Daily・・・日々雑感

2006.06.30 (fri)
カミさんは近さを感じるといい、
僕は遠くに感じるといった。
カミさんにとっては
目の前に覆い被さってくるような感じがするそうだ。
僕には自分が少年だったときのある記憶がループして流れているような
止まった時間が流れてる、そんな感じがする。だから切ない。
尾崎豊は誰かといっしょは聴けないのと同じように、
この写真集はひとりでちょっとこっそり見た方がいい。
こんにちは ではなくて さよならの写真。
さよならは誰かと共有するものではない。
「見る小説」
カミさんは時々うまいことを言う。
狂った季節とハゲたサル/保坂彩樹

2006.06.29 (thu)
お粥が・・・んまいっ。あ”ぁ・・・しあわせ。
化学調味料を一切使わず乾物からのダシでとほんの少しの塩で味を作ってるトロトロのお粥。生き返るわぁ。
寒い冬は体の芯からポッポしてくる。
夏はちょっと熱そうだなぁと思うとこだが、これが意外。
バテ気味の体には吸い込まれるように入っている。
風呂上がりのスポーツドリンクみたいに「体が求めてたのねぇ」って感じ。
お近くの方はぜひ一度お試しくださいな。持ち帰りも可能です。
一心不乱に食っちゃったので、写真はナシ・・・。
粥屋」月曜定休

2006.06.28 (wed)
さて何を書こうかな。
ネタに困ったときは建築のこと。
(ええ?!)
こちらは洗面脱衣室の収納。
扉が3枚。「つまみ」は使わない。
歳をとり握力が弱ったときに使えないし、
健常者だって手が濡れているときなどは指1本で開けられる方がいいのだから、
ユニバーサルデザインというのは当たり前のこととしてやっておきたい。
ここは洗面脱衣室も兼ねていることもあり、扉の引手が同時にバスタオル掛け。
このバスタオル掛けは、タオルと扉に隙間を多くとり通気をするため、
通常の既製品より出っ張りを大きく製作してもらったオリジナル。
朝の家の家族構成は「息子+両親」の三人家族なのでタオル掛けは3本あれば足りる。
ちょうど扉も3枚。
なのになぜ6本も付けたのか、お金も掛かるのにね。
僕はこんなことを考えていた。
いずれこの家にお嫁さんがやってきたときに3本しかなければ、
「あ、私の掛けるところが・・・」と思うかもしれない。
ここのご家族はホントに心根の優しい人たちだから、
きっとすぐにお嫁さんのために新しくバーを取付けてあげるだろうけど、
その1本だけがピカピカで新しく、いつまで経っても古いバーと新しいバーの古ぼけかたの差は埋まらない。
「この家に後から入った人」であることが建築物にしっかり刻まれてしまうのは避けたい。
最初っから「あなたの居場所はありますよ」と建物が言ってくれていたら、
後から入るお嫁さんもそんなに気後れしないでいられるんじゃなかろうか。
とは言っても3枚の扉に4本のバーが付いてても逆に意味深だし、
子供も産まれて本格的に2世帯となればちゃんと人数分必要になるだろう。
そんな余計な想像からここにバーは6本付くことになった。
こういう思考の経緯はべつにクライアントには説明していない。
いちいち説明していてもキリがないし。
心の敷居をつらない、それがバリアフリーだと思うのよね。

2006.06.27 (tue)
石けん、シャンプー、ひげ剃り、掃除のスポンジなど、
浴室にもそれなりに棚が必要なのだが、どうも既製品で良いモノがない。
水が掛かっても載せたモノがツツーっとすべって来ないよう水はけがよく、
シンプルな形状で水垢など汚れが溜まりにくく、掃除がラクで、
浴室という裸の空間にもマッチするあまりシャープなデザインではなく、
石けんを置く程度の棚なのだから安価であるが、ステンレス製であること。
そういう意図でさんざん探したのだが、ナイ。
というわけで、オリジナルで金物屋さんに製作してもらった。
写真の通りいたって単純。
パンチングメタルを曲げ加工しただけ。
巾24cm、奥行き9cm、ツバの立上がり1.3cm。
朝の家の浴室にはこれを4枚取付けている。

2006.06.26 (mon)
月の家ではポーチの床にビーチグラスを埋めている。
「足跡に導かれるような」というイメージ。
当初は「水晶を埋めませんか?」提案したのだが
クライアントから「それはなんとなく馴染めない」とのことで、
ビーチグラスに変更。
波で洗われたガラスのかけらが砂浜から顔を見せたような
「自然な」表情にしたかったこともあり、
現場では僕が埋めていった。
一個ずつ隣の石との間隔を見ながら何となく「ここかなぁ・・・」と、
適当なピッチでポン、ポン、ポン・・・と。
今日ひと月ぶりにおじゃましてクライアントと話しをしていたら、
「ポーチの石あるでしょ、あれ見て笑ってたんですよ。
スナガさん『月の家』だから28個にしたんだぁ、って」
「・・・は?」
「え!?・・・わざとじゃなかったんですか」
恥ずかしながら僕は知らなかったのだが、
月の周期は28日なのだそうだ・・・。
意図せず月のかけらの足跡となっていた。
偶然は必然、マタトリハダタッチャッタヨ。
たぶん28日を意識してやってたら
わざとらしさが滲み出てダメだっただろうと思う。
正当化するわけではないが「知らない」って尊いことだね。
無知の勝利。
ちなみに、僕に霊能力は無い。
・・・と思う。

2006.06.25 (sun)
自転車で走っていたら、道に大幅にはみ出ている松 発見。
「注意!」じゃなくて
あなたが切るべきでしょ。
いったいどれだけの人がこの看板にツッコミを入れ
通り過ぎていったことだろう。
実際かなり危険ですので、吉祥寺・御殿山でのサイクリングの際はご注意を。

2006.06.24 (sat)
9.11で初めて目にした映像はアメリカ国防総省が黒煙をあげている映像だった。
個々の被害者にはたいへん気の毒なことなのだが、
「ついにアメリカにバチが当たったか。当然だろうな」
正直そう思った。
その後のブッシュの会見にも、イスラムに憤慨する多くのアメリカ人にも、
間髪入れずにブッシュ支持を表明した日本のトップにも、
日本のトップを支持した新橋駅前の人々にも、
「そりゃぁ絶対違うだろ」と言ってみた。
・・・15インチのテレビ画面に向かってだが。
そのころはまだブログという水洗便所はなくて、
ブッシュはバカだと言う人もそんなにいなかったし、
日本のトップに対する支持率は高かった。
あれから3年と10ヶ月。
その間、僕は1回だけデモに参加し、
ブッシュは人殺しを始め、
日本のトップはやっぱりポチで、
自己責任という言葉が流行し、
戦場のバックパッカーの首切りが公開され、
2つの地震で相変わらず自衛隊は出遅れ、
薄着が横文字になり、
多くの人が自民党に投票し、
その間、武蔵野市のマンションの一室で主張していた
ある青年の意見はことごとく世にはじかれ、
いつの間にか「テレビを見ない自己防衛」を覚えた。
個人が自由に意見を放出できる場ができてきても、
ブログも2chもmixiもなんだかピーチクパーチクやってるだけで、
結局は日本という国を庶民は外野席から眺めていているしかない。
・・・もう、なんかどうでもいいやと、国について憂うのもバカらしくなっちゃったと、
そういう気がしていたのだが、
そこへ来てのニールヤングのLIVING WITH WARなのである。
60歳のジジイに「起きろ!」と殴られたショック。
ニールヤングの荒削りな魂、健在!
トップが世襲制のバカバカしい民主主義の時代に、
あきらめてないオヤジ、ニールヤングはアメリカの宝だな。
(その線でいくと日本の宝は忌野清志郎だろう)
LIVING WITH WAR、この魂の音は"今"聴くべきだ。
全曲ストリーミングhttp://neilyoung.com/
全曲日本語訳サイトhttp://home.earthlink.net/~saori/11.html

2006.06.23 (fri)
FW伊東豊雄、妹島和世、
MF安藤忠雄、隈研吾、青木淳、坂茂、
DF谷口吉生、槇文彦、横河健、内藤廣、
GK磯崎新、
監督コルビジェ、
そういう人たちが死にものぐるいで戦ってそれでも世界のレベルにはまだまだ及ばず、
ほとんどの選手が去ったグラウンドの中央では、
大の字に転がり起きる気力もなく、ただただ流れる涙をタオルで隠しているしかない
真っ白に燃え尽きた安藤忠雄の姿。
建築に例えるとそういうことなんだろう。
かっこいい男達だなぁ。
川口以外みんな年下、信じられん。
テレビで観ながら「!あぁ・・・」とか言うのは簡単よね。
オレ、心入れ替えた。Jリーグも観に行くよ。時々は。
Wカップの時しか観てあげてないんじゃ、やっぱり気力は育たないよなぁ。

2006.06.22 (thu)
便利とか快適とかいうことよりも、
「美しい」ということにはずっとずっと価値がある。
富士山の上で、闇が解け朝の世界が始まり視界が広がっていった時の
この世のものとは思えない我を忘れ飲み込まれるような美しさ。
産まれたての我が子を抱かされ「なんてきれいな生き物なんだろう・・・」
と、ただただ涙があふれ出て止まらなかった時のこと。
人間の能力を越えた素晴らしさに出会ってしまったときに感じること、
それを「美しい」と言うのだろう。
クライアントからのメールに出てきた『アルケミスト』という本を読んで、
そんなことを感じた。
「便利ではないかもしれないけど、ほんとうに美しいですよ」
そう言える建築を作っていきたいな。

2006.06.21 (wed)
曇りフィルムの意外な効果。
←この黄色い斑点、なんだかわかります?




答えは、
向かいにあるマンションの廊下の電灯です。
うっとうしいだけの立ちはだかる巨大マンションも、
窓にフィルムを貼ったおかげでボヤケてくれて幻影的な光景になるものですな。
こんなふうになるとは、全くもって予想外。ラッキーでした。

2006.06.20 (tue)
住宅設計についての本を書きはじめて、かれこれ半年が経つ。
独立したての若い建築家や学生に向けての本。
流行雑誌で注目されてる奇抜な住宅とは別の視点から、
人が生活する器としての本質をおさえながら自由な発想と勇気を促せるような本にしようとしている。
ついでに、住宅建築に高い意識をもつ一般のかたにも読んでもらえたら嬉しい、そういう本。
4人の共著で、ベテランのI.Kさん、中堅のY.Tさん・Y.Kさん、
そこに混ぜてもらったラッキーな若造スナガというわけだ。
(ホントは名前で書きたいのだが良いのかどうかわからないのでイニシャルで失礼)
ちゃんとした原稿などろくすっぽ書いたこともないし、
若い読者に伝えられるほどの蓄積もない。
(だってそんな本があったなら僕が読者になってるハズだもの)
ま、そんなこんなだが、普段自分が悩みながらも真剣に取り組んで掴んできたことを
書いていこうとなんとかやってる。
月イチの打ち合わせでは各人原稿を持ち寄りそれをネタに議論。
原稿に盛り込まれないであろうことも含め、様々な話しが飛び出す。
話してみることで初めて気がつく自分の設計スタンスや、
今の時代に感じる共通の問題意識なども顕在化する。
打ち合わせは途中からビールを飲みながらになるので、
たいてい帰宅するころには日付が替わっている。
誰もが忙しい日々の設計業務の合間に、資料を集め原稿を書き、
そして、楽しんでいる。
恐るべきエネルギー。
この本の作業も、もうそろそろ折り返し地点なのだろうか。
本に名前が付き世に出て行く頃、一番得をしているのはたぶん僕なのである。
著者の1/4であり、最初の読者。
またとないチャンス、見捨てられないようにみんなにしっかり着いていかなくては。

2006.06.19 (mon)
いろいろやることがあって久しぶりに朝の家に行ってきた。
植物がいきいき育っている。
竣工直後よりも豊か。立派なナスまで成ってる
建て主さん、建物にも満足していただけているようで良かった。
撮影の時には間に合わなかった塀の塗装、
やっぱり塗ってある方がずっとキレイね。
ちょっともったいないことしたな・・・。

2006.06.18 (sun)
「上をみればキリがない」
僕の仕事を一般のかたにお話しした時によく返ってくる反応。
『上』・・・ということではないんだけどな。どうも誤解されてる。
世にはお金のためだけに作られた、今売り抜けるための建築ばっかりだからかな。
敷地も見に来ない連中が図面を引き、
方位なんかお構いなしに隣戸と反転の間取りでバンバン作ってちゃう
住宅産業の現状がヘンに定着しちゃってるもんだから始末が悪い。
眺めのよいところに窓があるとか、
風の通り道があるとか、
廊下が薄暗くないとか、
子供部屋が寂しくないとか、
老人になっても危なくないとか、
家族の人数の多少の変化には対応できるとか、
畳が染めものじゃないとか、
床がホンモノの木だとか、
そんなことだけでもちゃんとしてあげれば、まともな家にはなるのに。
『上』じゃなくて『まとも』。
当たり前のことすらできていない住宅しか見られない今の現状ってのは本当に残念だし、
プリント合板の床を木だと信じ込んでいる、人々の見る目の無さにも残念。
昨日の建売りにしても、
「設計料250万円やるから800万円で家を建ててくれ」と依頼されたなら、
ネイキッドでも豊か(←ここポイント)な家は建てられるだろう。
構造材が露出した倉庫みたいな家かもしれないけど、
朝日が美しく射し込む寝室であったり、
時を忘れ庭の緑を眺めていたくなるような居間だったり、
そんなことに予算は関係ない。
ペアガラスよりも床暖房よりもウォシュレットよりも大事なことって
あるんじゃなーい?
言いたいのは、「まともな家に住もうよ」それだけですよ。

2006.06.17 (sat)
義理の弟に頼まれて付き添い。
土地面積46坪、建物面積30坪。
建て売りで2080万円だって・・・。
千葉の端っこだから土地が安いにしても、
まぁ・・・確かに・・・安いわな。
土地:46坪x22万=1012万円
建物:30坪x25万=750万円
利益:300万円
こんなところだろうか。
「ココを買おう思う」と言うので、
「その人にとって何が幸せかだから、君たちがこの家でいいと思うならいいんじゃない」
と答えた。
冷たい答えだが、僕にできるのはきちんと質を伴った建築を作ることであって、
安さへの対抗ではない。
「世の中にはもっといい住宅ってあるんだよ」と教えてあげたくても、
「これでいいから」と、知る気も起さない人に会うたび、無力さを痛感する。
「もっと安い建て方があるんだよ」そういう言葉には振り返る人はたくさんいるのだろうけど。

2006.06.16 (fri)
窓ついでに書いておくと、
この天窓には3つの意味がある。
1つは見ての通り、空間に奥行きを産むため。
階段のルーバーの向こうに目標となる光を射してあげることで
空間の質をつくろうとしている。
2つ目は、家族の将来を見越しての用意。
将来子供が2人でき奥の部屋を仕切る必要ができた時には
各部屋に窓がひとつずつとれるようにとの考慮から。
3つ目は、建物のメンテナンスのため。
天窓を開け外に顔を出してみると目の前に軒樋の縦樋がちょうど2本落ちるようにしてある。
落ち葉などの掃除を外から梯子で上がらずとも安全にできるようにしてある。
と、こんな理由から、あの天窓はあの位置に付いている。
設計しているときは分析より感覚が先に走るので、
(・・・なんとなくココに天窓)と付けていくのだが、
「なんとなく」にはやっぱりそれなりの理由があるものである。

2006.06.15 (thu)
たまにはちゃんと建築のことを書こうと思います。
『窓』には3つの役割と影響があります。
A.明るさの確保。
B.眺めのコントロール。
C.穴として、人や風などの出入り。
役割が三つ巴になっているおかげで、望まぬ影響も出てきます。
「明るさは欲しいんだけど、外から覗かれるのはイヤ」
「風を入れるために窓が欲しいけど、たいして眺めるに値する風景でもない」
朝の家では、視線のコントロールを自由にする方法を試みました。
透明ガラスの上に曇りフィルムを貼り、好きな一部分をカッターでくり抜いて剥がします。
これによって大きな窓で明るさを確保しながらも、
窓自体の大きさには左右されずに眺めたい景色だけを絵画のように切り取ることが可能になりました。
大きな窓だからといって近隣から覗かれる心配もありません。
この手法を思いついたのは実はさかのぼること2年前、僕らにコドモが産まれた時でした。
生後一週間のコドモを連れて退院してきたカミさん、
授乳は3時間おき、慢性の寝不足でいつも朦朧としています。
授乳の度に窓から覗かれないようにいちいちカーテンを閉めるのは面倒です。
そこで窓には曇りのフィルムを貼りました。
カミさんはいつでも外の目を気にせず授乳ができるようになり少し楽になったようですが、
しかしながら24時間布団で仰向けの新生児にとっては、唯一の窓からの眺めを塞がれてしまったわけです。
(ま、眺めと言ってもそのほとんどは向かいのマンションの壁が立ちはだかっているだけですが)
そこで・・・思いついたわけです。
「青い空と流れる雲だけが眺められるように、フィルムをくり抜いちゃえばいい!」
溺愛とーさんの親バカ心です。
朝の家のオープンハウスでは建築家仲間から「オモシロいね」と物珍しさで興味を持っていただいたこの窓も、
必要は発明の母、をという経緯があったのでした。

2006.06.14 (wed)
子供がね、ジッと整列してるってこと自体が、異常だと思うのですよ。
キオツケ・マエナラエなんて、オレだっていまだにできないもの。
むなしくて。
走り回れる土の庭と、登りやすい木と、マキロンが置いてあればそれだけでいいんだけどな、
幼稚園なんて・・・。

2006.06.13 (tue)
こんな世の中で、
自分だけは常識を失っていないと思っている。
ペットボトルを燃えないゴミに混ぜて捨てる奥さんも、
ヨソのうちのゴミ袋を開けてチェックしてるおばさんも。
みんなそれぞれ「自分だけは常識を失っていない」そう思っている。

2006.06.12 (mon)
「建築・土地はトランプのジョーカーに似ている」
というようなメールをこのところ立て続けに別のかたに出していた。
2件とも中古住宅のリフォーム依頼相談のかた。
片方は築27年の古い木造で、相当な構造補強をしなければ大地震で崩れる可能性大。
加えて、多額の費用をかけて構造補強をしたところで、
ローンは残るが建物の寿命が30年も40年も延びるものではない。
もう片方の物件は、建物は新しめの鉄骨造で頑丈なのだが、それが立っているのが崖地で
既存の擁壁を兼ねた地下室の方はいったい築何十年なのかもよくわからない怪しさ。
しかも開けてビックリ、床が見えないジャングル状態。(”どこでもドア”かと思った・・・)
それに加えて、その地下室のさらに下にも防空壕や
昭和天皇のために掘られた秘密のトンネルがあるとかないとか、怪しさたっぷり。
そんな2物件。
建築・土地は長い人生の間で、うまく使えばこんなに有効なものは無いのだが、同時に、
時には大きな足かせとなり、自由な人生の、足を引っ張ることにもなる。
ジョーカーがオールマイティーかババかというのによく似ている。
この2件については幸い「これから住もうかな」という事前の相談だったので、
「考え直しましょうよ」と説得を続け目出たく白紙になった。
ちなみに、説得というのはこんな具合である。
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たとえば、こんなことを想像してみてもらいたいのです。
5年後、自分達はどうしているだろう?子供は?
10年後、コドモが成長していったらどうなるだろう?
20年後、お互いの両親はどうしているだろう?
30年後、自分達が定年を越えたとき、はて、みんなどうしているだろう?
そしてその時々、家はうまく住めているだろうか?
そんなことをちょっとリアルに考えてもらいたいのです。
可能性の羅列でかまいません。
「いやぁ、そんなことまで心配してもしょうがないよ」
と切り捨ててしまっても構わないのですが、
でも、確実に将来の自分の身に降り掛かることです。
「ありそうな可能性を、いろいろ想像してリストアップしてみること」
「何が自分の幸せか、その優先順位をつけること」
このふたつをしっかりしておけば、
いましておくべき落しどころが明確に見えてきますよね。
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・・・とこんなことを書いたりして、目出たく2つのお仕事は白紙となった。
サバイバルデザイン、ビジネスマンとしてはどうも0点寄りである。

2006.06.11 (sun)
見かねてカミさんが僕の仕事場の大掃除をしてくれている。
代わりに今日は僕が主婦。
晩ご飯はカレーです。
旨味が焦げ付かないように少しずつワインでこそぎながらタマネギをじっくり炒め、
味付けは市販のルーを使うが、野菜ジュースを入れて煮込み、味わいに複雑な広がりを与える。 最後はコクを出すために、火から下しいったん常温まで冷やして30分ほど寝かせ、食べる前に再び温める。
トッピングで、昔よく通った洋食屋さんセピア亭のカレーの真似をして、
カレーライスの上にシャキシャキのモヤシ炒め。
カンカンに熱したフライパンでサッと炒め、
ごま油を垂らし白ゴマをふりかけ、はい出来上がり。
いっただっきまーすっ♪
よく、生姜焼きとカレーだけはマズく作る方が難しいと言われているけど、
今日その難しい方が初めてできました。
・・・・・・。
え?どうして?

2006.06.10 (sat)
夕方から家具屋さんのパーティーへ。
夜風にあたりながらビール。
みんなほとんど初対面の方々。
職業を尋ねてみると、グラフィックデザイナー、ヘアメーク、バイオリン職人、
編集者、美容師、建築家(おっ同業)、古着屋さん、彫金師・・・
こういうかたたちが100人近くいたのかな?けっこう迫力ある光景。
こういう輪に入らせてもらうと元気も出ます。
吉祥寺のtransistaというショップ。
店主のMさんおつかれさま。
今日までの準備の大変さを背中が語っていました。

2006.06.09 (fri)
「ちゃんとしなさいっ」と叱られてる子供を目にするたび
(はたしてオレはちゃんとしているだろうか・・・)と考えを巡らしては
申し訳ない気持ちになる。
子育てってのは矛盾と自戒だらけだね。
コドモだけちゃんとするわけがない。

2006.06.08 (thu)
「やだ!」
と思ったところから
今までにはなかった新しいものが産まれる。
ネガティヴエンジンというのは
「すでに足りてる」状態からのスタートになる人、の創作動機なのだ。
・・・と、そんなことをおしっこしながら思いついたもので、
慌てて出てきて書き留めた次第です。

2006.06.07 (wed)
建築ってのはそこで時間を過ごした人にしか、本当はわからないものなのですね。
写真を見れば常識の範囲からある程度の推測ができるような気がするかもしれませんが、
僕自身のがさまざまな建築を見てきた経験からいってもそうです。
建築は写真じゃわからない。
たとえば、いっくら上手に撮った岩風呂の写真を見せられても、
実際にお湯につかった時の
「あ、あ”あああぁあ”ぁ・・・。」
の、体中の毛細血管が浮き上がってきちゃったみたいな「じょわぁー」のあの感じが伝わってくるかというと、
そんなことはないわけですし、
露天風呂で冷たい風が肩から上をなでていくあの感じも、
夜空に湯気が渦を巻きながら立ちのぼっていくのをただ見上げているボーッとたひとときも、
裸にタオル一枚で内湯から外湯に移動するときの抜き足差し足感も、
体験して初めて『味わう』ってことなわけです。
建築は写真で説明がつく視覚のジャンルだと思われがちですが、
いやいや、建築は全身に語りかけてきます。
ちゃんとした建築なら、舌以外の四感を総動員して感じさせてくれるはずです。
さて、朝の家の写真をようやくアップしました。
今回ずいぶん真剣に『見せ方』というのを考えました。
写真という伝達手段の誤解と限界と格闘をしてきたのですが、
結局まだいい答えにはたどり着けてはいません。
ですが、建築を作るのが本業の人が、いつまでも2次的なことにこだわっていても仕方ありませんので、
今できる最善のカタチでアップします。協力してくれたO氏とS氏に感謝。
さんざん格闘してみてわかったのは、
建築を写真で紹介しようと思ったら、「伝える」というところから一旦離れて、
「期待をもたす」という方法に切り替えた方がいいような気します。
『そうだ京都にいこう』のJRのCM、あれです。
さて、朝の家はAllAboutの建築家というカテゴリーでも、
紹介をしていただいていますので、こちらも併せてご覧ください。
全く別のアプローチで紹介してくれていますので、よくわかると思います。

2006.06.06 (tue)
「そういえば『子供部屋』を設計するのは初めてかもしれない」
今月からスタートしたリフォームの依頼主さんとしたそんな話しが、
ずっと引っかかっていてた。
小学校6年生と4年生の子供のために個室を作ったてあげるのが主となるリフォーム。
焦点がそこに設定されていたからかもしれないけど、
「子供部屋って・・・何だろう?」となんとなく頭の中で転がしていた。
さっき、気がついたのだが、
「大人になっていく人の居場所」
長ったらしいけどそう言い換えた方が良さそうな気がする。
机・ベッド・クローゼットの3点セットが入る個室という紋切り方の答えではなく。
家族みんなで川の字で寝るような時期から、自分の部屋が欲しくなる小学校の高学年、
当たり前の自由が欲しくなる中学時代、ほぼイッチョマエの高校時代、
そこから先は迷いながらも自分で生きていくもうホントの尊重すべき個人、
しかも居続けるのか・いつ居なくなるのか、それがよくわからないという不確定要素もアリ。
HOUSEという固い殻とその寿命と、
その中に入っている子供というヤツの短期間での伸び縮みの激しさとのアンバランス。
(縮みはしないか)
『子供部屋』という記号化によって放棄されてきた形式に対して、
「子供ではなく、大人でもなく、でも子供で大人なひと」ととらえ直して、
そんな人に相応しい居場所ってのはどんなところなのか、
そしてカタチとしてどう与えていくか、を解いていくことになるのだろう。
なんとなく自分の少年時代を遡りながらいま思うのは、
トムソーヤーのトムの部屋であり、
ハックルベリーフィンの木の上の小屋であり、
「ひとりの居場所と夜」ではないかという気がしてる。
そして、たぶん大事なのは、じつは家ではないところにある居場所と、
大人のコントロールを離れた世界。ところで少女の気持ちは?
・・・・・・。むずかしくね?
さてさて、どうなることやら。
こいつぁオモシロくなりそうだ。

2006.06.05 (mon)
駅のホームや横断歩道で、このように待ってるベビーカー連れを見かけるのだが、
もう冷や冷やして、言ってあげようかと余計な気を揉む。
なにかの拍子にベビーカーからちょっと手が離れて、ツツーって進んでっちゃったら、
タイヘンなことよ。
特にこういうところは、床には水はけや高さ合わせのために勾配がとってあったり、
沈下で自然に下がっていたりで転がりやすい。
人間ですもの、ちょっとした不注意はあるのが当たり前。
うっかり手が離れても不幸なことにならないように、
だからこそベビーカーは横に向けて待ちましょうね、そこのお母さん!
あ、このお母さん、ウチのカミさんだわ。
えー、カミさんの名誉のために書いておきますが、
今回はこの写真取るために、わざわざそうしてもらっています。

2006.06.04 (sun)




(無意味に長い写真を使ってしまった・・・)
サイトの立ち上げからアドバイザーとして関わってきた
AllAbout Plofileでイベントがあり、今回出展してきました。
建築家の模型・作品の展示、セミナー、個別相談会、というようなイベントでした。
真剣に家を建てようとしている人がいっぱい。
みなさん各建築家のブースを熱心に見て回ってました。
ただ、洋服なんかをショップで選んでいる時に声を掛けられたくない気持ちと同じかなぁとも思ったので、
僕はあまり声を掛けず遠巻きに見ていました。
顧客獲得にあまり積極的でないのは商売上どうかとも思うのですが、
僕のような人間に仕事を依頼してくれる人って、あがいたって放っておいたって、
来る人は来るし、来ない人は来ないと思うのですよ。
なんというのか、『縁』ですからね。
商売っ気だしてお客さんを捕まえても、
反りが合わなかったら思う存分仕事させてもらえないですし、
それはお互いに不幸な結果を誘います。
僕にとっては一軒の住宅を設計するのもただの業務ではなくて、
人間スナガの「人生の一部」として取り組んでいるつもりなので一生懸命ですし、
建主さんにとっては家族の人生を丸ごと包む器となるわけですのでもちろん一生懸命です。
お互いに一生懸命の方向性がズレていて違う方向へ引っ張り合っていたのでは、
消耗するだけで結果として落しどころも中途半端にしかならない。
もし、建築家選びの最中のかたになにかアドバイスするとすれば、
価値観の通じる、自分の日本語が通じる相手を選んだらいいと思います。
それも直感に素直に。
それがよく解らないということであれば、
んー、とりあえずスナガに依頼してみてはいかがでしょうか。
楽しい家づくりでどなた様でもあなたの夢のマイホームを叶えます。
アチャー・・・・・・。

2006.06.03 (sat)
事務所をやり始めた頃から、
将来的には自分で設計したものを自分が監督として施工したい、
という気持ちがあった。
工務店の役割も自分でやってしまうということ。
設計の意図を施工者に伝えるのは主に図面だが、それで100%伝えられているかというとそうでもない。
感覚的にだが、いいとこ75%くらいではないだろうか。
設計者→監督→職人という過程では、伝言ゲーム的な誤解を産むことも多い。
また設計者にとっては「現場で決めたいこと」というのもあるし、
監督として工事予算を握っていれば現場での裁量に巾が広がり、
建築の自由度が増すということもある。
そんな思いがあるので、設計&施工で少ない物件をしっかり丁寧に作っていくのもいいと考えてきた。
実際にリフォームなんかでは小回りとアドリブが重要なので、それに近いやり方をし始めているし、
朝の家でもコスト削減のために工事の1/3はsurvival designで請負うことで、
仕様をほとんど落さずにあのパフォーマンスを実現することができた。
僕自身、かつてひと物件だけではあるが現場監督の経験もあるので、
設計と施工に垣根はあまり感じていないのだが、
そんなことを諸先輩方と話しているとだいたい「やめた方がいい」という声が返ってくる。
どうやら設計事務所としては、こういう考え方は珍しいようだ。
「設計もやってる工務店」はいくらでもあるのだから、
「施工もやってる設計事務所」がいても自然なことだし、
むしろ、後者の方がより社会の良質なストックとしての建築を作れると思うのだが。
ギター製作という全く異なる畑から、土木の設計や巨大マンションの設計を経て、
建築の設計事務所を始めるという、設計屋としては珍しい経歴を通ってきたためか、
ジャンルの制限というものをあまり感じたことがない。
結果として良いモノができ上がればいいんだから、
ジャンルなんか無視して思うがままに動き回ればいいと思うのだ。
良くも悪くもその辺がsurvival designなのかもしれないな。

2006.06.02 (fri)
そのバンドの持ってるチカラって(潜在能力も含めて)
一曲目のドアタマ一発目の音でわかっちゃう気がする。
友人のバンドがCDデビューしたというので、その発売記念ライブを観に行った。
イントロ一発目、ギターの出した乾いていながら粘りっ気あるギューン
というサウンドに参っちゃった。
ステージのスピーカーからビューンと伸びてきた手に耳の穴から手を突っ込まれ、
僕の心臓についてるボリュームノブをグイッと廻されたような感じ。
あいつ、いいバンドに入ったなぁ・・・。
能力を存分に発揮できる場所で、チカラを備えた仲間に恵まれて、
互いに実力以上の可能性を引き出し合いながら、
けっしてただの夢ではない、美しく輝かしい未来に向かって階段を駆け足で昇ろうとしている。
高校時代から知っている彼が、今そういうポジションにいっているってことが、
なんだかすごく嬉しかった。
flatmanというバンドです。
(彼自身はギョウカイの都合でまだ正式加入じゃないことにしてるんだと言っていたけれど)
たぶん今が一番エネルギーが充満したいい時期なんじゃないかな。
売れちゃう前に観に行っておいた方がいいかもしれません。
CDはLIVE会場はもちろん、タワーレコードやHMVでも買えるようです。
HPでは視聴もできるようです。

2006.06.01 (thu)
アロハを買うことにした。
きっかけは友人のひと言。
「アロハいいよ、夏の暑いのを楽しもうって気になるから」
暑さに弱いワタシとしては、夏はいかに被害を少なくやり過ごすかしか
考えていなかったのだが、
「アナタも夏産まれなんだから」とまで言われるとその気になってくるものである。
そんなわけでアメ横に出動。
服選びのセンスについてはまったく信用されていないのでカミさんも同行。
ま、コドモともあまり遊んであげていなかったので散歩がてらみんなで行くのもよかろう。
アロハをみたり、ジーンズをみたり、靴をみたり、ご飯食べたり。
なんだかんだやっているうちに日も暮れて、
長時間の外出で、コドモにとっても家でウダウダしているより満足だったろうと思い、
「今日はいっぱい遊んだね」と声を掛けてみたら、
「ずっとまってたね」
と返事が返ってきた・・・。
よ、よくわかってるじゃない。
いつのまにかアナタ、ずいぶん成長したのね。

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