Daily・・・日々雑感

2005.08.31 (wed)
夜にメールを書くのをやめることにした。
考えてみりゃ、一日動いて脳ミソが一番疲れている時間帯に、
まともな働きをしてくれるはずがない。
「夜は集中できる」ってのはやっぱ錯覚だと自覚した。
集中できているような「気がする」だけ。
特に文章を書くってのはホントに難しい。
無限の言葉の中から一番ふさわしい単語を選び出す直感力と、
それらの単語を組み合わせて、伝えたいことに近づける編集力。
よく考えてみたら、そんな複雑な作業がクタクタの脳にできる訳ないや。
疲れてるときって、脳にヘンな自己陶酔物質みたいなものが分泌されてるんだろうか?
よく、夜中に書いたラブレターほど恥ずかしいものはないというから、メールだっていっしょだろう。
夜中のようなひとりで集中できる環境を確保したいのなら、
ひとが起きて来る前にやりゃぁいいんだ。
それにしても、早起きは難しい・・・。
『早く起きるをガンバル』よりも、
『早く寝る勇気を持つ』ってことの方が実はずっとずっと難しい。

2005.08.30 (tue)
コドモが「ワァアアアーーーーー!!!」と大きな奇声をあげた。
こういうことは時々ある。カンシャクだ。
でもコドモって、
おなかが空いたからって自分でごはんを作れるわけでもないし、
夕飯の献立を選べるわけじゃないし、
家に居るのが飽きたからって、自分で自転車こいでサイクリングに行けるわけでもないし、
低い目線で眺めはいつだって悪し、
手先は不器用でバナナの皮すらうまく剥けないし、
アイスコーヒーも飲ませてもらえない。
「コドモがワガママを言って大変だ」というのは簡単だけど、
もし自分がある日突然、こんなコドモの立場になってしまったら、
不自由な生活とオトナの理不尽さとで、きっとストレスで気が狂ってしまうだろう。
幼児虐待で我が子を殺してしまった親でさせ、
「それはしつけだった」と言うらしいから、
自分がしつけだと思ってしていることだって疑って見る必要はある。
コドモに「うるさい!」ってこちらの不快感をぶつけても、何の意味もない。
例えば大人同士で海に遊びに行ったとして、仲間の中に骨折している友人がいたら、
砂浜でバーベキューしたり、スイカ割りしたりして、
ヨットには乗るかもしれないけれど、
間違ってもスキューバダイビングをしようよなんて言い出す事はないだろう。
みんなの条件や立場を考慮して、それなりに気持を察してあげたりするのは当たり前だと思うが、
これがコドモ相手の日常生活だと、平気で理不尽になる。
「あれはダメ」「これもダメ」で縛ったあげく、
不満を訴えられれば「うるさい!」って一喝したりして。
コドモってカワイソウ・・・。
オトナってなんかずいぶん醜い生き物な気がしてきた。

2005.08.29 (mon)
スペースシャトルを発射台に立てるのは、誰がやるのだろう?
という疑問を小学生の頃から持ち続け、いまだに解決できないでいる。
そして最近、更なる疑問をよぶ写真を見つけてしまった。
←どうやって載っけたの??
しかも飛行機の胴体って、空洞でしょ。
あんなモノを載せてもつぶれちゃわないわけ?
それに、あんなモノが乗っかってたら空気抵抗とかメチャクチャにならない?
ホントに飛ぶの??
発射台に立てるのは、クレーンにシャトルのハナッ先を引っ掛けてズルズル吊り上げていけば、
なんとか出来そうだなぁという気もするが、
こんな風に親ガメの背中に子ガメを載せるのは、やっぱり大魔神の仕業ではないかと思う。

2005.08.28 (sun)
なんか、急に秋の風になったなぁ。
この夏は初めて、エアコンレスの生活にはハナっから挑戦しない夏となった。
なにせコドモがホンットに暑がりで、
夏が始まる前から少し暑い日があると、グズるしアタマにも汗ビタビタにかいてる。
エアコンを入れてみるとホッとしたようにお昼寝をする。
そんなんだったから今年はまったくあきらめて地球にゴメンナサイで、
1台しかないエアコンに扇風機と送風機を駆使して、冷気を中継し各部屋へ送った。
だもんで日中はフル運転。
こりゃぁ電気代が大変だなぁと覚悟を決めていたのだが、さっきカミさんに電気代をきいてみたら、
「いつもと3000円くらいしか違わない」とのこと。
え”っ??、じゃぁ1日100円?
それしか違わないんじゃ、やっぱりエアコン使いたくなるよなぁ。
地球温暖化を食い止めるため、電気を使うな車に乗るなといくら言ってみてもきっと埒は開かないだろう。
いくら環境のためとは言っても、便利を知ってしまったらそれを戻せるほど人間の意思なんか強かぁない。
でもだからって、自動車税を上げるとかエアコンに税金をかけて対応しようとかってのもナンセンスだとは思うのだよね。
んで、どうせだったらこうしたらどうだろう?
「エアコン買ったら1台につき、庭に木を3本植えましょう」とか、
「自動車買ったら、自転車も4台買いましょう」とかいう法律にしちゃう。
庭木が木陰を作ってくれるおかげで日射がやわらぎ、エアコンの使用は少しで済んで、木の大切さを見直した。とか
風を切って走るサイクリングってこんなに気持がイイのね。
しかもウチから駅までって、実はクルマで行くより自転車の方がずっと早かったのね。とか。
便利は便利で認めつつ、新たな価値の発見とセットにして提供する。
どうだろうか?

2005.08.27 (sat)
ここ1・2年のことだと思うけど、
僕の場合、人との会話の中で言葉を被せることが多くなってきた。
ひとつには
「あなたの言っていることはわかります。だからそれに対して僕の次の言葉を言わせてください」
という、話のアタマを被してしまう『せっかち型』がある。
もうひとつは、
「正確に誤解のなうように伝えたいのです。だから最後の語尾までしっかり言わせてください」
という、オシリが被る『引きずり型』がある。
『せっかち型』になってしまう理由には、
「思いついたことは、すぐに言葉にしてしまわないと自分でも忘れてしまうので、とにかくすぐ言いたい。」
という、脳の老化に伴ったマイナスな原因もあるし、
人生経験を少しずつ積んできたおかげでわかる「みなまで言わんでもあなたの言いたいことはわかるよ」
という、察する能力が身に付いたことにもよる。
さてもう一方の『引きずり型』になってしまう理由は、
おそらく社会経験のおかげで、責任やお金が絡む「仕事」ってもんに慣れてしまったせいで、
言葉の危険を知ったからだと思う。
クドいとわかっていても、最後まで言わせてもらわないと安心できないのである。
僕は昔どちらかというとカチ合ったときには言葉を譲るタイプだったので、
オトナってどうしてあんなに図々しくてクドいのだろう、と思ってきたけれど、
今自分がそういうオトナの仲間入りをしていることに気付く。
昔はどんな場面でも、キーワードだけが飛びかうような会話で充分成り立っていた。
いまはそういう話し方ができる相手はごく限られている。
キーワードの羅列で恐ろしいスピードで展開していく話、
どこへ話が飛ぼうとも関係ないく、言葉の裏を読む必要もない高校生のような会話。
そういう会話はエキサイティングで楽しい。
そしてそれにプラスして、現在までの時間を伴った付き合いの中
お互いに「皆まで言わんでわかる」という絶対的な信頼関係のバックグラウンドがあったりすると、
言葉は大幅に省略され、そこに展開される世界はむしろ無限の広がりを見せる。
そういう話し方で会話ができる相手っていうのは、本当に数少ないけれども
言葉とその意味をも飛び越えた、観念に近いところで話が通じるってのは、オトナの役得なのかもしれない。

2005.08.26 (fri)
「さようなら」
そう思ったらはじめて実感が湧いてきて、
涙が止まらなくなってしまった。
お通夜っていうのはどこか『お見舞い』に似ていて、
突然の知らせを受けて、彼が寝ているその場所に自分が駆けつけ、
その事実を確認して自分が立ち去る。
驚きと事実を整合させる場。
告別式は、本当のお別れ。
もう二度と会うことのできない、永遠のさようなら。
式の始まりから、すべての行程は出棺のその時に向かっていく。
そこに居る人みんなが感じている暗黙のカウントダウン。
きっと今頃はもう灰になっちゃったんだろうね。
今日でもう、あのひととは二度と会えなくなってしまった。
本当にさようなら。
仲良くしてくれてありがとう。

2005.08.25 (thu)
今日のDailyはお休みです。
ってしようかと思ったのですが、書けることだけ書くことにします。
今日はお通夜に行ってきました。
とても沢山の人が参列していて、
係員から「お焼香は一回でお願いします」というアナウンスが出るほどでした。
お焼香は祭壇からは距離のあるところで、一人あたり10秒程度だったと思います。
その後、一緒に参列した設計事務所の仲間達はみんなで先に飲み屋に向かい、
僕ら数名は台風の影響もあってだいぶ遅れての到着になるという後輩を斎場で待つことにしました。
30分40分と待っているうちに、あんなにたくさん込み合っていたお焼香の列や、
話し込む人々もほとんどいなくなり、
「祭壇のところまでいって、顔を見られますので・・・」と声をかけられました。
遅れた後輩のおかげで、予期せずゆっくり顔を見ることができました。
最後まで残っていれば、そういうこともあるものなのですね。
以上、今日は『そういうこともあるのですよ』というだけのお話でした。

2005.08.24 (wed)
『良いエンジンを作るためには、まず良いブレーキを作る必要がある』
というのを最近なんかで読んだ。
ヘーなるほど、と額面通りの解釈をしていたのだけど、
さっきトイレで用を足しつつ宙を見つめながらフッと思いついた。
以前、友人の結婚式のスピーチでした話で、
「彼はとっても責任感の強いガンバリ屋なので、
奥さんは、彼が無理なムリをしないようにブレーキを掛けてやってね。」
というようなことを言ったことがあったのだけど、
あぁそうか夫婦というのも、そういうもんかもしれんな。
ダンナが良いエンジンとして良い駆動するために、
カミさんはそれに最適なブレーキとして、スタンバイさえしてくれたらいい。
止まるために必要なブレーキではなく、よりワイルドに走るためのブレーキ。
コーナーで減速したり、信号で止まったり、子供の飛び出しに注意したり、オーバーヒートの心配をしたり、
減速の要素を常にアタマの片隅に置いての安全運転は、どうしても攻めが弱くなる。
自分が、前に走ることとカジ取りだけに集中するために、確実なる安心感として
いつも適切に働いてくれると信頼できるブレーキがついているってのは大事なことかもしれない。
男女同権だとか、結婚した女性も自立と仕事をとか、それはそれで悪くはないと思うけど、
昭和の時代まで脈々と培われ、長い時間のなか成長してきたてきた夫婦形態にはそれだけの強さもあると思うのだ。
夫婦というのを、一人乗りのクルマでそれぞれ並走するような感覚としてとらえるか、
ドライバーズシートと隣のナビゲーターズシートに座った共同体として同じ風景を見ているのか、
その違いで人生はまったく違ったベクトルとなるのだろうな、なんて事を考えながら、
今日もすっきり用が足し終わった。

2005.08.23 (tue)
何を書いたら良いのやら、さっぱりわからないのだが、なんか書かなくちゃ。
あのひとは、ずっと前からこのdailyを読んでいてくれて、
時々その感想なんかをメールでくれたりしていたから、
今日みたいなこんな日は、「あいつはオレのこと、なんて書いたのかな」なんて、
どっかからこのページをのぞいてるかもしれない。
もう、あの人はいないのだそうだ。
今日の知らせはあまりに突然のことで、実感なんてまったく湧かないんだけど。
あさってあたりお通夜に行ったら、あのひとも黒い服着て一緒に参列してそうな気がする。
「おい、オメーの葬式だろ!」ってみんなからつっこまれて、
あのいつも眠たそうな顔で、うれしそうにニタニタ笑ってたりしてるんじゃないかって。
いっつもメチャクチャな冗談ばかり言いあってた昔の事務所の仲間。
しばらくぶりにあの超バカメンバーが揃うってことが、いま実は少し楽しみだったりする。
だったりするのだけど、きっと実際に行ってみてその時はじめて、
あのひとが本当にいなくなってしまったってことを、身にしみて実感することになるのだろうな。
今日はなんでだかわからないけど、
アタマの中で奥田民生の「すばらしい日々」がずーっとグルグル鳴ってる。

2005.08.22 (mon)
ヨドバシカメラのインターネット通販は総額1万円以上の買い物なら送料無料になる。
先日プリンタ用紙やら写真整理のファイルなど、雑多な消耗品関係をまとめて注文した。
その際『在庫あり』の商品と『お取り寄せ』の商品とがあり、
発送方法を「商品がそろってから発送」にするか「あるものから発送」にするか、選択できた。
どうせ送料無料なら、在庫があるものだけでも先に送ってもらいたかったので後者を選択した。
するとどうだろう。
今日までの間にヨドバシカメラからは7回に分かれて商品が到着した。
しかも毎回毎回ミカン箱より大きな段ボールに、プリンタ用紙がペロッと1冊とか
フィルム用のアルバムファイルがパサッと2冊とかで、
あとは段ボールの隙間を埋めるために大量のエアパッキンが同包されてくる。
あまりのムダっぷりに、試しにエアパッキンをコドモのビニールプールに貯めてみていたら、
もう入りきらないくらいの山積みになってしまった。
大丈夫なのだろうかヨドバシカメラ?
実際のところ今回配送料はいくら掛かっているのだろう。
まさか7回にも分かれてくるとは思いもしなかったなぁ。
ひどいときには同じ日に4つの荷物が別梱包で届いたりもした。
こんなんでちゃんと利益が出ているのか、余計な心配をしてしまうじゃないか。

2005.08.21 (sun)
やっと見つけたぁ・・・、まともなコドモ乗せ自転車。
コドモ乗せ自転車というのは、
自転車の前カゴ部分が専用のチャイルドシートになっているやつのこと。
ガニマタにならずに漕げて、コドモを乗せる際にハンドルをロックできて、
走りにも安定感がある、
機能的には素晴らしい自転車なのだが、
巷にあふれているのは、デザインなんかコレっぽちも考えられていないオバさん自転車。
あれにお金を出すのはなぁ・・・」とかなり消極的だったのだが、
もう、必要に迫られてしまってどうにもならないので、真剣に探してみた。
欧米(とくに北欧)の映像なんか見ていると、日常的に自転車をオシャレにスポーティーに使っているし、
共働き&保育園が当たり前の人たちだから、お父さんが乗っても恥ずかしくないモノがあっても良いはずである。
それに日本にだって自転車を趣味としている人はけっこう多いし、
ここ数年はナゼか自転車がグンとオシャレになってきている。
特にコドモを自転車の前に乗せるような世代というのは、
オシャレを捨てきれない、それなりにまだ見栄を張っていたい若いパパ・ママである。
『オサレなコドモ乗せ自転車』これはぜったい市場があるはずなので、
どこかにその芽は出ているはずだと思ってあんなのとかこんなのとかいろいろ探していて、
んで、やーっと見つけたわけです。
とは言ってもまだカゴのデザインが鈍臭いままなので、
ホントはココとかにオーダーで作ってもらおうかとも考えましたが、我が家ももうタイムリミット。
とりあえずはコレを買うことにしました。
なにはともあれ、納車の日が楽しみです♪

2005.08.20 (sat)
高級感、重厚感、素材感、
どうして『感』がつくとニセモノっぽくなってしまうのだろう?
べつに『感』という言葉自体には、罪はないと思うのだが。
分譲マンションを見ていると特にそう。
『感』ばっかり演出していて中身がない。
良い材料で手間をかけて作った本当に高級なものだから→高級感をかんじる
ということではなく、
高級そうに見せるために→こうしよう
という逆の発想。
週末の新聞の折り込みチラシを見ているとクラクラする。
マーケティングリサーチという商売の手法は、
まったく客をナメてるとしか思えないのだ。

2005.08.19 (fri)
久しぶりにお酒を飲んだ。
自宅で仕事をしていると「帰りに一杯」って機会もまずないし、
キライじゃないんだけど、体質的にアルコールに弱いってこともあるし、
酒の席なんかでもアタマの片隅には「ウチに帰ってもうひと仕事」って気持が常にあるので、
ほっとんど飲まないのだけど。
久々に飲んでみたら、お盆休みの余韻が残っているせいか開放感も手伝って、やけに楽しかった。
楽しかったのでそれなりに飲んでいたら、だんだん頭痛がしてきた。
ビール+梅ハイ+シークアーサーハイ=微妙に頭痛
酒飲みってきっと楽しいんだろうなぁ・・・。

2005.08.18 (thu)
コドモとはいえ、足のカタチにもそれぞれ個性があるようで、
今頃になってやっと、はじめてのコドモ靴を買った。
もっと早く買ってやりゃ良かったなぁ。
いままでお古の貰い物がたくさんあったのでそれで済ませちゃってたけど、
やっぱりコイツの足にきちんと合ってる靴は歩きやすそうだし、
しかも、持ってる服など考慮してちゃんと選んでいるので、カワイイ♪
オトナのスニーカーでも、ある程度ちゃんとしたものは一万円近くするってのに、
コドモの靴は3千円台で、替えたりする。
あんなものは材料費よりも手間代だと思うので、
子供用は小さいだけにむしろ大人用より作りにくく、手間がかかるのではと想像するのだが、案外安いのね。
ま、3ヶ月ごとに次のサイズを買っていかなければいけないので、その分は確かに不経済だけど。
それにしても、子供がいる生活ってのは落ち着くことがないね。
ずーっとバタバタしている。
バタバタしているとつい後回しになっちゃうことが増えるけど、
足や骨格の正しい成長のためにも、靴はちゃんと買ってあげなきゃいけなかったな。

2005.08.17 (wed)
いつも地震予知関係のサイトをいろいろチェックしていて、
月の満ち欠けの周期による引力で考えるひと、
雲の観察でデータと照らし合わせて予測するひと、
電磁波の数値を根拠に予測するひと、
動物的な勘で予知する人、などいろいろいます。
その中で、このかたの予知は、
『体感』(動物的勘)といういちばん根拠の薄そうな予知なのですが、これが驚くほど本当によく当たります。
数ヶ月間その予知具合を見てきましたが、『当たる』という占い的な表現が失礼なくらい、
当たって当たり前というくらいの確率です。
占いと違うので、「○月○日○時○分に」というほど正確ではなく、
「○月○日を軸にプラスマイナス3日」とか幅のある予知ですが、
それにしても方角やマグニチュードなども大体当たっているので、かなり参考になります。
「予知情報なんか見て、いつ来るのかわからない地震におびえて生活しててもしょうがない」
という意見もありましょうが、
日々予知情報を見ていての実生活への影響というのは、
今週はちょっと怪しそうだから、ミネラルウォーターを2本多めに買っておこうかな、とか
練る前にテーブルの上のコップや陶器をちゃんと洗ってしまってから寝よう、とか
晩のうちにお風呂を掃除して、キレイな水を張っておこう、とか
用事で新宿に出掛けたついでにヨドバシカメラでブラブラしてこうかと思ったけど、
やっぱり今日は真っすぐ帰ろう、とか
わりと自分への正しい躾けとなって帰ってくるようなものだったりします。
どんな専門家に訊いたって「確実に起きる」と言われている関東の大地震、
予防をきちんと講じていれば、被害は確実に少なくはできるわけですから、
どうぞみなさん「ムダだよバカバカしい」と目をそらさないで、
自分のために、それなりの対策はしておいてください。
ちなみに、きのうの地震も数日前から予知されていました。
カミさんと僕は顔を見合わせて、「あっ、また当たったね・・・」と。
もう、驚くというより納得するって感じでした。

2005.08.16 (tue)
幼なじみってのは久しぶりに会っても、なんで感慨がないのだろう?
3年ぶりだったのだが、会うなり、
「ゴウくんあのさ、このパソコンのアイコンがマイメロディーになっちゃってるんだけど、
直してくんない」で、「あ、いいよ」ってんで、
僕もまたパソコンに向かってアーでもないコーでもない、って小一時間。
カミさん同士は、「アンタ達久しぶりに会ったのに何やっての?」と言うし、
それもそうだなとは自分でも思うのだが、
「今会っているこの瞬間を大事にしよう」という気持は、・・・無いんだな。
マイメロディーのアイコンは無事に治り、代わりに峰不二子にしてあげたのだが、不評。
結局ミッキーマウスになりました。
ま、幼なじみってのは、そういうものなのだろう。

2005.08.15 (mon)
カミさんが持っていた古い雛人形の供養をお願いしてきた。
行ってきたのは、所沢神明社というところ。
昔は供養してそのまま燃やしていたらしいのだが、
昨今はダイオキシンの問題があるので、
ヒトガタ(ペラペラの紙を人っぽいカタチに切り抜き、割り箸の先に貼付けたようなもの)という紙に
人形の魂を移して燃やし、人形そのものは業者に処分してもらうのだそうだ。
確かに、伝統と文化という言葉がよくに合いそうな雛人形といえども、
そのモノをよく見てみればプラスチックと化学繊維のかたまりで、
燃やしたら真っ黒い有害な煙が景気よくモクモク立ち昇りそうである。
以前、その雛壇とケースを市にゴミとして出すために分解した時も、
プラスチックとボール紙とベニヤとで出来ており、ちょっと驚いた。
まったくプラモデル的なつくりで、リカちゃん人形・リカちゃんハウスとなんら変わりない。
正直「ありがたくないなぁ・・・」という感想を持った。
ま、モノとしてどういう作られかたをしているかというのは、今回ベツの問題として、
それでも三十年カミさんを守ってきた身代わり人形であるから、きちんと供養をおねがいした。
と、ここまで書いてて気がついた。
そういえば、最後にちゃんと顔を見てあげなかったなぁ。
ひな祭以来箱に入ったままの人形を、バタバタと受付に納めて帰ってきてしまった。
神社に預けられて、人形達はどんな顔をしていたのだろう?
なんか、気になってしまうな。

2005.08.14 (sun)
目薬が熱湯だった!
ファミレスの駐車場で、クルマの飲み物ホルダーに置いておいたコンタクトレンズ用の目薬が、
炎天下で温まってチンチンになってた。
それを知らずに1滴たらしてみてビックリ!なんてもんじゃない。
アヂーッ!
残暑お見舞い申し上げます。
どうぞみなさまもお気をつけて。

2005.08.13 (sat)
イイことに気がついた。
温泉宿に必要なのは、いい温泉・・・と、
いい石けんである。
温泉の湯そのものは、もう出るものでどうにかするしかないのだから、おいておいて、
問題は石けんなのである。
消耗品経費の節減のためなのか、ただの惰性なのか、
いまだにエメロンなんて昭和の忘れ形見みたいのが置いてあったりするが、
やはりあれではイケナイだろう。
お客のお目当ては温泉の『湯』ではあっても、そこで体を洗わないわけはない。
滞在中、必ず一度は石けんを体にこすりつけるのだから、
そいつが家庭ではあまりお目にかかれない最上級のお肌ツルツル石けんであったなら、
湯上がりのお肌ツルツル感が、お湯の効能なのか、石けんの成分なのかなんて区別とは関係なく、
「いい温泉ね♪」って感想になるであろう。
岩風呂作ったり、刺身の盛り合せでおどかしたりするよりも、
超上質石けんの方がはるかに安上がりでしかも効果的だと思うのだがどうだろう?
この思い付き、観光協会とか冴えない温泉旅館とかに、マジで提案したいなぁ。
どなたかそういう繋がりのあるかたおられましたら、ぜひご連絡ください。
サバイバルデザインでは、そういったコンサルティング未満なアドバイスも、
個人的な趣味としてやらさせていただきます。
報酬は「家族でいつでも泊まりに来れる権」とかでも結構です。

2005.08.12 (fri)
インターネットでウチのHPを見つけて仕事を依頼してくれた建て主さんに、
「どうやって検索したらウチに行き着いたんですか?」と訊いてみたら、
「中央線沿線で、デザインのできる設計屋さんで、あとぜったい若い人じゃないとダメだと思ってたんです」、と。
なるほど、それならたしかにウチにたどり着く。
『中央線』の独特な濃さ、
良くも悪くも『若い』ということ。
それをわかってウチに依頼してくれたのなら、もう何の不安もない。
思いっきりやらせていただきます!!

2005.08.11 (thu)
「仕事ってさぁ、こう言っちゃぁなんだけど、
オレにとってはヒマつぶしなんだよね。
人生なんて、死ぬまで何やってヒマ潰すかってだけなんだからさ、
どうせだったら楽しい仕事でヒマ潰したいじゃない?」
久々に会った友人がそんなことを言っていた。
僕よりひと回り上の自営業者。
苦労をしてない訳がないのに、そんなことをサラリと言い切ってしまえる人生の先輩というのは実に愉快。
そういえば、最近知り合った友人が、
「あの『やりたい ことだけうんとやる』ってコラムはオモシロいねぇ」と
賛同してくれていたようである。
あれは2年前に書いたものだけど、今読み返しても違和感がないなぁ。
やりたいことだけで生きていけないのはわかってるのよ。
だからこそ、やりたいことだけ、「うんと」やって生きていきたいね、と思うのだな。

2005.08.10 (wed)
実家のオヤジが「パソコンが欲しい」と言い出した。
もう60を過ぎたが、インターネットとかコンピューターとかの概念が全くわからないというは、
この時代に生きていていながら、世の中の仕組みに自分がついていけてないということであり、
それはイヤなのだそうだ。
まぁそういうことなら、一通り用意して教えてあげようかと思ったのだが、
次のひと言でちょっと気が重くなった。
「それに、オマエのホームページも見てみたいしな。」
・・・・・・。
こうして世に公開してしまっているページではあるが、
何と言っても、自分の親にだけは見て欲しくないものである。
いやぁ、こりゃ困ったなぁ・・・。

2005.08.09 (tue)
いままでずっと聴いてきた曲が、
あるときスコーン!と自分の深いところへ入ってしまうことがある。
佐野元春にはその傾向が強い。
「ちょうど 波のように さよならがきました・・・」
そりゃ前々から、いい曲だなぁとなんとなーく思っていたのだけれど、
あらためて聴いてみるとなんと美しい日本語なのだろう!
そして曲は、「・・・ことばはもう 何もいらない
ただ 見送るだけ」と、続く。
彼はミュージシャンではなくて、
きっと、詩人がたまたま音楽やってるってだけなのだろうな。
通りすがりの中古CD屋で見つけた100円CD。
どういうわけか佐野元春はタタキ売られていることが多い。

2005.08.08 (mon)
自民党のカオナシ
共産党のオバQ、
社民党のサザエさん、
民主党の鉄人28号
公明党は・・・思いつかん。
どうして党の代表ってのはマンガっぽいのだろうか?
それにしても総選挙が9.11、これまたイヤぁな日取りだなぁ・・・
外出は控えようっと。

2005.08.07 (sun)
不思議な縁だなぁ・・・。
「1975年生まれの人で富士山に登りませんか?」という呼びかけに乗っかってみて、
たまたま知り合った9人。
タイプや職業も違う、まったく住む世界の違う人たち。
一緒に富士山に登って降りてきただけの接点。
慣れない登山、しかも酸素が薄いため、登山中は交わした言葉もそんなには多くない。
今日はその仲間達との打ち上げ。
3週間ぶりに再会してみたら、なんだかやたらに盛り上がった。
終始みんな上機嫌で、富士山の話、仕事の話、プライベートな話、バカなヨッパライ話、いろんな話をした。
普通に生活していたら、敬遠して出会うことはなかったかもしれない、バラバラな個人なのに、
なんだか不思議な感じ。
別れ際にはみんなして「じゃぁまたね!」って当たり前のように言っていた。
今日は『富士山』という理由があったから集まったメンツだけれど、
もうこんど会う時には理由をつける必要も無さそうだ。
自分で選んだわけじゃない、たまたまそうなっただけの友達。
一緒に山を登ると、なんだかお互いに「言わんでもわかる」感じがしてくる。
この感覚は、幼なじみに対するそれと似ているかもしれない。

2005.08.06 (sat)
二種類の人がいると思うんですよ。
「自分と合いそうな何かを見つけようと、いつも探している人」(A)と
「それは自分とは合わない、と除外していくための理由をいつも探している人」(B)
きっと誰しもが(A)の方でありたいと願うのではないかと思うのだけど、
今の世の中、情報がありすぎて、混乱から自分を守るために(B)になってしまうって人もいるんだろうな。
あるサイトに『建築家 須永豪』を登録する際にどちらの人に伝える書き方にすべきか、一瞬悩んだ。
が、やっぱり(A)の人のアンテナに引っかかってくれそうな内容とした。
アタマの上のピン!と立ったアンテナから、にょきにょきっと腕が伸びてきて、ムギュっと掴まれる。
そういう掴まれ方をしたときにこそ、自分の実力を超えたマジックが産まれるんじゃないかと、
思っているのです。

2005.08.05 (fri)
あ、そうそう、電気釜のことを報告してなかった。
確かに全然ウマいんです。米。
ワンランク下の米だとか、もうそういう次元じゃなくて、
「あ、米の炊けてる状態ってのはこういうことだったのか!」というくらい。
今まで僕の食ってきた米は、「水分を吸ったので、粒が大きくなりました」という、
『大きい米粒』でしかなかった。
あれは『ごはん』ではなかったんだなぁ・・・。
『ごはん♪』って言葉には、なんか幸せな響きがあるじゃない?
ホクホクごはん。っていうなんとも言えない幸せが。
ところがそのホクホクごはんも、しばらく続けているうちに慣れてしまいまして、
最近は何とも思わず食べるようになってしまいました。
たまに外食した時に、
今までは「ここの中華屋さんのお米はオイシイよね」なんて言ってたお店で、
「あれ?これ米粒じゃん」と思うようなことが増えたという感じで、
さて、いったいどっちの釜を持っているのが、幸せな食生活なんでしょうねぇ・・・
価値観が分かれるところだと思いますが、
少なくとも、米にとって幸せなのは、
ちゃんとした釜でちゃんと炊いてもらって、
自身の実力をいかんなく発揮できる場が与えられていることではないでしょうか?
ま、そんなわけで今回の結論としましては、
『イイ釜を買ったおかげで、我が家の米はたいそう幸せになった』ということでございます。

2005.08.04 (thu)
建売りの現場が上棟した。
上棟するとまず最初にすること。
骨組みによじ登って、
それぞれの窓の高さを確認。
図面や模型で想定しベストだと決めた位置でも、
実際に登ってその位置を出してみると、
もうちょっと上に上げた方が空がキレイに切り取れそうだとか、
思っていたより景色が良くないので、くもりガラスにしちゃおうとか。
いろいろある。
設計者のスタンスというのは人それぞれなので、
「現場が始まる前に、そんなことはわかるだろ」という人もいるだろうけれど、
僕の場合は常に細かく修正していくタイプ。
「もっと良くなるんじゃないか?」と、いつも思ってる。

2005.08.03 (wed)
最近、親切すぎる建築もどうかなぁ、と疑問に思っている。
つまり・・・
「引戸は手を添えて静かに閉める」べきだろう。と。
既製品はどんどん進化するし、建築家はディテールのテクニックを競い合うように雑誌に発表している。
けど、自分もその競争に参加したいかというと、・・・そうではないな、と。
技術がどんなに進歩しようとも、人としての躾けみたいなものはあって、
それが、古い建物のお宅にお邪魔した時なんかに、
「バシッ!!」って戸を閉めてしまうようなことがあっては、やっぱマズイ。
ウチのコドモがもし、フワッと閉まるシステムキッチンのような親切にできた建築の中で育って、
それが当たり前のこととして体に染み付いてしまったら、
本人の気付かぬところで不躾なことや、不注意でドアに指を挟んでしまうような危険に対しても鈍くなると思うのだ。
だから、よくできた既製品があふれている今の時代で、そういうことに対応していくためには、
自分の住まいくらいは不便で出来そこないな建築くらいが丁度いいのではないかと、最近思い始めた。
この一年で、自分の建築への考え方が一周してしまった感じだ。
以前ある設計屋さんから
「スナガくんにコドモが出来たことで、今後スナガくんの建築がどう変わっていくのか楽しみだ」
なんて言われたが、これがまず最初の変化かもしれない。
かと言って、
「親切すぎる建築は人間をダメにします。お子さんの躾のためにもあえて不便な家にしましょう」なんて、
そこまで相手に自分の価値観をゴリ押しするようなことは、宗教じゃないんだからできないわけだけど。
ま、少なくとも我が家のことについては、あるていど意図的に建築や家具の不親切な部分を残していこうと思う。
この考え方に賛同してくれる建て主さんには、そういうやり方もしていくかもしれない。
ただ、(どの業界でもそうだろうけど)、
様々な不便を『瑕疵』だとか『欠陥』だと言いたがるオキャクサマが増えているのも現実。
情報があふれ、ユニバーサルデザイン全盛の今の時代で、その折り合いのつけ方は
けっこう難しいのかもしれない。

2005.08.02 (tue)
建築家の設計した住宅をよく見にいくが、そこでしばしば「えっこれでいいの?」と感じてしまうような、
部分の完成度の低さに出会うことがある。
それは日常生活で、ハウスメーカーの家やマンションなど
既製品の寄せ集めでつくった住宅に慣れてなれてしまっているせいだろう。
いまの既製品の一個一個の完成度はすごく高い。
アルミサッシから隙間風やアリが入ってくることは絶対にないし、
システムキッチンの引出しは、どんなに乱暴に閉めてもバタンとならない。
直前でフワッとしまる。
そういうことに対して、建築家の住宅は工業製品を嫌うところがあり、
『手作りの甘さ』がそのまま残っていることが多い。
引戸やドアにしても、工場でつくった製品は、
戸と枠との間にパッキンが挟んであり「ドン!」という嫌な音がしないのだが、
既製品に慣れてしまっている我々が、建築家のオープンハウスに伺ったときに、
何気なく戸を閉めて「ドン!」とものすごく大きな音を立ててしまい恐縮したりすることは、ままある。
それが手作りの家なのだという設計者もいるが、
でもそういう切り捨て方や思考停止はやっぱり良くないと思うんだな。
実際、そのあたりの細かいことをしっかりデザインしている建築家も一部には いる。
しかし逆にそういうディテール志向が強くなりすぎて、部分の設計はウマいけど、
全体のプランニングは工務店の大将レベルなんて建築家もいたりする。
自分の場合はそのあたりのところ、あまり自己満足のディテールにならない程度に細かな配慮もしていこうと、
ここ1年くらいスナガは考えたりしていたわけです。
わけなんですが・・・

2005.08.01 (mon)
そろそろ、富士山のことをまとめておかないと、賞味期限が切れそうである。
さて、一回こっきりの富士登山に、準備も含めていったい幾ら使ったのか、計算してみました。
この夏登ろっかなというかたがいましたらご参考に。
ーー準備ーーーーーーーーーー
登山靴 19800
ウールのブ厚い靴下 1710×2足
足首用かんたんテーピング 735
防水スプレー 679
風を通さないで湿気は逃がすトレッキング用ズボン 5200
即乾Tシャツ 1000
即乾ポロシャツ 1500
即乾長袖Tシャツ 2205
疲れにくいタイツ 11970
疲れにくいTシャツ 2990
即乾パンツ(下着) 1480
ふつうの帽子(キャップ) 3990
帽子のクリップ(吹き飛び防止) 629
滑止め付き軍手 30×2束
完全防水のレインスーツ上下 9876
リュックサック用レインカバー 2310
夜中に岩場を登るためのヘッドランプ 5487
ストック(下山で役に立つ) 3990
携帯酸素缶 756
酸素入りの水500ml 150×3本
水と酸素缶を腰にぶら下げるためにペットボトルのホルダー 923×2本
カタビラ(リュクに色々ぶら下げるための金具) 200
耳栓 451
ブリーズライト(こいつのおかげで呼吸がだいぶ楽だった) 522
絆創膏 100
菓子パン 100×2
クランキースナック 200×2
カロリーメイト 200
ウィダーインゼリー 200
ーー出発ーーーーーーーーーー
バス(新宿→富士山五合目) 2600
ーー5合目ーーーーーーーーーー
ハガキ 110×3枚
切手 80×3枚
つくねのハンバーガー 500
ーー登山中ーーーーーーーーーー
トイレ(チップ制) 100
アンパン 200
クリームパン 200
ーー休憩ーーーーーーーーーー
山小屋宿泊(幅40cmでの雑魚寝) 6300
超豪華な夕食(富士山バージョン) 1260
ーー登山中ーーーーーーーーーー
トイレ 100
日清カップヌードルカレー味(激旨!) 600
ビスケット 100
ーー山頂ーーーーーーーーーー
トイレ 200
豚汁 800
月見うどん 900
お賽銭、持ってた小銭全部 700円(くらいか?)
日本一高いところにある浅間大社のお守り(身体健康) 500×6コ
交通安全お守り 1500
おみくじ 100
ーー下山ーーーーーーーーーー
トイレ 200
ポカリスエット 500
ーー5合目ーーーーーーーーーー
ポカリスエット 150
焼そば 300
おーいお茶 200
こけももソフトクリーム 360
焼きトウモロコシ 500
ーー帰路ーーーーーーーーーー
バス(富士山五合目→新宿) 2600
ーーーーーーーーーーーーーー
と、いうわけで総計が・・・・・・★〒●♪∞♂♀※☆ 円となりました。
え??
ウチのエクセル壊れてるかも。
いくらなんでも、そんなに掛かってないっしょ。ねぇ。
マジで??
もともと持ってたのは旅行用の大きめのリュックサックとタオルくらいしかなくて、
持ち物のほとんどを購入したわけだけど、
それにしたって・・・。
でもまぁ、朝起きて3歩で仕事場というSOHO生活の極度の運動不足の人間が、
ちゃんと山頂まで行けて、体調を崩すことなく帰って来れたのだから、
コレはもう装備・食料・水をケチらなかったおかげだなぁと、本人は思うのです。
思わなきゃマズいわけです。
しっかし、・・・こりゃぁカミさんに報告できないわ。
5月6月と、頑張って仕事しておいてよかったぁ。ホント。

さて、富士登山のことも書いてある7月のDailyはこちらか、
右のバックナンバーメニューからどうぞ。