイラストを置いてみた。
まだダーンボール山積みの室内が、急に「場」に変わった。
すごいな。
トランジスタのサイドボード、肌触りスベスベでたまらん。
ホントに丁寧にリフィニッシュされていて、こんなに手間かけてて利益出てるの?と不思議でしょうがない。
こりゃぁ一回買ったらリピーターになっちゃう人多いだろうなぁ。店主の村松さんありがとう!
(引越祝いということか配送サービスしてもらっちゃったし、宣伝くらいさせてくださいな)
清水千恵子氏のイラストは、もともと「レストラン ラグーン」用に描いてもらったイメージ。
「イラストレーターは原画を売らない」のだそうだが、
家市で再会して多くのイラストがあった中でもやっぱり魅かれるので、
「この子ウチに来たらすっごい歓迎されるよ、つまり買わせてほしいのです」
と頼んで目出たく嫁にやってきた。
あぁ、広い家っていろいろ置けていいもんだな。

2008.09.01
ほ、欲しい!『非電化冷蔵庫』
あと『非電化掃除機』も。
希望者が500人集まったら、製造するんだそうだ。
(はい。もちろん申し込みました。み、皆さんもどうです?)
発明家 藤村靖之氏の本も2冊注文、ポチッ。
『非電化生活』、ひっさしぶりにワクワクすることに出会ったぞ。
・非電化工房ホームページhttp://www.hidenka.net/

2008.08.08
1年以上、毎日毎日大切に大切に磨き続けてきたものは、
手塩にかけた分だけ、胸の中で少しずつ少しずつ膨らんでいく、
でも、建築は丹誠込めてつくっても出来上がった瞬間に人のモノになってしまうので、
作者の心には膨らませた分だけの大きな空洞だけがボッカリと残ってしまう。
その空洞をなんとか埋め合わせようとして、
隅々まで竣工写真に収め、カケラを集めて納得しようとするのかもしれない。
 保坂氏の写真ができ上がってきた。
心をグッと掴まれた1枚があった。
夜が解けていく朝の、窓からの風景。
僕が作った『杉シェルター』という建築なんてどこにも写っちゃいない。
でも、「オマエの見たかった風景はこれなんだろ」
写真がそう言ってくれてる気がした。
 彼の写真は『被写体・THE建築』ではなくて、
この建物を『漂う(旅する)人の目』だという気がする。
僕の大きな空洞は、『竣工写真』なんかよりずっと質の近いもので埋めてもらえそうだ。
自分の作った建築の写真を、自分の部屋に飾りたいと思えたのは初めてのことだ。
 彼と僕は精神的な波長がかなり近いのだと思う。
そして、今回のはお互いの自己満足のためだけに撮られた写真。
さぁてこれら写真の束を、どう世に出していくのがいいのだろう?
まだわからないけどwebsiteのなかでは必ず載せていきます。

2008.08.02
結局、自分で撮影はしなかった。
というかひどく体調を崩してしまって、できなかった。
そういえば『月の家』のときは僕のカメラが壊れて撮れなかった。
保坂彩樹という人に撮ってもらうときは、
僕は撮らせてもらえなくなる。
タイミングの神様の仕業か。

2008.07.31
明日、夜明けから日没まで撮影。
保坂彩樹に撮ってもらうことにした。
もともとは誰にも依頼せず、自分で撮り尽くすつもりでいたけど、
「家市」で『杉シェルター』の魂にまともに向合おうとしてくれた
彼の真っすぐさに、やられてしまった。
僕は彼にはひとつだけリクエストをした。
「撮影では、杉シェルターとの対峙に用意してくれた写真を、再び壁にかけて共に収めてほしい」
彼は、目の前の建築と、その産みの親と、壁の自分の写真と、自分自身と、向合うことになる。
よくよく考えて見ると、まったくヒドいリクエストを言ったものだ。
結果の読めない化学反応、だったら混ぜちゃえ、混ぜちゃえ。
なにが起こるか起こらないか、そんなの誰にもわからないコラボレーション。
だから今日も生きてみるんだよ。
ね。

僕も僕で、もちろん撮る。
やっとこの世に生まれてきた我が子と向合い、
1年前の自分と向合う。そのときは壁には何もいらない。
建築はでき上がった瞬間に人のものになってしまうのが切ないんだな。
想いを供養する、そのために僕は我が子がいっちばんいい顔するところを、
精一杯撮影する。

さ、8月からは待ってもらっていた次の物件を仕上げなきゃ。
また忙しくなる。
その前のひととき、産まれたばかりの我が子と最初で最後のデート、32時間。


2008.07.30
お越しいただきましたみなさま、ありがとうございました。
無事に終わって数日脱力しとります。
あの日、作家のみなさんが搬出を終えたガラーンとした暗い空間に、
カーテンのない窓から街灯の青白い明かりが差し、
残っていた僕の荷物のシルエットが木の壁に浮かび上がりました。
(あ、何でもない空間に戻っちゃった・・・)
たとえば、市役所の駐車場で催された盆踊り、
その翌日に感じるあの淋しさと同じ。
「ココは何でもない空間のはずはない」という理屈と、
実際に感じたあの感覚のあいだには、
なにがあるのだろう。
ひとつ終わって、また新たな問いが生まれた。

2008.07.10
『家市』でお手伝いしてしていただけるボランティアスタッフを募集いたします。
お願いしたいのは当日の準備・受付・後片付け・もろもろ雑多なことなど。
気を利かせて立ち回っていただけると、とっても助かります。
(こういうときのスナガさんは大抵頭がパンクしてトッ散らかり気は利かず、
準備疲れで腰痛炸裂、久しぶりに会う色んな人にニコニコ顔で挨拶しながらも実は相手の名前が思い出せず、
吹き出す汗を拭いてるばっかり)
学生さんのインターンシップ・オープンデスクとしてでもOKです。
興味のある方はご連絡ください。


【家市(いえいち)のご案内】080706
住宅「杉シェルター」のオープンハウスにあわせ、
この場を2日間だけのギャラリーとして展示・販売をおこないます。
この機会にぜひお越し下さい。
会場は10:00から17:30まで開けています。
できれば午前中早めの時間帯に来ていただいた方が、
混まずにゆっくり気持ちのいい時間を過ごせると思います。

建築 須永豪 /サバイバルデザイン
家具 真島啓・逸子 /家具工房ma-GU
写真 保坂彩樹
写真 和田高広 /LIGHT&PLACE
イラスト 清水千恵子
陶器 小谷田潤
ガラス 今村知佐
テルミン演奏 llamano (12:00〜12:15,15:00〜15:15)
会場音楽 DJ建主さん

個人住宅ですので住所はweb上には公表いたしませんので、
以下のアドレスまで(お名前・ご住所をお書き添えのうえ)メールをお送りいただければ、
自動応答メールにて住所・地図等を返信いたします。
(※終了しました。ご来場ありがとうございました。)


【杉シェルター】
木の版で建築をつくりたいと思っていました。
箱を棒でつくるムリをせずに、箱は箱らしく組み立てたい。

大工さんが直感的に作れるように、ベースは在来工法ですが
(重機が不要・すぐ雨がしのげるというのはじっさい重要です)、
組み上がってみると木の壁構造。
ここでは木のシェルは4日で組み上がり、全体の工期は実質2ヶ月半。
これからに期待がもてる「軸組木版造」とでも呼べる工法になりました。
まるでギターやバイオリンの中に入り込んだような木の建築です。

プランは曲がって段々になっています。平面が「く」の字で、断面が「Z」字型。
自分の場所で自分のことをしていたいけど、首をひょいと伸ばせばおおよそ見渡せる。
ひとつの箱の中で出来事は同時に多発し、またそれを眺めている視点もある家。
まだ言葉にうまくまとまってきませんが、現代的な家族の住居だという気がしています。

ぜひ皆さんに体験していただき、様々なご意見ご指導などお聞かせいただけましたら幸いです。


2008.06.25 (wed)
久しぶりに、お知らせです。
こんにちは。ごぶさたしてました。
オープンハウスを行ないます。
7月26日(土)27日(日)の二日間、
場所は千葉県市川市、本八幡駅から徒歩20分程度のところ。
この一年黙々と取り組んで来た(HPの更新もせずに)、
入魂の建築です。
ぜひ皆様に体験していただきたいと思っています。
そして当日は、オープンハウスと合わせて、
知り合いの写真家・陶芸家・家具作家・ガラス作家・楽器奏者を招いて展示などを行ないます。
スナガの住宅建築が二日間限りのギャラリーになるというわけです。
(建て主のHさん、ありがとうございます!)
そして、気に入った作品は買って帰れます。
あ、でも建物だけはダメです。
ちょっと大きすぎます。
このオープンハウス&ギャラリー、詳細は近日中にアップします。
わざわざ脚を運ぶだけのことがある楽しい市場にしようと思いますので、
どうぞ夏のご予定をそこだけちょいと空けておいていただければ幸いです。



【才能】080504
世界なんてものは思い込みだ。
「自分を信じられる」というのは、
ある他人から吐き出された
あなたには才能があるのね
という「言葉」を信じているだけのこと。
本当の才能があるか、どこまで行ける才能なのか、
本当は誰にもわかりゃしない。
都合の良い言葉を、都合の良い人を、
選って掴んで離さない。
そうやって行くだけだ。



【共同体】080430
『二人三脚』でゆくということは、
遅い方の人より、
もっと遅くなるってこと、なんだぁな。



【かたまり】080224

ずっと肉に食い込んだままの塊、
流れた時間の分だけこすれて丸くなっていく。
消えてしまうことは無いにしても、
日々堆積していく垢の分だけ、奥の方へ埋もれていくのかと思っていた。
塊は、
ある日突然、氷解した。
ポッカリ、塗り固めてあった灰色のモルタルには穴が開き。
傷を忘れたあの日の少年のあどけない顔がのぞいている。

ピピピ ピピピ
オウトウネガイマス。ソチラハドウデスカ。
・・・・・・はい。・・・はいはい、こちらは未来です。
キミが思っているよりは楽じゃないけど、
キミが期待しているより いいもんですよ。
さ、自信をもっていらっしゃい。

再び僕たちはつながった。
トカゲのしっぽを切るように
置き去りにしてきてしまった18年前の少年は、
けなげで無邪気で自己中で生意気で
抱きしめてやりたくなるほど愛おしかった。
いまは確かにきみが見えているよ。

決壊したダムのように
14歳の少年は32歳のおじさんに語り始めた。
空白の時間が埋まっていく。

・・・ピピピ ピピピ
オウトウネガイマス。
トコロデ モウヒトツノ アチラハドウナリマシタ?

あっ・・・、



【"ちょっと"産業】080212

世の中にデザインばかりが溢れていく。
おいデザイン屋、
付加価値で世の中が溢れちまうぞ。
デザインする、その本体の方はまだあるか?

きれい、カワイイ、カッコいい、美しい、
そんなことに、なんの意味があるのだろう?
不安な時代、
心の隙間を埋めるために人々が欲しがるマボロシを
せっせセッセとクリエイト。

人間が増えすぎていて、地球が壊れかけていて、人間の無能さを人が嘆き、
不安要素だけが確実に膨らみつづけているのただ見ている、無力さと淋しさ。
それをひととき忘れるために魔法の言葉。
「ちょっと豊かな生活って、いいですよね」

もうデザインは宗教と同じ。
付加価値のバブルはブクブク、
本体はどこかへ置き去り。

アーティストは"ちょっと"じゃないものを見せてくれよ。
飢えも核戦争の世界をも救えるアートが、
もうそろそろ必要なんだ。

世の中が"ちょっと ちょっと"の付加価値合戦に右往左往、
ヘトヘトになるまでやってる間、
オシャレもステキも関係ないところで、
黙々と食うものを作り続けていた、
あのひとたちこそが、じつは本当のクリエイターだ。

僕たちは茹でガエル。
本当にいま作らなきゃいけないものは見ないようにして、
マボロシで世界を埋めようとしている。


名前は、サバイバルデザインという。
殻のことばっかり考えている、本当はいちばんの臆病者。
硬くて やわらかな殻をつくろうとしてる。
僕らもこれからは少しずつ、
考えるだけのクリエイターからは脱却してかなくちゃいけない。
「ちょっと豊かな生活って、いいですよね」なんて言わない。

「本物の建築は、血を流してる心だって救える」
僕は本気でそう思っている。



【アート】080127

恥ずかしながら、初めて『アート』を買った。

画集・写真集・ファッション・器・文学・レコード・建築も、
そういえば、この世のどんなものにも、何かしらの具体的な用途や、共有可能な価値がついてまわる。
霧のように消えてしまう一瞬のコンサートや演劇だってそう。
思いきって「ええい、自分にご褒美だっ!」と清水の舞台から飛び降りるように身銭を切るとき、
その背中を押してくれるのは(きっと何かしらの役に立つ・ためになる・今買わなきゃ後悔するだろう)という、安心感。
来客を意識したインテリア用のアートもそう。
最近なら(ブログで書ける)なんて気持ちが心のどこかに潜んでいることもある。

買ってみて初めてわかったのは、
アートは、『なんの役にも立たないもの』。
複雑なこの世の中で、どーっこにも引っ掛からず、キレーになんの役にも立たない。

日曜の公園で、ばったり彼の写真に出会って、
(あぁ、これほしいなぁ・・・)と思った。
1枚1000円と書いてあった。
えっいいの?それなら僕らにだって買える!
僕もカミさんも3歳の我が娘も、気になったのをいくつか選んだ。
物欲ではなく(もっと見ていたい)と、気になるものだけ。
写真家の彼は「ありがとう!」と言って、
僕らも「こちらこそ、ありがとう!」と思った。

晩、娘は自分で選んだ雪原の写真を、壁の 彼女の見やすい高さに貼っている。
自分のために、貼っている。
 僕も、(自分にしては珍しく心に引っ掛かった)花びらの大きな写真を、書斎の窓上に貼った。
別の、一番魅かれていた 無限の時間に吸込まれるような白樺の林の写真の方は、
すこし迷ってから、埃を払って封筒にしまった。
これはどうするか、またゆっくり考えよう。

人の心の奥の奥で静かに湧き出している透明な宇宙。
その脆い純粋さを焼き付けた一枚のアートに、静かな夜 無防備に出会うとき、
もう「彼の写真」ではなくなっていて、誰のものでもないような、誰のものでもあるような、
ぽっかりと空いた入口になっている。

これがアートなのか・・・。
なんの役にも立たないもの、
なんて弱くて、なんて みずみずしいんだろう。


保坂彩樹HP]



【毎日】080126

毎日、
キミがなにをしていようと、僕には関係がない。
世の中に暗い出来事が重ねられていようと、我が家には影響はない。

「どんどん世の中が悪くなっていきます」とわざわざ教えてくれるテレビも、
「こんなに悪いヤツがいます」と逐一報告してくれる新聞も、
「小さなことに気がつきました」と精一杯を綴るブログも、
僕にはいらないなぁ。

更新のない『Daily』、もし時々でも覗いてくれていたらごめんなさい。
毎日、何をしているか、何を思っているか、
書いたっていいんだけど、
ま、書かなくたっていいか。と、思ってました。

どこかの誰かとはほとんど関係のないところで、
僕は今までと変わらず仕事でアタマを悩まし、
時々なにかを発見して、
新しい依頼に喜んで話しを聞き、
子育てや家事をして、ときどき人と会ったり出掛けたり、
三歩進んだり二歩下がったり、喜んだり落ち込んだ迷ったりしながらの変化のある日々を、
まぁ変わりなく送っている。
とても小さな毎日。

あれをやんなきゃ、これも見なきゃ、
遊びにいかなきゃ、お酒を飲まなきゃ、
なきゃ、なきゃ、なきゃ、
忙しい、忙しい、みんな忙しいね。いつでも忙しい。
昨日と違う毎日が、刻んでいる間に過去になる。
見つめているうち、狭くなる。

気がつけばいつの間にか渦の中。
もうそろそろ出なくっちゃ。
デジカメと携帯電話は家に忘れておこう。
さぁ、
「いち ぬーけたっ!」



□さて2007年以前の、毎日書こうとガンバっていた頃のDailyは、
こちらか、右のバックナンバーメニューからどうぞ。

何者でもなかったひとりの若者が、日々と格闘し、自問と発見を課し続け、
闇の向こうにきっとあるだろう未来を信じ、言葉にして打っていた時期。
いま読み返して見ると、現在のスナガの素(もと)は、この5年間に凝縮されているとも思えます。
そして人としての根本は、なーんにも変わっていないなと改めて実感します。
全部読むには膨大な量の文章で、また若さゆえの苦笑いしたくなる記述も多々あり恥ずかしくもありますが、
防災のこと、健康のこと、生活のことなど、実のある話しもけっこう出てきますので、
興味のあるところだけでも目を通してもらえたら、幸せです。
(逆スクロールで古い日付から新しい方へという順に読む方が読みやすいかも知れません)
2009.03.07 須永 豪