Daily・・・日々雑感

2006.10.31 (tue)
おととい風呂に入っていて、「ハッ!」と思いついたのですよね。
mixi内に建築家が集まるコミュニティをつくる方法。
「できないかなぁ」というのは、一年半前くらいからボンヤリと考えていたのですが、
mixiにある機能で実現するのは、難しいあぁと思っていたのです。
設計者と一般の人が混在しちゃうから。
んで、何を思いついたのかというと、
「このトピックは設計者の自己紹介の一覧です。
一般のかたは書き込みをご遠慮ください」
って断り書きをすれば良いんだ!と。
「ご遠慮ください」
たったひと言ですよ。
ここまでに1年半。。。
バカでしょぉ。
自分でも気の毒な人だと思います。
でも、そこからは早かったです。。
思い立ったが吉日という性格ですので、
お風呂出て、コンピューター開いて作業を始めて、
夜が明ける頃には ほぼコミュニティの枠組みができました。
そんなこんなで、おとといの今ごろ思い浮かんだプランが、
現在メンバー数96人のコミュニティになりました。
このまま2000人くらい行ってくれるといいなぁと思っています。
みなさま、どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m

2006.10.30 (mon)
mixiにこんなコミュニティをつくりました。
(探すなって言ってたくせにねぇスンマセン。。)
設計事務所 建築家 ほぼ全員
まだ作ったばかりでガラーンとしてますが、
よかったらぜひ「参加」をポチッと押してください。
今はサーカスが来る前の空き地みたいなもので、
「・・・ここに何が建つんだろう?」という感じかもしれませんが、
0からスタートしてにぎわっていく創成期を傍観することができるかもしれません。
(空き地のままだったりして。
放置されたブルドーザーが錆びて土に帰っていくような中途半端なポシャりかただけは避けたいよなぁ)

2006.10.29 (sun)
包丁を研いで、ひたすらカキを剥く。
干し柿づくり。
100個むいたところで、もう断念。
でも、とてもキレイな色。


2006.10.28 (sat)
雨漏りでブクブクにハゲてしまった廊下の壁に、
こんなふうに色がつけてあった。
もうじき解体される雑居ビル、設計事務所や画家のアトリエが集まるアーティストの巣窟のようなアジト。
このビルの最後に『名残茶会』。
知りあったライターさんに誘われ、お邪魔した。
きっとこのビルは毎日が学園祭のようだったのだろう。
こんな刺激的なところに僕も仕事場を構えてみたい。
ちょっと羨ましかった。
ジョンレノン的ハウスハズバンドの贅沢を味わっていながら、欲張りだのう。

2006.10.27 (fri)
「僕は哲学者だから、そういうの必要ないんですよ」
そう言って宗教の勧誘を断ったことがある。23歳だった。
「オレは詩人だから」
これもいまだに言ってる。
誰だって、言うのと思うのは勝手である。

2006.10.26 (thu)
コドモの「これなーに?これは?これは?」に
「太陽」と答えたあと、ハッとして訂正した。
「あれはねぇ、お天道様だよ」

2006.10.25 (wed)
Dailyを更新しないと「なんかあったの?」と心配されたりしますが、
いや、忙しいだけです。(このコトバ嫌いだなぁ)
お金をもらってやってる仕事が2つあって、
お金にはならない変なことを2つやっています。(ん?3つかな、あ4つだ)
というわけで、自分の24時間が追いついていないのです。
色々みなさんスミマセン。
あ、それとDailyはダイヤリーではなくて、デイリーと読みます。
「日々」とか「毎日」という意味です。
ですが・・・全然毎日じゃないですね。
ちなみに、設計依頼はいつでもお待ちしていますよ!!

2006.10.24 (tue)
どんなに「よくできた仕組みなんです」という説明をされても、
「それ、いいなぁ」とは思えないのが人間なんですよねぇ。
でも、自分が説明する側の時は、ついシステムの説明をしてしまうんですよね。

2006.10.23 (mon)
きのう実家に帰ったついでに、
父親のパソコンからsurvival designのブックマークを消してきた。
どうもねぇ、自分のオヤジが見てると思うと、のびのびと書けんのですよ。
オヤジにインターネットを教えてあげた一年前から、ズーッとそのやりにくさを感じて来たのです。
なんて言うんでしょう、どこの家庭もそうかもしませんが、
『世界で一番信用できない人間』が息子というもののようなんですな。
「オマエなんかより、上野公園のホームレスの方がずっと立派だと思うね」とか言われそうです。
ま、いいんですけど。両親には実際いろいろと世話にもなってますし。
これまで、オープンハウスには必ず呼んで作品を見せたり、
自分のDailyを見せるのも、せめてもの親孝行かなぁと思ってたのですが、
親子の関係というのは、なんというか、そんなに心温まるようなものではないですな。
ケンカするほど仲がいいと言いますが、親子の関係というのはそれに近いですな。
ブックマーク消してきて、あー、スッキリした!!

2006.10.22 (sun)
実家のカキを切ってきた。
今年も大漁。大きなビニールゴミ袋に4杯。
熟れる時は一気にみんな赤くなってしまうので、
早めにご近所さんに配らなきゃ。

2006.10.21 (sat)
マンション事務所時代の上司のかたから、
「親戚の家の設計してるんだけど須永くん手伝ってくれない?」とのお誘い。
こういうのは嬉しいですなぁ。
ウチのHPを見て来てくれる建て主さんももちろん嬉しいのですが、
すでに須永の仕事っぷりを良くも悪くもよーく知ってるっていうかつての上司が、
「木造とか住宅のことよくわからないか須永くんと」と声を掛けてくださるのですから、
こんなに嬉しいいことはないのです。
今日は打ち合わせがてら、その敷地を見てきた。
基本設計はおおむね出来上がっているのだが、
「屋根のカタチをこうしたら?」「窓をこっちに向けたら?」などなど、率直な意見をしてみた。
(生意気ですよね。)
すると、「いいねぇ!」「おもしろいじゃん」「これが君に頼んだ価値があるってものだ」
との反応。楽しい仕事になりそう。

2006.10.20 (fri)
ベッドで寝る人は、よくまぁあんな崖っぷちでよく寝れるもんだなぁ。
僕はタタミでずーと育ってきてしまったので、
大地の上をどこまでも転がりたい。
ベッドは・・・やっぱり無理だなぁ。

2006.10.19 (thu)
「このひと、にごった水飲んでる・・・」
ウチにあったアクエリアスを、
『エビアン』のボトルに移し替えて持ち歩いていたのが間違いだった。
駅のホームで、ゴクゴク飲んでいると、イヤーな視線を感じる。
「このひと、にごった水飲んでる・・・」と言いたげな、奇異の目。
あぁ、しまった・・・
確かにね、そう見えるよね。
この場合、気持ちの悪い人だよね、ワタシ。

2006.10.18 (wed)
SE構法のセミナーを聞きにいってきた。
以前にも開発者の藩繁さんの話は講演会で聞いていたし、
SE構法の採用を見当していた物件もあるので、たいへん良く出来たフレームだということは知っている。
いつも、間取りに左右されないしガッシリしたフレームなので長寿命の建物ができる、ということが強調される。
ただ、家を長く持たせるためには、フレーム構造だけの問題ではなく、
シロアリや腐りはどうか、雨漏りがちゃんと発見できるか、
1回は遭遇することになる大震災の際の経済負担、また大震災による大火災との関係、
いろいろ総合的にクリアしていなければ、良く出来たフレームも机上の空論になってしまう。
そういった現実の問題と解決のことは今回も語られなかった。
いい構法だと僕も思う。
それだけに、惜しいなぁ、とも思う。

2006.10.17 (tue)
リスニングルームというのは、
「防音をした」という安心感の方がデカイのではないかな。
例えばマンションで、隣・上下階にまで音が響くときって、
実際は普通をかなり超えた大音量の時である。(ピアノの練習は別よ)
しかしながら、いざ今日は大きめの音で聴いちゃおうかなぁと思っていも、
なんか、オドオドしちゃって音楽に集中できない。
アタマでは、この程度なら廻りの住戸には聴こえないとわかっていても、
ダメなんですなぁ。
防音室って、そういうための部屋かなぁ、と思ったりしました。

2006.10.16 (mon)
最近、左手で箸を使う練習をしている。
眠っている感覚を呼び覚まそう、というわけだ。
左手で操ろうとすると、さすがに見るに耐えないヘタさ加減。
その点、30年近いベテランの右手さんはさすがである。
時々持ち替えては右手先生にご教授願う。
よくよく観察してみると箸使いというのは、ただ挟んでいるだけではなく、
2本で橋を作って軽く載せたり、引っ掛けたり、米粒に押し当てて引っつけたり、
様々な行為を織り交ぜながら、我々はメシを食ってるということに感心する。
そしてまた、右手で箸を扱っている時には気付かなかったのだが、
実は左手側のお茶碗ワークが重要だったということにも気が付いたりする。
ウチのコドモはスプーンは上手に扱えるようになったが、箸はまだ。
左手のお箸一年生、コドモには負けないつもりである。

2006.10.15 (sun)
このあいだの建築道場で、「正方形の窓」だよ!という話しをしてきた。
それと同時に、最近の傾向として「長い建築」というのがある。
トンネルのような形状の建築で、ワンボリューム・ワンルームながら、
距離によって空間を分節し単調でない変化のある空間を創り出そうとしているのだろう。
ヒムロハウスは、トンネルをクネクネ曲げることで、分節し、
ドリフトはズラすことで、それをしている。
風の輪/五十嵐淳も見事に長かった。
そして今月号の住宅特集の表紙になっている、同じく五十嵐淳の原野の回廊は、小箱をズラしながら直列に並べるということをして、
長さを使いながらもワンボリュームの単調から抜け出し、
単位を細かくすることで空間の分節をも明瞭にした。そして窓のすべてが大小の正方形、プランも正方形。
なるほどウマいなぁ。
これは、心理的な距離のとり方や親密感のあるスケールなど、
建築の「作り方」を「居心地」に還そうとする、建築の方向性を感じる。
今までの伊東豊雄的・妹島和世的時代を経て、また新しい時代をきっとこの人が作るだろう。
建築の世界も、天才的な人がいて、あとに続く秀才的な人がいて、さらにあとに続く人たちがゾロゾロいる。
おそらく来年あたりまでには、トンネルを曲げて「中庭ドーナツ型のブロックズラしパターン+正方形窓」
なんてのを作る人が出てくるんじゃないかな。
これからの建築がどこへ行こうとしているのか、それを考えるのはゾクゾクするほど楽しいね。

2006.10.14 (sat)
こんなものを買った。
neaf(ネフ)のおもちゃで、アークレインボウという。
今設計中のリフォームの物件で「カラフルな小屋が立ち並んでいるポップな感じ」
というコンセプトが見えてきたので、いいカラフル具合を探しにオモチャ屋のハシゴ。
ついでなのでコドモも連れて、おばあちゃんの玉手箱→nikitiki→伊勢丹。
数時間、オモチャ売り場を
「東急ハンズの工具売場で目が宙にらみながらウロウロしているオジさんの状態」でウロついた結果、
この物件の場合はカラフルをやるとどうあがいても幼稚な表現に陥るという結論にも至る。
というわけで、このアークレインボウ2万円は直接仕事の役には立たなかった。
でも、コドモもオヤジも大喜びなのである。

2006.10.13 (fri)
ようやく、dailyとworksをリンクさせられるようになった。
こちらを見てくださいな。
仕組み自体はもうとっくに作ってもらってあったのだが、
あれだけの量のdailyのバックナンバーを目を通して、
関連付ける作業がめんどくさくて放置してきた。
実務の設計をやりつつ、websiteの管理をするのは結構しんどいのである。
それともうひとつ、
worksの写真一枚一枚にコメントを書けるようにしてもらってあるのだが、
こちらはほぼ手つかず。
S氏よスマナイ。そのうちやるから、悲しそうな目をしないでくれ。

2006.10.12 (thu)
引戸で間仕切るというのはよくあるパターンだが、
1枚め〜、・・・2枚め・・・、3枚目・・・、
アレがどうも「自由という不自由」のマヌケに思えてどうもダメだった。
居場所の家というリフォームでは、
1枚だけ引いてくればあとの戸がみんな着いてくるような仕掛けを考えたかった。
引戸と引戸を構造的に噛み合わせて連結させる仕組も考えたが、
「つい立てのように1枚だけ引きたい」ということができなくなり、便利が自由を奪う。
1枚引けばゴロン ゴロンとみんな付いてくる、
たったコレだけの用途のために、そうとう悩んだ末思いついたのが、
「革ひもで連結しておいて、バラで使う時はほどけば良い」というアホみたいに単純な仕掛けだった。
建築屋ってアタマ固いよねぇ・・・。
こんな仕掛けを使っている建築家、いまだに他に見たこともない。
ま、思いついてもやらないのかもなぁ。
こういうダサいローテク、僕はけっこう好きなのである。

2006.10.11 (wed)
渾身の、力一杯の大声を最後に出したのって、いつだろう?
全力で胸がゼーゼーヒューヒューいうほどダッシュで走ったのはいつだろう・・・。
覚えてます?
自分の野生。

2006.10.10 (tue)
「男はさ、使命をもって生きてるじゃない?
でもね、それが家庭をもつと崩れんのよね。
家族のこと大事にしたりさ、カミさん立場考えたりさ、コドモが病気になったとかさ、
家庭をもつと色々出てくんじゃない。
そういうことにぜんぶ張っていかなきゃなんないからね。
そうしているうち、男のやる気ってブツっブツって一個ずつもがれていくんだよね。
魚のウロコみたいにさ。
だからさ、あんたも設計屋やんならホーント、頑張んなよ」
そう言ってくれた居酒屋のおじさんの作る料理は、
すんごいウマかったし、店も繁盛していた。
このひとの『本当』とは、いったいどういう道だったのだろう。
ブツっブツってもがれてなかったら、どこに・どこまで行きたかったのだろう。

2006.10.09 (mon)
「土地探しはなんだかんだいったって詰まるところ、『自分が馴染めるかどうか』なので、
面積とか駅歩とか接道とか旗竿地とか、個々の条件はいったん無視して、
かなり幅を持たせて探して、直感的に気に入る土地を見つけてください」
と、ひとには言ってきたけど、
はて、自分が暮らす(自宅&事務所)となると・・・。
「吉祥寺まで自転車で30分以内」「東八道路は超えたくない」
「土地は30坪。それより多くても買えない、少ないと建たない」
「ある程度人目につく建築がアピールできる立地」
・・・だいぶ縛られてますワタシ。
とは言いつつ大月とか甲府とか、のどかな方面も調べては いる。
通勤に2時間かかっても膝の上で仕事ができるし読書タイムにもなるから、それもアリ。
と思ったのだが、土地の安さと交通費のバランスを計算してみると、結果としてはむしろ高くくつことが判明。
(会社勤めだと定期代は会社持ちなのでしょうけど)
さて今日、散歩がてら4カ所廻ってみて、「ここに住めたらいいなぁ」というところがひとつあった。
とはいえ、僕らが動き出せるのは来年以降。
ま、コレばっかりは、縁なのでどうなることやらわからない。
4世代4世帯住宅という予定なので、家族の意見を尊重しながら慎重に。
いよいよ、当事者の立場か。しんどそうだなぁ・・・。
でもま、いろんな経験するのは良いことですよ。きっと。

2006.10.08 (sun)
『企業建築家』??
エスバイエルというハウスメーカーのHPで目にしたコトバ。
確かに、なんかカッコよさげ、っていうくらいの建物なら、
日本人器用だから、そこそこの設計屋なら誰でもできるのよね。
「いい住宅に住みたい。かっこいいのにも憧れる。
でも、どこぞの馬の骨かわからんような設計屋のオッサンに、
自分のひと財産を預けるなんて、そんな無謀な賭けができるわけがない。」
そういう人ってホントにたーっくさんいるでしょうね。
僕らのような個人の設計屋に依頼してくれるクライアントの方が、
世の中的にはよっぽど奇特な人でしょう。
(ありがとうございます。クライアントに見守られながら、
創作ができるという幸せに、いつも感謝しています。ホントです。)
エスバイエルは実にウマいことをやったと思う。
多くのハウスメーカーが向かった、建築家”風”住宅のような、
企業内のシステム優先の相変わらずのニセモノではなく、
社内の意欲ある設計者達の能力を引き出し、
HPの写真のようなホンモノの成果物が産まれ、
かつ、それが企業のブランドづくりとしてもプラスに返ってくるような仕組みを作ったわけだ。
(もちろん、写真のあのような質のモノは、建ててるうちのほんの一握りでしょうが)
それは、企業として実に誠実な仕事だと思う。
『企業建築家』というコトバは、初めて見たが、これはイイと思う。
ある意味、正々堂々としている。
ここ数年、建築家ブームだと言われ、テレビや雑誌では、
本当に意思ある建築家から、サンカクの窓付けりゃイマドキだと思ってるような工務店のオヤジまで、
クソミソ一緒くたに「建築家」として持ち上げようとしてきた。
メディアが悪い。
しかし今、ハウスメーカーがコレだけの品位あるものを出せるようなったのだから、
アホな建築家祭りも、もう終わることだろう。
エスバイエルのやり方のおかげで、住宅界が底上げされたのだ。とても評価したい。
よってこれからは、個人の中途半端な設計屋なんかは、どんどん淘汰されるだろう。
僕らは、自分の名前を冠して、建築を世に出していく。
それには、信念が必要だ。
ミテクレのデザインに興じているのではなく、
建築によって社会的な意義を含んだ提案ができなきゃ、小さな建築家は本当に生き残れなくなる。
今までのように、金の出所に忠実に目の前のお客を満足させてさえいれば成り立つ、ってものでは無くなるだろう。
企業という大屋根に守られているわけではない。
毎日毎日、雨風にモロに晒されながら、
それでも世に問いかけたいんだという意思の強さ、建築の哲学と幻想を自ら信じること。
それがきちんと"一般から"も評価される、そういう時代に入っていくな、と僕は感じた。

2006.10.07 (sat)
月の家の居間への入口、ここの引戸のガラス幅はグラデーションになっている。
細い方が幅20mmで、だんだん広くなって最後は幅65mm。
オープンハウスのときカミさんから、
「へー、こういう建具を作るのはあなたにしては珍しいね。なんでこうしたの?」
と訊かれたのだが、うまく答えが見つからなかった。
なんとなく でも 確かに、ここはグラデーションがいい、と思っていたのだった。
それから数ヶ月経って、ようやく自分でもわかった。
僕はここに『時間』を創り出そうとしていたのだ。
この家の居間は、奥様のお仕事であるリーディングのお客さんを招く場としても使われる。
来客にとっては、この居間は聖なる場所。
その部屋にたどり着くまでには、心の準備のための長いトンネルが必要なのだ。
たった一歩、1帖ほどの踏込みだが、グラデーションの効果と相まって、
そこに時間が流れる。
実際にはそれは1・2秒のはずだが、目がグラデーションのガラスに遊ばされることによって、
それが訪れるひとの心の内部で充分な心理的奥行きとなる。
そしていま、この文章を書いていたらもうひとつ気が付いた。
じつは、この踏込みと建具は、無意識のうちにバラガンのギラルディ邸がモチーフになっていたようだ。
この踏込は居間とおじいさんの和室との接続ともなっているので、
当初からの思いであった「おじいさんの部屋をハナレ的につくる」ということにもズバリ合致している。
ここはやはり長い渡り廊下なのだ。
リフォームという不自由のおかげで、人間の能力は引き出されるみたいだ。

2006.10.06 (fri)
いつも想う。
この世で、いっちばん最初にウニを食べてみたヤツのことを。
真っ黒いイガイガを割ってみて、出てきたあの黄土色のドロドロを見て、
ソレを「食べる」という思考に結びついてしまった脳があったってことを。
しかもソレを実行してしまった、なんと豪胆な人間がいたってことを。
最初の一人がいなかったら、
人類はいまだにウニを食ってなかったんじゃないかと、オレは思うね。
道を伐り開いていくのは、変態。
だから簡単にバカにはできない、と思ってる。
でも、ま・・・羨ましくもないのだが。

2006.10.05 (thu)
「響きあう建築」というコトバの威力はものスゴかった。
連想ゲームのようにアイデアが、出る出る。
種からにょきっと芽が出て、ぬぬっと茎が伸び、枝分かれし、それぞれにまた芽が出て、
ひとつの種からネットワーク上に、グングン広がっていく。
種から木になるまでを、早回しで見ているような感じ。
(そういやトトロでそんなシーンがあったな)
数年来、「木造はもっと簡単に作れるはずだ」という思いがあって、
進行中のプロジェクトとは関係ないところで、その方法を模索していたのだが、
昨晩、布団にもぐり込んだ瞬間に、プラモデルのような木造の案が結実した。
(メモしなきゃ。また忘れちゃう)
と思って仕事部屋に戻ってスケッチを描いているうちに、アイデアの芽はグングン伸び枝が広がり、
いつの間にかおもての闇は解け、朝になってた。
こういう徹夜はじつに気持ちがいい。
プラモデルのような木造、これは2・3年後に予定している自邸のためのアイデアである。
ちなみに、外観はハンバーガーのように見えると思う。(ナンダソレハ)
作品の仮タイトル「ムサシノバーガー」とでもしておこうかな。
コトバもアイデアも簡単にパクられるのが世の常なので、
僕がモタモタしているうちに誰かがやってしまうかもしれないけど、まぁいいでしょう。
「思いつく」それが快感。

2006.10.04 (wed)
きのう、先輩に飲みに誘ってもらえたことがとても嬉しくて、
ひさーしぶりにビールを飲んだ。(でもコップ一杯)
「っあー、んまい!」
しかしながら体は正直。
帰りの電車の中、お腹がキュルキュルっと来て「ちょっとダメそう・・・」
途中下車してトイレに駆け込んだ。
そしたら、ホッとした瞬間、
・・・出た。
いやいや、ソレじゃなくて、(そちらの方はもう出ていたからホッとしていたわけで)
出た。コンセプト。というかテーマ、というか、スタンスというか、
僕の建築家としての、作品の特徴みたいなものを完結に説明できるコトバ。
いままでは、とーっても苦労しながら、
「んんー、なんていうのかなぁ・・・
建築のすべての部分・部品・空間のカタチ、そういうのぜーんぶが影響し合いながら、
そこには一切の無駄がなく、
・・・すべてが必要なもので構成されていて、
それがある種の調和のバランスを創り出しているような、
しかしながらそれは料理の味付けようなサジ加減的なバランスのことではなく、
骨格・・・と言うにはそんなに骨太なものとも違うのだけど、
構造的にハリっとした、・・・・・・結晶、のようなバランスと調和。
そういう極限まで削ぎ落された殻・・・、
んんー・・・なんとなく、そんな建築を作りたいと思ってるんだよね。
それは、例えるなら、素晴らしい楽器のような、
フレームである構造の微妙とそれが産み出す鳴り音の世界が完全に一致した、
よく出来たアコースティックギターのような建築なのかもしれない」
・・・と、もう、非常にまどろっこしいコトバで説明していたのですが、
きのうハッと、思いついたのです。
『響きあう建築』
・・・これだ。
そんで、トイレをジャーっと流して出てウチに帰ってきた頃には、
(あれ?今日オレなんかすごいこと思いついたんだけど、なんだったっけ?・・・ま、いいか)
と、キレイサッパリ忘れてしまったのですねぇ。
アブナカッタ。
今朝、クライアントへのメールの返事書いていたら、急に、
「ぁあ!きのうオレ、スゲーこと思いついたんだった!」と、
このことを思い出したわけです。
人間ってダメねぇ・・・。
人生を変えちゃいそうな大発見が、あやうく闇に葬り去られてしまうところでしたよ。
脳って欠陥だらけだな。やっぱりメモ首からぶら下げとかなきゃダメだわ。
宝物を売る、それは苦しい判断だったけれど、
それによって、いま手に跳び込んで来たものは
40万やそこらでとても買えるようなもではない、
ものすごい偉大なるものを、僕は気付かされたんじゃないかと思う。
『響きあう』
それは建築というハードウェアとしての壁や屋根というはもちろんだが、
「人と人」の響き合いかたも、箱の作り方で、変えられる、バランスの調整ができるということ。
今までもそういうハードウェアの作り方で、そこで起こる対人間の問題を解決しようとしてきたし、
うまく出来てたと我ながら思うのだが、
今回コトバを得たことで、また新たな視点を獲得した感じがする。
「僕は響き合い方を創り出そうとしているのだ」
そう自覚できた途端、すべての物事が新鮮に、クリアに見渡せる。
(あの、宗教とか自己啓発セミナーとかの類いではないですよ)
それだけに、あの素晴らしい響きを持ったギターを手放してしまったことは惜しまれるけど、
まぁ、しょうがないさ。大切なものを手放さなきゃ、きっとコレは得られなかった。
コトバひとつで人間が「跳べる」キーワードってのがある。
今回のは僕にとって「飛べる」になりそうなくらいの10年保証も付けちゃいたいくらいのキーワードだ。
響きあう建築
あのさ、だれか、だれか、飲みに行きません?
オレいま、スゲーはなしができるよ。ホント!

2006.10.03 (tue)
ギター屋さん時代の先輩と数年ぶりに会い、飲みに行った。
気が付けば、昔話をほとんどしなかった。
「今」と「これから」の話しだけであっという間に時間が過ぎていった。
これは、ちょっと驚くべきことかもしれない。
「すぐさま本題に入れる相手」ってなかなかいるもんじゃない。
素晴らしい関係を、10年以上経て今やっと結べる時が来た。
そんな感じがする。
本題というのは僕の場合主に「いかに生きるか」というはなし。
今日は、じつはギターを売りに行ってきた。
とても大切な、自分にとって音楽と自分とをつなぐ一番太い絆のようなギターだったのだけれど、
今は自分の建築家としての生き方を大事にするために、
「またいつか金持ちになったら買えるさ」と判断した。
かつて僕はKヤイリというアコースティクギターの会社にいて2年弱で辞めた。その時の先輩。
その後僕は建築に進み、先輩は今はお茶の水のビンテージギターショップで、
ソノスジではかなりのレベルのリペアマンになられた。
そんな縁で、僕のギターはそのBlue-Gというお店で委託販売に出してもらうことにした。
僕の1966年製MartinのOOO-18(マーチンのトリプルオーいちはち と読む)は45万円+税で売りに出るはず。
かつて惚れ込んで、'75年製D-45(100万円でした)を売ってまでして手に入れたもの。
(よかったら、どなかた買いません?
スナガが見そめた死ぬまで持っていたかったギターですから、そりゃぁ素晴らしいですよ。
そしていつか僕がお金持ちになって縁があったら、何倍かで買い戻させてください。
ま、それは半分冗談にしても、かなり美しい楽器です。)
ホント、大切にしてくれるかたのところへ行って欲しいものです。
そんなこんなで、今日はちょっと切ない日になるところでしたが、
飲みに誘ってくれたおかげで、手放す判断と引き換えに素晴らしい絆が繋がったような気がしていて、
いまちょっと僕は嬉しいのです。

2006.10.02 (mon)
こんだけ毎日書いてたら絶対に誤摩化せない。
「おいおい一週間ぶりの更新じゃないか」という声も飛んで来そうだが、
ソレも含めて、誤摩化しのきかないDailyということなんだな。
ビジネスの世界として考えたら、HPで公開できるような日記は営業ツールだが、
それはやっぱり多分にウソを含んだ日記だと思うんですよ。
もちろん、上手にウソをつきながら最後までいって、
ちゃんと相手を幸せにしてあげるのがビジネスの一面でしょうから、
それはソレでいいのですが、
ただもう僕の場合は、「ビジネスはやりたくない」と宣言しちゃっているのです。
だから、調子のいいことばっかりは書きたくない。
だから、毎日(分)書く。
もともとダラけた人間ですから当然波があって、
いいこと・オモシロイこと書ける時もあれば、ダメなときもある。
忙しくて書いてなんかいられないけど、書きたいことの下書きばっかり溜まっていくような時期もある。
書けないけど頑張って書くとき、書けないから書かないとき、いろいろ。
なるべく正直にやっていきたいのだけど、
読んでくれる人を不快にさせるようなことしか書けそうにない時だけは、
あきらめてwebにUPしない。
人間として、毎日なんか書くってけっこう大変なことですよ。
役割として、だったらできると思います。
まぁ、そんなこんなで、良くも悪くもスナガです。
オモシロい視点を持ってくることもあれば、愚痴ってるときもある、
時事ネタに跳びついてしまう弱さもあれば、毒も吐く厭味な性格も垣間見える。
人間として毎日書くってそういうことです。
もし興味があったら、今後もどうぞ見てやってください。
本人としてはこのDailyはいずれナマのサクセスストーリーとして、
スゲーおもしろいもんになるんじゃないかと思って書いてます。
10年後・30年後を、どうぞお楽しみに。
タイトルはもちろん『成り ゆき』です。

2006.10.01 (sun)
ウチのコドモ、好物はニンジン。
理由を訊いたら、
「ボウちゃん、キレイから、ニンジンすきー♪」
だって。
そんな事言う我が子が、たまらなく愛おしいっすよ。
そうだね、キレイってのはそれだけでいい事だね。


さて、9月のDailyはこちらか、
右のバックナンバーメニューからどうぞ。