Daily・・・日々雑感

2007.02.19 (mon)
4カ所のインナーバルコニーが内と外を意識的につなぎ、
内部では乱に配置されたガラス面が人の気配を反射し、
空間が楽器のように共鳴していく。
そんなことを軸にプランを考えている。
「ところで、この家にはどんな名前がつくんでしょうね?」
「・・・んーん、リフレクションとか共鳴とか反射とかいうコトバが頭をグルグルしてるんですよね。
人の気配が建築に反射したり吸収されたりしながら空間の雰囲気が変わる。
楽器の反射板・共鳴板みたいな、なんかそんなイメージなので、
そんな名前になるのかもしれませんね」
順調に進めば、来年の今ごろオープンハウスができると思います。
一年後、どんな建築があそこに出現しているのか、今は僕も想像がつきません。

2007.02.18 (sun)
録画してあった探検ロマン世界遺産-三つの宗教の聖地 エルサレム旧市街と城壁を観た。
それぞれが権利を主張し力によってその微妙なバランスの中にある三つ巴のエルサレムは、
ほぼ無宗教に近い日本人から見れば、聖地というより争いの種に思える。
信仰で争うなんてまったくバカげたことに思うのだが、
それらを重んじる人々にとっては、宗教が人を律するものとして機能してきた厳然たる歴史と文化がある。
いまの日本人にとって、彼らのようなブ厚い信仰に代わる拠り所や規律があるだろうか?
強いて言えば、日本人を導いているものは、法律と経済くらいしか見当たらない。
経済の方は最近では下に見られて『生きがい』なんて言葉に置き換えられたりもしているなぁ。
私たちは日々いろいろ文句も言いながらも、
命がけの争いに晒されることのない穏やかな生活を送れている。
一方エルサレムを取り巻く人々には、途切れることなく受け継がれ体に染み込んでいる歴史と、
それを守るための命がけの信仰が、日常の暮らしの中にある。
おそらく、彼らの目線からは日本人は空虚な人生を送る民族と映ることだろう。
生きがいを、探しているなんて、実に安っぽい生だと。
ビデオを観た感想に結論なんてなくて、
とにかく「あぁ・・・複雑だなぁ」という思いが残った。
この番組、近々再放送もあるようです。

2007.02.17 (sat)
あるテレビ番組からの取材依頼があった。
建築家とつくる住宅の始まりから完成までを、
クライアントとの打ち合せの段階から追いかけていくというもの。
謝礼の額がなかなか魅力的で(これはクライアントに支払われる。建築家にはゼロ)
ダイニングのテーブルと椅子の製作代くらいには充分なる。
何度か見たことのある番組だし、受けてもいいかなぁと数日悩んだ。
建築を考えているとき、雑多な情報を整理しながら考えは右へ左へ紆余曲折の長い迷路に迷い込む。
暗くて伸び縮みするゴチャゴチャにモノが詰め込まれた胃袋のような迷路。
そのなかから、全体と調和し統合された現物としての建築を出現させるために、
純粋な光の一滴一滴を見いだしていく。
絞り出していくような創作の中、そこにテレビの取材が入るというのは
どうも僕自身が耐えられそうにない。
条件は魅力的だったのだが、今回はやっぱりお断りした。
もうすこし自分が器用にモノがつくれるようになるまでは、
極力雑音の少ない環境で、モノの発する小さな声に耳を澄まして創作をしていくしかないのだろう。

2007.02.16 (fri)
あぁ、終わっちゃったかぁ。
保育園、入れることになった。無事。
あとのひと月ちょっとを、慈しんですごそう。
ちょっと複雑な心境。

2007.02.15 (thu)
いま、日向でコドモのツメを切っている。
カミさんは年末からフルタイムでの仕事に復帰した。
保育園の一時利用は週3回、4時間ずつ。
それ以外の時間つまりウィークデイの大半、コドモの相手は僕の役割。
ひとりで遊んでいられない甘えん坊に育ててしまったのは、まぁ僕のせいかもしれない。
テレビを見せておくと大人しくしているけど、
一日中ってわけにはいかない。
午前中、テキトウにうっちゃりながら雑仕事をして、
お昼ごはんは近所の美味しい弁当屋さんに寄って公園で。
そのまま2時間ほど遊んで、帰るとビデオを1本見せてあげる。
「パパ!チッチ」と言われればトイレに連れて行き、
あ、爪が伸びてるなと思えば切ってやり、
気になれば掃除機をかけ、食器が尽きる前に食器洗い器にセットし、
日が暮れてカミさんが帰ってくる前に米を浸けておく。
主夫の父さん、当然仕事ははかどらない。
一家の稼ぎ頭だし、仕事の依頼も増えている。
休日返上で自邸の設計もしなくてはいけない。
なのに、仕事の時間がまったくとれない。
おまけに4回風邪をひいたこの冬。
もうとにかく一日でも早く保育園に空きが出て、フルタイムで預けないとマズい。
でも、根がコドモに甘いため、お遊びについつい付き合ってしまう。
コドモのことが、ンモーたまらなくカワイくて、一緒にいてそりゃぁ楽しくってしょうがないんだけれど、
内心はいつも同時に焦燥感がモヤモヤと巣食っている。
そんなアンビバレンツな毎日。
さて、4月から保育園に入園できるかどうか、その可否の通知がもうすぐ届く。
入園してくれないと、困るな。というのが切実な思い。
でもふと、
(このダラダラした幸せは、一度手放してしまったら今後二度とやってこないんだな)
と、無性に残念に思えてきた。
「オレはジョンレノンのようにハウスハズバンドになりたい」
そういえば学生の頃からそんなことを言っていた。
冗談半分、本気半分だったけれど、
実際コドモが産まれて今まで、僕はズーッとコドモの隣で仕事をしてきた。
実に稀な幸せな父親。
この、ダラダラとした幸福とは、もうずーっと無縁になってしまうのかぁ・・・。
保育園、もしあれなら、
入園不可の通知でも、うん、いいっかなぁ・・・。

2007.02.14 (wed)
「家を建てたい」
長年温めてきた夢と工面した精一杯の資金を託される。
それはとても幸せなこと。
千葉で計画中の住宅ではこんなことを考えている。
道路よりも敷地が1mほど高いので、土留めの壁が必要になる。
ならば、土留めのコンクリート壁と木造の基礎コンクリートとを兼用させコストを簡略化してしまおう。
建物をちょいと持ち上げてしまえば、明るく風の吹き抜ける屋根つき駐車場ができるじゃないか。
今日、クライアントにこの冗談みたいな模型を初めて提示してみた。
僕にとっては生涯にいくつも設計する住宅のあるひとつに過ぎなかったとしても、
彼らにとってはオンリーワンの住まいだし、長年温め続けてきた夢の住まい。
気持ちの温度にズレがあれば設計屋の自己満足作品と捉えられてしまうことだってある。
そんわけで、けっこうドキドキしながらのプレゼンテーション。
「面白そうですね このまま進めてください」
喜んでもらえたようでホッとした。

2007.02.13 (tue)
コーヒーをいれるコツを発見した。
「顔を近づけること」
それだけ。
台所で立って作業するのでなく、
しゃがんで豆に目一杯近づきながらお湯を注ぐ。
お湯が跳ねないように優しくそーっと注ぐようになるし、
砕かれた一粒一粒の豆の様子がほんとーによくわかる。

2007.02.12 (mon)
Worksの作品ページが直りました。
月の家朝の家などがちゃんとwindowsでも見られるようになりました。
小さな写真をカチカチクリックしていくと、大きな写真で見られます。

2007.02.11 (sun)
コーヒー界の伝説となっている
吉祥寺「もか」のコーヒー豆を買った。
以前はコーヒーを抽れていたけれど現在は豆売りだけになっている。
僕も一日に1回はコーヒーを入れ、自分なりに何年も試行錯誤を繰り返してきた。
そのなかで疑問になっているポイントがひとつあった。
「豆はじっくり蒸らすと、なんだか元気がなくなる」と感じてきたことだ。
その点を「もか」のマスターに尋ねてみると、
「蒸らす必要はナシ」とのこと。
なんでもその昔、日本でコーヒーがメジャーでなかった頃、
テレビでコーヒーの炒れ方が紹介され、その際あまりお上手でない方がコーヒーを入れた。
お湯をグーッと注ぎすぎて「おっとっと」と一旦手を止めたのを観た視聴者に
「ぉお!コーヒーは蒸らすのか!」と誤ったとらえられ方をされ、
それがそのまま定着してしまったのだそうだ。
それともうひとつ参考になった話が、
「ドリップの時にたつ泡はコーヒーのマズい成分なので、
欲張って泡までコーヒーの中に落し込んではいけない。
ドリップの最後は、まだお湯がポトポト落ちている途中でドリッパーをはずす」とのこと。
なるほど。要は灰汁(アク)とおなじ考えということか。
さて、もうひとつのコーヒーの伝説、銀座ランブルにも
この風邪が治ったら行こうと思う。

2007.02.10 (sat)
この冬は、4回風邪をひいた。
年々、体が虚弱になっている気がする。
原始人的な生活を送るひとの平均寿命は40歳程度。
本来なら、動物として僕はもうあと9年で死ぬんだものな。

2007.02.09 (fri)
新しい掃除機を買った。
ポイントは2つ。
1.排気が床のホコリを舞い上げないこと。
2.パパッと手早くかけられること。
ダイソンだのサイクロン式だの色々調べた結果、
通販生活のマキタ製ハンディークリーナーを買った。
楽天市場とかを見ればこれよりも上位機種がむしろ安く売っているのだけど、
充電カートリッジ取替タイプだと充電のたびにカートリッジを本体から出さなくてはいけないので、
毎日パパッとかけたい人にはめんどくさそうだ。
通販生活と同じ本体充電式のモデルも楽天では半値くらいで買えるのだが、
充電池の寿命が来たら本体ごとメーカーに送って内部の電池交換をしてもらわなくてはいけない。
通販生活モデルは新しい電池を取り寄せれば自分で交換できるように憎いマイナーチェンジがなされている。
そしてまた、充電にも過充電ストップ機能がついており充電しっぱなしで忘れちゃっても大丈夫。
そんなこんなで、結局高くても通販生活モデルを購入することとなった。
しばらく使ってみての感想としては、おおむね期待通りで満足している。
充電式で10分間しか使えないのだが、これはこれで要領よく掃除ができ、
毎朝10分であれば掃除も苦にならない。
オプションで買った先端ノズルのブラシ、これがあれば本棚やらキーボードの鍵盤やら、
ほぼオールマイティーにこなせる。
使ってみて予想外だったのは、10分の掃除でもけっこう握力を要する。
本体が上部にくっ付いているハンディータイプでは仕方がないことかもしれないが
1.5リットルのペットボトルを片手で持って掃除しているようなものなので、
お歳を召された方や若い女性には向かないかもしれない。
ちなみに紙パックフィルターは小ちゃいので2週間くらいで交換。
使用レポート、そんなところです。はい。

2007.02.08 (thu)
「盲目の建築家」
ってなったらお客さん来てくれなくなっちゃうだろうか?
レーシックという視力回復手術を受けたいなぁと思いながらなかなか踏み切れないでいる。
角膜をベロンと向いて、目ん玉をレーザーでジリジリ焼いて、
ズレてるピントを調整するというもの。
友人も受けていて快適だと言うので尚のこと受けたくなっている。
メガネやコンタクトのお世話にずーっとなることを考えたら、手術費用のほうが安い。
ただ・・・心配なのは、手術の失敗等が絶対に無いとは言えないこと。(確率はかなり低いみたいだけど)
べつに、目が見えなくなったって耳が聴こえりゃ建築を設計できる自信はあるのだが、
(いつも空間をイメージする時は目をつぶって考えてますからね)
さすがに依頼者側から見れば「メクラの設計屋?バカな!」ってなるだろう。
そう思うと、手術に踏み切れないんだなぁ。
ワタシ、一家の大黒柱なんですもの。
・・・・・・あ、そうか!
片目ずつ時期をズラして手術してもらえば、リスクは低くできるんだ。

2007.02.07 (wed)
かつてよく通っていたセピア亭が閉店して3年。
オーナーシェフからの今年の年賀状に、
「千代田区のレストランで働いています」とひとこと書いてあった。
料理をやめていなかったことがすごく嬉しかった。
近いうちに必ず食べに伺おう。
かつてのセピア亭の料理とはきっと違うものだろうけれど、
ここでまた世界を広げて、
いつかまた自分の店でオーナーシェフに返り咲いてほしい。

2007.02.06 (tue)
「子供の躾は、ある程度動物的にピシャッとやらなきゃダメなんだ」
・・・ホントかよ?
まぁ、きちんと言う事の聞ける子供に手なずける、
そのことだけを考えれば、ダメなものをダメとシャットアウトして、
犬のように躾ければ良い。
でも、人間のお父さんが、人間の子供を「ある程度動物的にやらなきゃ」
なんて下位動物として扱う事は、エゴの知性じゃなぁい?
きっと犬のお母さんも犬の子に躾をしているんだろうけど、
下位動物としてなんて扱ってないと思うよ。
犬らしい最善の生き方を引き出してやるために、
危険を教えたり突き放したりしながら育てているんだろう。
子育てが野放しで良いわきゃぁないけど、
歪んだおごりの知性を、躾という言葉にすり替えて正義の顔をしているオトナには
ならんようにしたいものよね。

2007.02.05 (mon)
「やっと、ここに住みたいと思える土地が見つかった」
名古屋の知人からメールが来た。
気になるのは、またしても高圧線と鉄塔。
その土地の場所を送ってもらって、
高圧線からの距離を測ってみる。
ここでgoogle earthが大活躍。
ちゃんと鉄塔の影が写っているので送電線の位置が判断できる。
すごいなぁ。インターネットとコンピューターの文化って。

2007.02.04 (sun)
先月のことだが、家具店transistaの新年会に呼んでもらった。
集まった20数人の多くは、吉祥寺・三鷹界隈の自営業者。
こういう集まりは楽しく、刺激的。
自由な心を持ち、自由のしんどさも知っている人々。
いまウチは自分の自宅兼事務所の土地探しをしていて、
ちょっと国立方面も視野に入れたりなんかしてたんだけど、
あぁ、やっぱり僕はこの吉祥寺自転車圏内の地区を、
離れることはできないなぁ。
そんなことを再確認してきた。

2007.02.03 (sat)
昨晩の新しくなった建築道場第一回、無事終了。
初回なので皆さんの発言は控えめで、自分がいっぱい喋ってしまったような気もするけれど、
初回らしい手探り感のスリリングさがあった。
やはり、芝居やライブツアーなど生モノを観る時は初日か千秋楽がオモシロイ。
ディスカッションもライブである。
何が起こるかわからない、未知数のひととき。
次回から(スリリングさはさておき)充実したディスカッションになりそうだ。

2007.02.02 (fri)
保育園と老人保険施設、
「人を預かり、世話をする」のに変わりはないのに、あまりに雰囲気が違う。
小一時間見てきただけで、すっかり生気を抜かれグッタリしてしまった。
保育園の子供たちは目が輝きいきいきとしているのに、
老人保健施設の方は、陽の当たらないカビた風呂場のようだ。
死を待ち、少しずつ少しずつ衰えながら、
毎日毎日、そこでただじっと時間をつぶしている。
靴下を履くのに手を借りない自分でいるために、毎日リハビリという運動を課され、
寝たきりの背中が腐らないように、数時間おきに寝返りという作業を受ける。
この人たちは集められ、なんのために生きているのだろう?
本当に死ぬのを、死にながらジリジリと待っている。
失礼だが、正直な僕の感想だ。
子供の気は、そこがどんなところであっても明るく希望に満ちたものに変え、
集まれば集まるほど、化学反応のように元気が増幅されていく。
一方老人はひとつところに集められると、
それだけで植物を枯らしてしまいそうな腐った気が充満してしまう。
会議室のような味気ない空間では、それに拍車がかかる。
ウチのカミさんは、この職場で社会福祉士という仕事をしている。
夜、帰ってきたカミさんに言った。
「人生の終わりは、もっと美しくあってほしい。
日向ぼっこ、花、うたた寝、遊ぶ子どもの声、陽に光る緑の芝、
街をゆく人、色づくモミジ、
自分自身は衰えていっても、
楽しげな人々や息づく生命を眺めていたい。
老人同士が向かい互いの生気のない姿を見つめあったところで、
どんな明るい希望が産まれるだろうか。
非情なカガミとタイムマシンがテーブルを囲むあんな会議室のような施設ではなく、
死を待つのにふさわしい、暖かく柔らかい空気に満ちた場と、
振り返って人生を良かったと思える窓を、
オレなら作ってあげられるのに」
「そう思うでしょ。だからあなたに一度見せたかったのよ」
獣は食われて、痛みと苦しみの中、死ぬ。
でも人間なら、もう少しマシな死に方が、創れるハズだろう。
あそこにいた老人たちは、べつに幸せでもないのに、ただ生きているように見える。
(あそこで過ごす人にも、施設の人にも、本当に失礼な言い方で申し訳ないが)
でも、向合ってひとこと言葉を交わしてみれば、
ひとりひとりの温度がある、おじいさん、おばあさん。
老人という言葉にくくられないで、
せめて「あそこのおじいさん」「こっちのおばあさん」でいるために、
もうちょっと、なんとかならないだろうか。
モヤモヤ モヤモヤ・・・そんな一日。

2007.02.01 (thu)
青空に舞うペットボトルがキレイだなぁと思って、
何度も何度も高ーく放り投げていたら、
右半身がおかしな痛みで固まった。
肋骨、いままで折れてなかったみたい。
・・・今日、間違いなく折れたから。
治りかけていたのに、自らトドメを刺してしまった。
医者で気休めのコルセットをもらってきた。


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