Daily・・・日々雑感

2006.12.31 (sun)
『業績』って、
どんだけ内容のある仕事ができたか、ってことだと思うのです。
どんだけ儲けたか、って意味じゃぁなくて。
(・・・まぁ、儲かっちゃいない人の言い分かもしれませんが)
今年もまた更に、おかげさまでいい仕事をさせてもらえました。
毎日毎日は驚くほどマッハで過ぎてゆき、アッと言う間の一年でしたが、
365段の螺旋階段を一周昇ってまた同じところにやって来てみますと、
一年前というのはずいぶん遠い日のことのように感じられます。
いちおう業績は残せたのではないかと思っています。
(お金さんとはまだちょっと仲良くしてもらえないようで、
目の前を一瞬にして通過していく様は、
動体視力の試験のように「み、みえた?」というかんじですが)
でもまぁそのうち「税金対策でさぁ、今年もユニセフに100万振り込んだよ」
というくらいに稼ぎたいものですな。
いずれは「サバイバルデザインは設計料の10%を募金に寄付します」と明言して
設計料をバシッと上げちゃおうかな、ともこっそり考えていたりします。
「いい仕事をして、いい報酬をいただいて、ちょっと余計なこともやる」のがいいのかな、と。
余計なこと、たとえば、
首都直下地震に備えて、安価に大量供給できる仮設住宅の開発とか、
その後に起こる建築ラッシュに対応できるような、住宅のプロトタイプの開発。
安く・早く・簡単に建てられて、ほどほどに長持ちで、人の心が穏やかに回復する、
そういう住宅。
一発の地震で、東京中がハウスメーカーの展示場状態に塗り替えられていくのは恐怖ですしね。
そんなこんなで、やりたいこと・やるべきことはいくらでもある。
もちろん、1人でこなせるわけもないので、いいスタッフも雇いたいし、
そのためには引っ越したいし、そのためにはやっぱり稼がなくては。
まぁまぁいつもいつも、大きな風呂敷を広げていますなワタシは。
サバイバルデザイン、事務所名からしてもう相当な大風呂敷ですんで御勘弁ください。
有言微実行。100言って10しかできなくても、いいんです。
あとの90はどこかの誰かが「あ、オレも」と思ってやってくれるかもしれませんしね。
さぁ、鬼、笑うなら笑え。
じゃぁ、良いお年を!

2006.12.30 (sat)
このあいだお邪魔した忘年会の席でも、設計事務所の若い所員さんに言ったのだけど、
いずれ設計屋として独立しそうな気するなら、
ちゃんと自分自身の名刺を配るようにしましょうね。
会社や所属事務所の名刺なんてどうだっていいんです。
大事なのは自分の名前・住所・電話・メールアドレス。
最近はドメインも年間1000円程度で管理できるから、メールアドレスは絶対に変えない。
携帯電話の番号も変えない。
独立して2・3年は設計依頼なんて、ツテもなければ一件も来やしないから、
事務所勤めをしているうちから、「自分で建築事務所をやってます。なんかあったらよろしく」
って種蒔きだけはとにかく早いうちから始めておく。
ついでに、所員時代なら薄給なりにローンもいちおう組めるんだから、
自邸を超ローコストでいいから建てちゃう。
自分名義の実作が一番の信用だし、独立直後のキビシイ超低所得生活も、
ドブに捨ててるだけの家賃よりは、住宅ローンなら無駄にならない。
・・・と、今になって思うんだよなぁ。
これから独立しそうな気がする人、上手にやって生き残ってってくださいね。

2006.12.29 (fri)
気になってた食器洗い器がやってきた。
冷蔵庫の存在感と洗濯機のサウンドを併せもつ凄いヤツ。
いろいろと、想像していたより二周り大きい。
こいつぁ立派な白モノ家電。大きめの電子レンジ・・・ではない。
さて、使ってみて思うのは、
皿・鉢・コップ・オタマ・鍋などなど、
不定形の物たちを上手に並べることにまだけっこう苦慮するので、
「だったら手で洗っても・・・」とちょっと皮肉な気持ちも起こるのだが、
「あーぁ、洗わなきゃ・・・」という小さな鬱から解放されることが、
こーんなにも楽を生むことだとは思わなかった。
さすが、一度使ったら手離せなくなる家電ナンバーワン。
洗濯機もかつて登場した頃は「主婦が堕落する」という声が少なくなかったようだが、
結果は周知の通り。
そう、面倒なことは機械にやらせればいいのだ。実際そうしてきたのだ。
この数十年での強烈な近代化に対して語られる「エコロジー」「自然との共生」には、
田舎に帰って自給自足というような幻想の自然回帰が込められたりするが、どうせできない。
だったらさっさと屋根にソーラーパネルを載っけて、
食器洗い機で皿洗いをしている方がエコロジー&エコノミー。
少し浮いた時間で読書するもよし、庭の片隅で有機の野菜を育てるもよし、
有益なプラスαへの変換。
塩で洗う食洗機(SHARP QW-SL1-W)、なかなかいいですよ。

2006.12.28 (thu)
本年の業務、昨日で無事終了。残すは年賀状のみ(え??)
コドモを連れてお散歩に行ってみたら、公園が水没してました。
さて、夜はサバイバルデザイン企画の忘年会。
建築家・家具作家・写真家・ウェブデザイナー・家具ショップオーナーなど。
いつも僕が1対1でお世話になっている仲間なので、みんなは初対面同士。
でも、5・6人というのはちゃんと話しをするにはギリギリちょうどいい人数なのだろう、
次第に打ち解け和気あいあい楽しい話しができた。
みんなイイ仕事人だから、どんどん仲間の輪が広がって、
勝手に付き合いが始まっていってくれたらいいなぁと思う。
年に一回、いや2・3回はこういうことをやりたいな。
来年、再来年、人数は少しずつ増えていくかもしれないけど、
せっかくこういうおもしろい面子が集まるのだから、
実のある話しのできる集まりだといい。
そうそう、話しのタネにと先日手に入れた自慢のキタナイ物を持っていったのだが、
結局みんなに見せるヒマが無かった。
キタナイものに魅せられてしまう感覚を、
次回みんなにも訊いてみよう。

2006.12.27 (wed)
インターネットで検索して出てこない会社は、
この世に存在してないのと同じになってしまう。
それと同じで、自分の思い付いたことも、人に伝えられなくては、
無いのと同じになってしまう。
今の時代、『公表力』というのがあるなぁと思った。
ある意味では「思い付く能力」よりも「世に広く公表する能力」の方が重い。
世の中に同じようなことを考える人はたくさんいるものだが、
ポンと産まれたアイデアを小さい場でも先んじて公表する、ということより、
多少遅くても、公表力のあるところで発言することの方が、
だんぜん世に認知されやすい。
また、たとえパクったアイデアだったとしても、
アクセス数の多いところでの発言権があれば、
自分がオリジナルだという顔ができてしまう。『公表力』はコワイ。
いつだったか、「風呂ってスゲーよ!」と書いた数週間後に、
ほぼ日で糸井重里が同じことを書いていた。
「この世を去る時にはディズニーランドの出口ゲートを通過するような気分で
『あーおもしろかった』って言って死にたいね」というのも、
氏は同じようなことをほぼ日や日経で書いていたりする。
もちろん、氏が僕のことを知っているはずがなく、
僕も彼の文章に感化されたわけでもない。
同じようなことを考える人は いるのね。というだけのことなのだが、
公表力の乏しいこちらとしては、ちょっと目の上のタンコブ感をかんじてしまう。
インターネットやブログのおかげで、
小さな個人が考えを自由に発言できるというタテマエではあるが、
「公表力のある者が、親の総取りで一人勝ち」
というのは事実としてある。
「金があるところに、金は集まる」の法則と似て、
強い者がずーっと強いというのはここにもあるのだなぁ。
「公表力をつける」ということを少し考えてみようと思う。

2006.12.26 (tue)
「天井に付いた設備は、空間を殺す」と感じている。
換気扇NG、マルチエアコンなどもってのほか、
ダウンライトですらダメ。
天井に穴をあけた途端、なーんか失われてしまうものがあるんだな。
建築にプラスチックやメカが埋込まれた瞬間から、
空気の質が一気にしらけてしまう。
バイオリンだとかピアノの土手っ腹に穴開けてマイク仕込んじゃったら、
もう台なしじゃない?ああいいう感覚。
モノとしての原初的な姿を大切にしたい。
だから、許せるギリギリの感じとして、
だからこんな風に、大きなモノに小さなモノがぶら下がっているという表現をとったりする。

2006.12.25 (mon)
ジョンレノンって、
英語がわからなくても、
歌う彼の気持ちはちゃんと理解できてしまう。
それがすごい。
いつも12月になるとジョンレノンが聴きたくなる。

2006.12.24 (sun)
キレイに包まれたプレゼント。
リボンを解いて、ラッピングがセロテープでひっ付いて
剥けないように息をひそめてそーっと開ける。
さーてなにが入っているのかな。
期待に胸を膨らませながら、でも自分に「期待しすぎちゃいけないよ」
と言いきかせながら、中をゴソゴソ探ってみると・・・・・・
・・・・・・錆びた目玉クリップが出てきたら、
あぁ、確かにこれは・・・嫌がらせだと思われるだろうな。
先日の西荻のrecitで僕は自分へのプレゼントとして
『くすんだ木と錆びた針金のボロいハンガー』と「廃墟の病院から盗んできたような古い温度計」を買った。
とても美しく、また手頃な値段で、ワタシはヒジョーに満足している。
・・・のだが、
さてクリスマス。
コドモの枕元には鉄琴、カミさんの枕もとには楽譜、
僕の枕元にはさてナニを、と考えてみたら・・・、
キタナイもの好きが市民権を得られない理由が少しだけわかった気がした。

2006.12.23 (sat)
「これが、ホンントいいんですよぉ」とお薦めのCDを貸してくださったり、
帰りがけに「あさちゃんと奥様に」と手作りのお菓子とクリスマスプレゼントをいただいたり、
わざわざ「今年は本当にありがとうございました」とお花を贈ってくださった建て主さん、
「なにか我が家にもデザインしてくれません?」と建て主さんの親戚のかたから連絡があったり。
ありがとうございます。
人間的付き合いとお仕事が一緒くたという、理想的な日々を送らせてもらっている。
いろいろルーズになってしまったり不義理にしてしまったり、
厚意に甘えてしまっている面もあり、じつに反省することばっかの毎日なのですが、
恵まれていることをしみじみ感じます。

2006.12.22 (fri)
印刷屋からあがってきた年賀状、画質がイマイチ・・・。
今回どうしても使ってみたい質の紙があり、
初めてプロの印刷屋さんにお願いすることにしたのだが・・・。
もう一度、特殊用紙を2・3日で印刷してくれるところを探さなくては。
深夜、ようやくみつかりそのままインターネット上から入稿しホッとひと安心。
便利な時代になったのうホントに。
「24時間戦えますか?」
バブルの時代にまだインターネットが無くて、ホントよかったね。
ところでこの300枚はどうすべか・・・。

2006.12.21 (thu)
友達がブログでやってたことを、マネしてみたくなった。
鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス /織田信長
鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス /豊臣秀吉
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス /徳川家康
はて、僕はどうだ?
鳴かぬなら なるほどそういう ホトトギス
鳴かぬなら もしや?!新種の ホトトギス
鳴かぬなら オレが鳴こうか? ホトトギス
・・・・・・、うーん、ひと言で表すのはなかなか難しいけど、
こんなところでしょうか。
鳴かぬなら これは鳴かない ホトトギス /須永豪

2006.12.20 (wed)
今年こそは印刷屋さんに。
毎回年賀状は大晦日に自宅のプリンタ24時間フル稼働でギーコギーコ打ち出し、
居間から聴こえてくるジルベスターコンサートの音を尻目に黙々と
カッター&定規でシャーコシャーコ断裁。
挙げ句の果てにインク代+用紙代を計算してみると、
ポストカード屋さんに頼んだ方がずっと安上がりでガックリぽん。
こういう年末はもう避けたい。
そんなわけで、年賀状の版下作り。急ぎの仕事も1日だけ押しのけちゃえ。
さーて、出来上がりが楽しみだなぁ♪
キレイなポストカード、うーれしいな。

2006.12.19 (tue)
「おーきいテーブルが一枚あれば、食事・調理・宿題・パソコン・団らん、みんなできる」
それはかつてのモダンリビングの幻想で、終わったこと扱いなのかもしれないけど、
そのテーブルが分割できて自由に移動できてたら、違ったかもしれない。
日本人はもともと生活に『固定』の概念がない。
戦後の欧米化で個室が出現したけれどうまく機能していないのは、
必要に応じて襖で仕切り、ちゃぶ台を立て掛けて布団を敷く、
そのDNAは簡単には抜けてないということだろう。
でももしその大テーブルが小学校での給食時間のように、
集まったり離れたりしながら用途ごとに変化できれば、
包丁とノートパソコンが同じテーブルに同居する不具合は無くなる。
自分のテーブルが持ち運べるサイズなら、
夕食のあとは自分のコーナーへ移動して恋人にメールも打てるだろう。
今設計中のリフォームで連結・離脱できる大テーブルを計画していた。
ダイニングとキッチンは既存のがあるので関連させてないが、
ホールの中央にプリンターなんかが載ったコアになるテーブルがあり、
家族は4人それぞれミニテーブルを所有し、
コアにくっ付いたり、自分の好きなコーナーに移動したりする。
本棚のそば、窓のそば、吹抜けのそば、コアとサテライト。
最近、建築用語で『集合と離散』というのを知ったが、それ。
集まったり離れたり。
そういえば、最近話題の建築は集合してて同時に離散しているなぁ。
T-house森山邸梅林の家
『団地世代』というコトバが思い浮かぶ。

2006.12.18 (mon)
空き地に何十年も放置されたブルドーザーが、ボロボロに錆びて朽ちていく様は美しい。
積み上げられ山になった放置自転車の山、あの乱雑さと汚さにタマラナイ喜びをおぼえる。
数年前の廃墟写真集ブームもあり『キタナイもの好き』は最近でこそ知られてきたものの、
市民権を得たかというと、やはり一般的には理解されていない気がする。
白ご飯に、納豆をかけて、キムチを載せて、揚げ出し豆腐、七味唐辛子、ゴマ、
残ってた肉じゃが、生卵、時には昨晩の味噌汁までぶっ掛け、箸で突っついてグチャグチャ混ぜて食べると
「ウマァーイ♪」という幸せ、これも公共の場ではやってはいけないことになっているし、
自宅でやっても配偶者から非難に遭う。
朽ちる美、極限まで汚いことのタマラナさ、混ぜるほどウマい、
これらはやはり「イイと言ってはいけないもの」となっており、
現代教のタブーなのだ。
ところが、そんな汚いもの好きに朗報なのである。
西荻窪に素晴らしいお店を発見した。
先月オープンしたばかりというrecit-レシ。(杉並区西荻北5-26-17 tel03-3397-6136)
汚いもの好き≒現代美術≒カジュアルなアート≒奈良美智風 知的なオシャレ≒はやりのロハス、
といった具合に、特殊解と一般解をうまーく繋いでくれそうな素晴らしいショップなのである。
腐ったブルドーザーやミリタリーはNGでも錆び鉄アートは認める、
放置自転車は許せなくても流木は好き、
廃墟はジンマシン出ちゃうけどノスタルジックはOK、
ネコマンマはダメでもオーガニックは有り、
その辺のバランスは、提示の仕方でこんなにも違うのだとこの店は教えてくれる。
(写真をクリックして見てみてくださいな)
これはぜひウチのカミさんを連れて行ってみようと思う。
「汚いって、美しいだろ、な、な・・・」

2006.12.17 (sun)
モノはもう充分、だからデザインという付加価値で何かを変える。
そういう10年だった。
今、モノも情報もデザインも溢れていてそれらに追い立てられ、
多くの人が「そんなに色々いらないよ」とも思いはじめている。
それでも尚、何でも手に入れたくなっちゃうこのバカさ加減は、
人間の根っこが貧乏性だからだろうか。
『減らせる、ための、デザイン』
それがこの先の鍵になるのではないかと、
さっき思い付いた。
豊かさ獲得の過程で付けてしまってきた贅肉、
それらをババ抜きのように捨てていく作業。
『ロハス』のような幻想の自然回帰ブームではなく、
味噌汁もブイヤベースもyahooオークションも暑中見舞いも、
みんな含みながら定着していく現実的な簡素生活。
たとえば具体例、んん・・・、なんだろう・・・
ケータイで電話ができて写真が撮れて送れるのだから、
あとはFAXの受信さえできたら、NTT回線と家庭用FAX機はもう不要になるでしょ。
ひとつあれば2つ捨てられる、そういう毎日の生活が身軽になっていくためのデザイン。
あ、あとカメラと電話帳と手帳も捨てられるのか、な?
さて『減らせる、ための、デザイン』、建築だとどういうことだろう?
(ミースファンデルローエのレス・イズ・モアとは違う意味で)
「シェア」とか「オールマイティ」なんて言葉が一瞬思い浮かぶけど、
それもなんか違う気がする・・・。
・・・・・・ひとつの答えとしては、
「この美しい空間に暮らしちゃったら、テレビとかインターネットとか、どーでもよくなっちゃった」
というのもアリだろう・・・。
でもそれじゃない方の、作家性に頼らない社会性のある解決もあるはずだし、きっと出てくるはずだ。
それを見つけて早め早めで提示する。
それがデザイン屋の役割だろう。

2006.12.16 (sat)
「電磁波で白血病とか癌になるってことは、
たぶん細胞のゲノムに直接影響を与えてるってことでしょ?
それは、ジワジワと被爆してるってことだよね」
今日地鎮祭だった現場で、建て主さんからのひと言。
・・・そ、そうですね。
このところ電磁波がマイブームでしたが、
これである種の結論に達した気がしますので、もうじきに冷めるでしょう・・・
※ちなみに電車の結果は、走行中4ミリガウス、停車中ほぼゼロでした。

2006.12.15 (fri)
このところ集中的に図面を書いているので引きこもり気味。
ほとんど歩行すらしていない。
いくつか平行している仕事の締め切りが4日ごとに来る感じ。
さて徹夜明けで図面のデータを先方に送信してとりあえず一区切り。
血がドロドロしてそうだったので、ひと汗かきにウォーキング。
もちろん電磁波測定器を持って。
・・・ところが屋外で測る数値はどこもほぼゼロ。
電柱・電線のそばは少しは針が振れるかと思いきや、微動だにせず。
室内の場合は発生源が人に近いところで集中しているため色々動きがあるということだろう。
空の下には電磁波はほとんどないということか。
さて、先日の土地探しの友人に電話をしてみると、
彼も電磁波測定器を購入し、気になっていた土地を測ってきたとのこと。
結果は、高圧線のすぐ隣の敷地では30ミリガウス、
高圧線から60mほど離れたもうひとつの敷地は5ミリガウス、
ちなみに自動車の中と外でも数値は変わらなかったそうだ。
もちろん、30ミリガウスの土地の方は即却下となった。
さて、5ミリの方をどう判断するか。
僕も電磁波の専門家ではないので、お互いに調べてみようと言うことになった。
彼も測定器でだいぶ遊んだようで、いくつか教えてくれた。
コタツは電子レンジと同じような数値が出ていたとのこと。
「コタツで寝ちゃうと頭痛くなるのはこのせいだったんだぁと思った」と。
それともうひとつ大事な情報。
電磁波には大きく分けると電界と磁界があり、問題になっているのは磁界の方。
電磁波対策グッズは大抵電界への対応であり磁界には効果がない。とのこと。
そこで試しに、持っていた防電磁波エプロンで電子レンジを遮ってみたが、
なるほど確かにまったく数値が変わらない。(このエプロンもゴミ箱にポイッ)
いくつか建材でも試してみた。
アルミ遮熱シート・ガルバリウム鋼板・プラスター塗壁(珪藻土)・木炭ボード、
期待していたのだが、結果はどれも有効と思える数値の変化は見られなかった。
電磁波シールド工事と言われるものも主に電界への対策であり、
磁界に有効なものは、調べてみても今のところ見つからなかった。
電磁波問題、こいつはかなり厄介だぞ・・・。

2006.12.14 (thu)
Beatlesの怪しげなニューアルバムLoveを聴いてみた。
これは・・・。
企画版のビートルズリミックス集という程度なので音楽として聴くには不服だが、
もともとシルク・ド・ソレイユというサーカスの
サントラとして作られたとのことなので、それならわかる。
この音楽でサーカスやったら、そりゃぁいいサーカスになりそうだ。
特にBeatles好きにはたまらない。
そしてまたこのLoveというアルバム、音質はじつに素晴らしい。
早くオリジナルアルバムのリマスター版を発売してもらいたいのう。
Loveといい数年前のイエローサブマリンといい、我々はじらされてばっかりじゃ。

2006.12.13 (wed)
新しいオモチャが届いた。電磁波 測りまくっちゃうぞー♪
以下、遊んでみた結果をまとめておきます。
・電磁波測定器セルセンサー、4500円でしたが充分使えます。
・iBookのハードディスクのある辺り50ミリガウス・・・。
(私の左手が毎日10時間以上浴びてるんですが・・・)
・液晶テレビは電源の黒いboxから50ミリガウス以上(計測不能)
・デロンギは回路部から50ミリガウス以上(計測不能)
・照明器具は白熱灯のソケットあたりから、5ミリガウス
・通常の蛍光灯はその全体から、50ミリガウス以上(計測不能)
・電球型の蛍光灯はソケット部のみから5ミリガウス(インバーターだからか?)
・調光スイッチは、調光中10ミリガウス、OFF時1ミリガウス。
・インターホン、50ミリガウス以上(計測不能)
・エレキギターは10ミリガウス
・その他コンセントから家電の間のコードもほぼ器具本体と同じように電磁波を発している。
・待機電力でも電磁波は発生している。(電子レンジ・ミニコンポはけっこう大きい)
・要は熱を発する器具・消費電力の大きい器具は電磁波も大きい。
・気になるホットカーペット・・・、・・・プライスレス。
いろいろ測ってみた結果、家庭内にあるような家電の場合、
センサーの針が振り切れてしまうほど大きな電磁波を発生していても
(このセンサーで測定できるのは最大50ミリガウスまで)
その器具から20cmほど離れるとほぼ0になるので、
器具を触っているのでなければ通常の生活の中で問題になるとは思えませんでした。
ただし、ホットカーペットは・・・。
ゴロゴロ寝っ転がるのはやっぱりかなりヤバいです。
針が振り切ってましたが、おそらくは100ミリガウスほどではないかと思います。
(電気毛布も同様でしょう)
コドモの新生児時代ゴロゴロさせていたことを、今深く後悔しています。
そんなわけで、本日をもちまして我が家のホットカーペットは燃えないゴミと認定されました。
当分この電磁波測定器はワタシのオモチャとして活躍してくれそうな予感です。
こんど電車に乗るのが楽しみになってきました。

2006.12.12 (tue)
小学校時代、今思えばあの頃はまだ、動物。
中学生時代は、人間が不躾だし、
高校生で、現在の人間の原型となる核がまぁほぼできた。
普通の小学生で、利己的でアクの強さも出しっ放しで、
対人関係を調整することも知らずにいたころのことなんて、
思い出すこともなくなっていたし、
中学生時代のことは思い出す気にもならない。
そんなんだから地元の同級生との付き合いも全くないし、
イヤな時期を知られている知られている人にはちょっと・・・という気後れする思いもあった。
ところが、ネット上の掲示板でそんな小中学生時代の同級生を発見。
彼らの発言を見ていると、みんな・・・なんかキャラクターが違う。
なんだ?なんだ??この違和感。
声の小さくおとなしかった女の子が積極的に書き込んでいたり、
硬派なサッカー少年だった彼が、お調子者っぽくなってる。
キャラクターのあまりの違いに、戸惑った。
・・・人間って変わるものなのだなぁ。
それとも元々そういう素養だったのか。
・・・あ、そうか、オレもそう思われるのか。
そんな複雑な思いで、その掲示板には書き込むこともなく立ち去った。
どうせ僕はネットで『須永豪』って検索かけられえちゃえばすぐ見つかっちゃうところにいるのだ。
わざわざ出て行くこともない。
ま、スナガを発見しちゃったひとはひと言メールでもくださいな。
こちらはこんな31歳になりましたよ。

2006.12.11 (mon)
長いこと土地を探していた友人から「いいところが見つかったよ」と連絡がきた。
ただ、近くを通る高圧線のことだけがどうも気がかりである。
心配を取り除くという意味でも、もしホントにダメなら「やめた方がいい」と自信をもって言うためにも、
高圧線のことをザッと調べてみた。
・電磁波は発信源から離れると急カーブで低減される。(距離の二乗に反比例する)。
・高圧線の近くに住む人の白血病・癌の発生割合は通常の数十倍。
・スウェーデンでは高圧線から100〜500m以内は居住禁止、子供の遊び場禁止。
・電磁波の欧米での規制値は2ミリガウス、日本では5万ミリガウス。
・ちなみに携帯電話は通話中0.8ミリガウス、電子レンジは1m手前で8ミリガウス、
IHヒーターは10cm手前で370ミリガウス。
・高圧線は強風の日には電線の風切り音がヒューヒュー唸る。
・電線から雪の固まったのが落ちてくる。音は大きいが瓦が割れる程ではない。
以上、インターネットで検索して1〜2時間で集まる程度の情報です。
シックハウスやアスベスト問題に続き、いずれ電磁波も社会問題になるのでしょうね。
僕もホットカーペットの一件以来、家庭内の電磁波についても気になっていたところなので、
電磁波測定器を購入することにした。
けっこう安いのだが、こんなんでちゃんと測定できるのだろうか?
その友人にも、実際に土地での電磁波を測定してみてもらうことにした。

2006.12.10 (sun)
12月8日に発売された雑誌 Goodリフォーム月の家が紹介されています。
興味がありましたら、見てみてください。
この雑誌での写真は編集部のカメラマンが撮ってくれたものです。
毎度の事ながら撮り方によってこんなにも違うものかと驚きます。
やはり雑誌は「全体がまんべんなく写っている」という写真で、
うちのsiteで載せているのは建築の空気感を表現する写真。
すでに『建築を写真で伝える』という時点で無理があるわけですが、
(料理のおいしさを写真では伝えられないのと同じこと)
それでもウチのsiteの空気感写真の方は、
あの空間で時を過ごす印象を実によく伝えてくれているのだなぁと
再確認しました。

2006.12.09 (sat)
メガヒットを飛ばしたある小説家のかたとはなした。
売れる小説っていうのは、ストーリー・展開そのもが特徴的な骨格をなしている。
「行間を読んでくれ」みたいなド文学はやっぱり売れないのだそうだ。
売れるというのは、多くの人へ「届く」小説ということ。
そういや、松下幸之助も
「売れる・儲かるというのは、それだけ多くの人を幸せにできたということ」
と書いていた気がする。
そしてもうひとつ面白い話を聞いた。
「ひらめき=エラーだ」と。
これについては、もうちょっとゆっくり考えてみよう。

2006.12.08 (fri)
このさようならの温度というのは、もしかしたら僕のことかな?(違うかな?)
僕も保坂彩樹の写真にサヨウナラを感じたひとりだ。
「サヨウナラは、なかなかいい」と気付かせてくれたのもまた、彼の写真。
さようならは、短い握手。
さようならは、指先と心臓。
さようならは、すれ違うことを認めたときにのみ伝導する人の温度。
月の家を撮ってくれた保坂彩樹さんのホームページができたようだ。
HPはまだ荒削りだけど、よく見ていくと彼の才能の深さに驚かされる。
詩人写真家』肩書きに偽りナシ。
(macの場合はSafariだとリンクが反応しませんのでInternetExplorerでご覧ください)

2006.12.07 (thu)
まとめない方が良い気がするので、メモ書きのまま載せときます。
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ただ気持ちいいだけ、
ただカッコいいだけ、
努力はできてる。
発想の自由さが必要。
「あぁ、いいじゃん」とうなずく
「えぇ?おもしろいねぇ」と驚く、
「うわっ、なにこれ??」と言葉を失う。
見たこともないものをつくる(≠新建築)
『感動する』という価値。

2006.12.06 (wed)
かつでは苦手だった指靴下にハマりました。
基本的に裸足生活者なので水虫ではありません。
オレは大地を掴んでいる、そんな感じがします。
小さな野生です。


2006.12.05 (tue)
この一年、原稿書きのためにあらためて住宅について客観的に考えてきた。
駐車場・家事・収納・台所・お風呂などなど。
様々な事例を漁り、自分でもいろいろ考えてみるのだけれど、
どうもこれといったウマいパターンに出会えない。
よく出来た事例はないものかと、さんざん探した結果気付くのが、
「あぁ、これは歴史が浅くまだ手法が確立されていない分野なのだなぁ」
という実もふたもない結論。
しかし、たとえば「居間と中庭との関係」だとかでは、
ウマいなぁというパターンがいくつも出てくる。
古代から現代まで、長ーい歴史の中で練られ残ってきたものが
有名無名を問わず色々あるのだけど。
現代住宅というのは、こなれているようでいて実は未開の原野なのだと実感している。

2006.12.04 (mon)
便所・台所・風呂、これらが家という屋内空間に入り込んできて、
実はまだ数十年しか経っていない。
内風呂率が50%を突破したのは1973年のこと。
僕らは生まれた時からカラーテレビがあった世代だから、
現在のような生活は当たり前のような気がして暮らしていたけれど、
よくよく考えて見ると、今私たちがいるのは文明の過渡期なのだ。
発展途上国ニッポン。それはホントについ このあいだのこと。

2006.12.03 (sun)
シキナミカズヤくんのオープンハウスに行ってきた。
カッコよくオシャレにまとめてあり、好印象。
彼の人柄を再認識する。
同世代で独り立ちしている建築家はまだ少ないので、
同い年の作品というのは気になるもの。
同じ時代を生きてきたひとには共通に感じている時代の気分があるのだろうと思う。
世の中になにが足りないと感じているのか、なにを言いたいのか、
作品に無意識のうちに込められたメッセージを感じることで、
僕自身の立ち位置も鏡に写し出されるように見えてくるのではないかと思っている。

2006.12.02 (sat)
吉祥寺・三鷹地区の同世代の設計屋でなにかできないかねぇ、
という呼びかけに誘われハモニカ横町へ飲みに。
色々話しをしているなか、
「もし事務所としての収益のことを気にしなくていいなら・・・」
「→1年に1・2件小さな住宅をひとりでコツコツやっていたい」
という引きこもりタイプの設計者と、
「→ある程度の物件数を、スタッフいっしょにやっていきたい」
というリーダータイプの設計者に分かれることがわかった。
へぇ、そうなんだぁ。人それぞれなのね。
お分かりでしょうけど、僕は前者です。
とはいえ、収益のことを考えないわけにはいかないので、
現実的にはある程度の物件数をスタッフを使いながらこなしていくか、
作家的にコツコツやるならそれ相応の額の設計料をいただくか、ということになる。
と、まぁ言いたいことをいいつつも、
まだ社会的に立場も弱く不遇を受け入れざる得ない我々は、
時々集まったりしながら刺激を受け合い、
少しずつ少しずつ、自分の立ち位置を確立していくしかないのでしょうね。
お互いがんばって生き残りましょう。

2006.12.01 (fri)
ウィークエンドホームズ社にて狭小住宅展というものが開かれています。
サバイバルデザインからは朝の家を出展しています。
大きな模型も展示してありますので、よかったら足を運んでみてください。


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