Daily・・・日々雑感

2005.01.31 (mon)
先日、野暮用で森に浮かぶ家に夏以来半年ぶりにおじゃました。
「夏の夜はセミの鳴き声で、眠れないほどすごかった」とか、
「バルコニーのスノコ床の下からセミの死骸がいっぱい出てきた」とか、
「あそこの本棚にはホントはA4のもの入れたかったのが残念」とか、
「照明がちょっと暗い」とか、
「玄関の床素材が、汚れが落ちにくくて気になる」とか、不具合もお話しいただいた。
また、嬉しかったのは、あの床ハッチをじつに上手に活用してくれていたこと。
「ハッチを閉めていると暖房効率が良いし、2階にいて安心感がありますよね」
あぁ、よかった良かったぁ。ホッ。
あのご家族は、家を建てるまでマンション住まいで、コンパクトな生活に慣れていたようだったので、
その良さを一戸建てで作り出そうと意図しての設計だったので、一安心。
あとは、お風呂や台所、水回りの使い勝手について心配していたのだが、
むしろそのあたりは「特に問題ないですよ」とのこと。
「キッチンにいると、緑道側から西の庭側まで家中を広く見渡せる」と喜んでいただけていたよう。
「竣工当初は、緑道を歩く人がほぼ全員こちらを見上げていくので、人の目が気になったが、
今は見上げて行く人はほとんどいない」とのこと。
やはり、一定の時間が経つと、街の風景として認知されて、珍しくも何ともなくなるからでしょう。
人の目も、半年をやり過ごしてしまえば、なくなるものなのですね。
植栽については、「西の庭に植えたイロハモミジの紅葉は、今年はあまり良い色にならなかったけど、
サルスベリの花が白いのは珍しくて、とてもきれいで良かった」と。なるほどなるほど。
最後に、「最近dailyに登場していないようですが、朝の家もがんばってくださいね」と、応援の言葉をいただいた。
はい、思いっきり頑張ります。
ただいま見積りの調整中で地味な段階なもので、ここに書くことがあまりないのだけれど、
取捨選択を悩んで悩んで奮闘している真っ最中。
森に浮かぶ家での経験を生かさせてもらって、(ここは言葉を選ぶのが難しいなぁ)
よりバージョンアップした住宅を目指していますよ。
建て主さんと会って、元気をもらえました。

2005.01.30 (sun)
設計仲間のシキナミカズヤくんが
奥さんとコドモをつれて遊びに来てくれたのだが、
人間臭さの話はしそびれてしまった。
彼も僕も、独立して自分で設計事務所を細々とやっていて、
いろいろと環境が似ている。
家庭に関しても、彼と彼の奥さん、僕とカミさん、が同い年で、
子供も1ヶ月違いで産まれているので、同い年。
家族構成と年齢が、ビッタシ同じ。家庭での役割分担や立場も似ている。
しかも、産まれる前、コドモにつけようとしていた名前までが、
偶然にも同じ字を使おうとしていった。
『然』という字。珍しいでしょ。
ま、ウチは予想に反して女の子が産まれたので、その字を使えなかったけれど。
シキナミ一家とは、今日はじめて顔合わせだったのだが、
話をすればするほど、なんだか妙な縁を感じる。
家族の空気感まで似てるかんじがする。
余計な気遣いがいらず、一緒にいて楽である。(ウチだけがそう思っているのかもしれんが・・・)
『縁』っておもしろいなぁと思いつつ、
だからといって、我が娘にチューをしようとするboyに、おとうさんの心中は穏やかでないのである。

2005.01.29 (sat)
冬のハラマキが届いた。
今年は大中小、同じデザインで三種類購入。
家族でおそろ。
カガミの前に並んで、わざわざ写真撮ってみたりして。
家族ができて初めてわかったこと。
ダサいって、とっても幸せ♪

2005.01.28 (fri)
「子供の個性を伸ばす教育・・・」
なんてのがあるが、その言い回しにはいつも違和感を感じる。
『どう隠したって、どんなに矯正しようったって、滲み出てきてしまうもの』
それがが個性だと思うのだ。
設計仲間のあるともだちから、
「キミの作るものは、建築にしても年賀状にしても、なんか人間臭いかんじがするよね」と言われた。
そうなのかなぁ?
僕は合理的な洗練されたムダのない、そういうパズルがピタッとキマったときのような、
数学的美学を気にした作り方をしているつもりなんだけど、
ニンゲン臭いのかな・・・ちょっと疑問。
で、カミさんにその話をしてみると、
「あぁ、わかるわかる」という。
んん??さっぱりわからんよ、僕には。
その彼と、こんどの日曜に会うのでもうちょっと突っ込んで訊いてみよう。
ニンゲン臭さという意味を、もうちょっと具体的に。
個性というのは、当の本人が一番自覚できていないものらしい。

2005.01.27 (thu)
コドモの口が臭い。
母乳のみだった頃はただツバ臭いだけで、そんなにイヤな匂いではなかったのだが、
離乳食を始めたら、妙なヨーグルトのような匂い。
ウンチの匂いにも遍歴がある。
産まれてすぐは無臭だったのだが、
オッパイをちゃんと飲めるようになった生後一週間頃から、
「ヤヤヤ・・・」という匂いになり、
一ヶ月後には「ムムム・・・」という、まぎれもないあの匂いになっていた。
ヨーグルトそっくりの匂いだった時期や、
炊きたてのごはんそっくりの匂いだった時期もあった。
ウンチの匂いというのは、腸内の細菌が育ったことによるのだそうだ。
ときどき「赤ちゃんは母乳だからウンチの匂いはしない」なんてことを訊くが、そんなことはない。
なかなか立派なものである。
今日初めて個体っぽいウンチが出た。
匂いは、むしろそんなにしない。
勇気を出し鼻を近づけて嗅いでみると、ほんのりバナナの匂い。
まだ充分に消化ができていないのかもしれない。
いま、子供の口はヨーグルトっぽい匂いで、それはウンチのある一時期の匂いともそっくり。
人の体は不思議。

2005.01.26 (wed)
メガネがないと全くの役立たずになる。
まぁ、メガネを掛けてても、たいして役にたっているのかアヤシイところではあるが。
視力0.0ナントカ。裸眼では道路のデコボコすら判別できないので、足元すらおぼつかない。
人の顔も見るにも、近付きすぎてチューしそうなほどである。
そんなわけで、大地震だの火事だのでメガネを紛失してしまった場合、まったくの役立たずになる。
数ヶ月前から寝る時にはメガネを枕もとに置くようにした。
以前でも起き上がれば手に届く範囲には置いていたのだが、ちょっと高いところへ置くようにしていた。
寝相が悪いもので、朝起きるとメガネが背中の下で、前衛芸術のようなカタチにプレスされて・・・
そんなことがよくあったもので。
しかし、やはり災害は突然やってくるかもしれない。
地震の揺れでメガネが棚から素っ飛んでしまえば、暗い寝室で自力でそれを見つけるのは不可能。
役立たず決定。
そんなわけで、メガネはきちんとケースに入れ、枕の真横、顔の直近に置くようにしている。

2005.01.25 (tue)
東急ハンズで気が付いた。
こんなに人がウジャウジャいるのに、人と目が合わない。
特に金物や発泡スチロールなど素材のコーナー。
そこにいる人たちの視点は、みな宙をさまよい、
あの世と交信でもしているかのような、イッちゃった目。
心ここにあらずのヌケガラみたいな表情で、棚の間をウロウロ。
宇宙からの信号にコントロールされているか?
時々立ち止まっては、棚から手に取ったクギ一本をジッと眺め、また目は宙を漂う。
難しい顔をしたり、ニヤニヤ嬉しそうに上の方の誰かに微笑みかけている。
なんか、みんなオカシイ。
そういえば、ウチの爺ちゃんが入所している特別擁護老人ホームにも、同じような光景があった。
『レナードの朝』でもあった。
彫刻の船越桂の展覧会でも同じようなことを感じた。
人が集まっているのに、それぞれが別の世界にイッちゃってて、混じり合わない。
人と人との目が合うことがない。
でもすれ違う時に体がぶつかったりもしない。磁石でも入っているみたいにスーッとよける。
東急ハンズは、何かがオカシイ。
やっぱりみんなラジコンなのかもしれない。
東急ハンズには、宇宙への入り口か、霊魂の世界への入り口があるに違いない。

2005.01.24 (mon)
家具の転倒防止用ベルトを買いに、東急ハンズへ。
驚いたことに、耐震グッズが売り切れ続出している。
新潟地震のあとに、食器棚の開き留めなどを買いにハンズへ行った時には、
在庫がたーくさんあって、どれがいいかなぁと迷うほどだったのに。
耐震グッズとして売られているものは、在庫切ればかりなので、
切り売りのロープと、建築用金物を組み合わせてつくろうと思ったのだが、
建築用金物のコーナーでも、ちょうど良い大きさのフックが軒並み売り切れ。
「困ったなぁ、ここにあるものを組み合わせて、さて、どうやってつくろうか」と悩んでいる僕の後ろで、
あちこちから店員さんに「耐震の・・・」「防災の・・・」と、
問い合わせるお客さんの声が、ひっきりなしに聞こえてくる。
ちょっとスゴイぞ!今回のこの防災意識は!
このところの大災害続きと、阪神10年の特番の影響だろうか。
欲しいものが手に入りにくいのには困るけど、
多くの人がなんとかしようという思いでいるというのは、じつに頼もしい。
困ったような嬉しいような、そんな東急ハンズであった。

2005.01.23 (sun)
最近ウチのコドモに、離乳食を与え始めている。
慣れないものを口に入れられるのを、コドモはとても嫌がる。
嫌がるのを色々ごまかしながら少量ずつ食べさせるようにしてきたのだが、
ようやく慣れてくれた。
お粥をつぶしたものを、スプーンで口元に持っていくと、
以前なら体をのけぞり、手でバタバタと払いのけていたのだが、
今日は「アーン」と口をあけ、スプーンに口を近づけ向かってくる。
「たべたいよ。」という意思で、僕を見る。
うわぁ、カワイイいいいい、たまんらん!!
今まで何度、「あぁ、オレもオッパイが出せたらなぁ・・・」とつぶやいたことか。
「自分のオッパイを飲んで、それで大きくなっていくって、んもう、すっごく可愛い。」
と言っていたカミさんの、その気持が初めてわかった。
人にはたぶん本能的に『支配欲』があるのだろう。
自分の言うことをきかせる、従順な者に好感を持つという。
食、を直接的に握っているというのは、生命維持を握っているということ。
『支配』の最たるものである。
アーンと口をあけて、「たべさせて」とくちびるを突き出してくる我が子。
ぅうん、もう、たまらん。
かわいいなぁ、ホント、かわいいなぁ。

2005.01.22 (sat)
先々週、雛人形を探して歩いていた。
そのことはDailyでも少し書いた。
吉徳、久月、秀月、などなど・・・
色々なお店で、じつにたくさんの人形を見た。
ただのウィンドーショッピングではなく、
かなりの大金を使う覚悟で見ている。
一生モノの買い物であり、親のセンスが問われてしまう、
そういう、本気で買う覚悟で見ていた。
「彼には彼の人生がある。」
この人形に初めて出会ったときにそう感じた。
たとえば、我が子というのは、ヘンな話だが親の所有物の感がある。
ウチの娘、僕のコドモ。まるで自分の一部であるような。
いずれ独り立ちして、「子離れできない親」なんて言われたりもするのだろうけど。
ちっちゃいころはコドモのことをまるで自分の所有物であるかのように、親は思っている。
ペットもそうだろう。
ごはんをあげるのも、散歩に連れて行くのも、飼い主の都合でできる。
イヌが、自分で勝手に「ブラッとそこまで・・・」とくわえ煙草で散歩に出かけたり、
「そろそろメシにするか」と、炊飯器のスイッチを入れたりはしない。
飼い主(親)が許可した中での自由、それが所有する者とされる者の関係だろう。
そう考えると人形なんてものは、人でもなく動物でもなく、
あくまでモノなのだから、まぎれもない所有物としての扱いだろう。
が、僕がこの人形に一目会って感じたのは、
「彼には彼の人生があるのだが、どうだろう?我が家に来てみますか?」
という、まるで養子を迎えるような、留学生をホームステイさせるような、
『侵さない距離』であった。
これは自分でも戸惑う初めての感覚。
人形選びなどというものは、
顔立ちが好きだとかキライだとか、着物がカワイイとか地味でイヤだとか、
買う側の勝手な趣味嗜好で選ぶものだろう。
僕らもそう思って、たくさんのお店を廻り、たくさんの種類の中から、
僕らの感覚にベストマッチな雛人形を見つけようと思って、探しまわっていた。
いくつもいくつも見ていくうちに、好きな顔立ちの感じや、着物の生地の感じ、
雛人形のスタイル(立ち雛が気に入っていたんだな)、などなど・・・。
初めはぼやけていた趣味嗜好がだんだん固まって「こんな人形が欲しい」と、
ある程度具体的なカタチを思い描けるようになっていた。
なっていたのだが、それと同時に何かがイマイチ納得できていなかった。
それは雛人形業界、雛人形商戦に自分が組み込まれてしまった感じ、
その、罠に掛かっている感じが、どうもイヤだったのだが、
そこから脱した雛人形探しの手だても、皆目見当がつかないでいたので、
自分の中のその違和感に関しては、抑えておこうと思っていた。
そんななかで、フッと入った人形屋さん。
この時期だというのに品揃えは少なく、内装もパッとしない地味なお店だった。
のだが、不思議に心を引かれる人形があった。
それは僕らが思い描いていた種類の雛人形とは、違った。
違ったからこそ、一定の距離を感じたのかもしれない。
そこで気が付いた。
僕らが思い描いていたのは、『所有物』としての人形だった、と。
人のオモチャとしての人形。
人形というのはそういうものだと思い込んでいた。
のだが、ここで出会ったのは、まるで養子のような人形。
自分の趣味で選んで買うというのとは、違う。
違うのだが・・・イイのだ。
その、何と言うのだ、佇まいがイイのだ。
楚々として清くつつましい。
けして『所有者』に媚びない。
「わたしはわたし」という自立したひととなりを感じるが、しかしそれは自己主張とも違う、
『侵さない距離を保つ』という、とても社会的な関係。
それだけに、彼らを迎えるに相応しいか、自分も問われているように感じた。
ま、相応しいかどうかは今は置いておくとして、
かくして、今日彼らは我が家にやって来た。
「ようこそいらっしゃいました」
僕とカミさんはこの夜、彼らの向かいに座り、
そんな言葉が何度も自然に漏れた。
彼が生身の人間とは少し違うのは、
ジッと、そしてボーッと、眺めていてもよいということだろうか。
少し、のつもりが1時間、1時間半と、時間が経っていた。
彼らのことを眺めながら、「いいなぁ・・・、あぁ、やっぱりいいなぁ・・・」と、しみじみ。
僕が下戸でなければ、きっとお酒を飲みながら、いつまででも鑑賞していられるなぁ。
これが3月3日までの限定なのが、ちょっと残念だ。
それに、よくよく考えてみたら、この雛人形は、僕のでもカミさんのでもなかった。
我が子のために、彼女が大人になった時にも大切にしてもらえるようにと、
そういう意味で、真剣に探して選んだものだった。
うーん、しまったなぁ。
連れて行かれちゃうのかなぁ・・・。

2005.01.21 (fri)
昨年末このwebsiteをリニューアルした時に、ひとつ問題になったことがあった。
カウンターをつけるかどうか。
リニューアル作業をしてくれたwebデザイナーの友人は
「カウンターって、訪れてくれるひとに、自分が管理されているような印象を与えることもあるので、
感じが悪いから、つけない方が良い。」という意見。
僕は、「訪れるたびにカウンターが数十なり数百なり廻っていることは、
見に来てくれる人にとっての安心感につながると思うので、つけてみてはどうか。」
と主張した。
来訪者の数そのものは、ウチのレンタルサーバーがやってくれているウェブ解析があるので、
カウンターなどつけなくても分かる。
サバデザ側にとって必要なカウンターではなく、来訪者の助けになるカウンターをつけたかった。
そんな話をして、僕は彼の意見に「なるほど」と思ったし、
彼もまた僕の意見を受け入れてくれ「試しにやってみようか」と言ってくれた。
そんなこんなで、今はトップページには控えめにカウンターがついている。
でも今後も付けておくかどうかは分からない。「やっぱり無い方が良いね」ってことになれば外しちゃうし。
彼も僕も細かいことまで、こだわる方である。
アンダーラインの一本であっても、「これ無くてもいいんじゃない?」
と、つい言ってしまったりする。
彼にしてみりゃ、「別にあったっていいんじゃない?」だろうね。
彼なりにデザインしてくれていたんだから。
でも僕には「いらない」と感じた理由がどこかにあって、
彼には「つけよう」と思った理由が何かしらあったはずだ。
細かいことかもしれないけど、そういうことを話し合っているのが、僕はけっこう楽しい。
それは『意味を探していく作業』である。
何気ないことでも理由を探ると、そこにあった『意味』が浮き上がってくる。
ひとりでやっていたら、疑問にすら思わなかった問題の種に出会い、その謎を解く。
それが人と一緒につくる楽しさだと思うのだ。

2005.01.20 (thu)
大学生のかたからメールをいただいた。
「いまは建築とは違うことを勉強しているのだが、
夢だった建築の世界に進路変更しようか、いまのまま行こうか迷っている。
建築家になるには建築の学歴が必要だと感じているが、どうなんでしょう?」
彼に書いた返事を、せっかくなのでここに載せておこうと思う。
誰かのお役に立てば、幸いです。
「僕は普通科の高校を卒業後、ギターの会社に就職し、そこを辞めた後は、
デザインファームという建築塾のようなところに半年間かよい、
その後、東京工科専門学校という2年制の専門学校に入りました。
ともに夜間のコースに在籍しましたので、昼間は設計事務所で働きました。
その2つの学校、性格は全く違いますが、どちらも悪くはないと思います。
どんなことでもそうなんでしょうが、
一番大事なのは『辞めない』ってことです。
始めるのはそんなに難しいことではありません。
建築を夢見ることをやめない、
建築の仕事をやめない、
建築をがんばることをやめない、
僕は建築の世界に入って10年近く経ちますが、
友人で建築を離れていくひとが結構います。
大きな志を持っていても、素晴らしい経歴を持っていても、
途中でやめていく人は、ボロボロいます。
以前ある建築家のかたに「この世界は我慢ゲームだよ」言われました。
なるほどなぁと、いまは思っています。
最初は誰しも元気いっぱいに頑張りますが、そのうち脱落していきます。
脱落しないで頑張り続けられれば、いいところまで行くと思います。たぶん。
そんなところでどうでしょう?」
こんな返事。
「努力」と「夢」この2つの言葉ほど嫌いな言葉は無いのだけれど、
ついつい、そういうことを書いてしまうなぁ・・・。
他に何と言い換えたらよいのだろうか?
んんん・・・『意地』、かな。

2005.01.19 (wed)
キター!ノロウイルス
我が家にもやって来ていた。
なにせウチのカミさんは流行には敏感である。
しかし・・・、食中毒ほどつまらない病気も無いなぁ。
夜遊びしていて風邪引いたとか、
ムリをしてがんばったら、体を壊したとか、
寝ないで仕事してたらひどい頭痛になったとか、
有益なもとの引き換えのアンラッキーなら、まぁ仕方がない。
だが、3日間も吐き気と悪寒にウンウン唸って、水もノドを通らずゲッソリ痩せて、
その対価が生ガキ2・3個じゃ、
こりゃぁ合わないよなぁ・・・。
さぁみなさん、生ガキが大変おいしい季節ですね。
冬といえばやっぱり生ガキですよね。
レモンと醤油でキュッといくもよし、
万能ネギを刻んでモミジおろしで彩り鮮やかに、ポン酢でキメるもよし、
『とぅるん♪』という舌触り&ジューシー。
いやぁ絶品です。
そんな冬の味覚、みなさん食す時はその覚悟をもって食べましょうね。
ちなみにワタシは全く問題なしでした。

2005.01.18 (tue)
きのうからカミさんがダウン。
カミさんの世話と子守りと家事と自分の仕事、ゼンブハコナセマセン。
で、僕の母にヘルプをお願いした。
僕が必死で仕事をしていると、
隣の部屋から母がコドモと遊んでくれている声が聞こえてきた。
「よし、よし、よし、ハイハイハイ、」
「あぁそうかそうか、わかったよぉ、だい・じょぶ・よぉー」
「ほーら、よいっしょぉ、ゴローン」
あれぇえ??
母のコドモに話しかけたりあやしたり、その時の言葉が、
僕が普段コドモに接している時に、自然に出てくる言葉とおんなじ。
ぇえ?うそぉ、なんでだ?
僕も母もお互いにマネしていない。勝手に自分の言葉で接しているつもり。なのになんで?
僕の体に染み込んでいたということなのか?
僕とカミさんでは、コドモに対しての口癖というのは、違う。
もちろん、それが当たり前なのであって・・・
僕と母とが、こんなにも似た、というか、
ニュアンスといい、リズムといい、全く同じ言葉を自然に発している。
ひょんなことから、自分のルーツを確認することとなった。

2005.01.17 (mon)
10年前のこの日、僕は岐阜にいた。
いまだかつて体験したことのない大きな揺れ。
震度5だった。
そして朝起きて、テレビニュースの映像に愕然とした。
自分も体験したあの大きな揺れが、実はそんなものではなく、
まるで戦争でも始まったかのような、惨状を生んでいた。
ヘリコプターから、街が炎をあげて燃えている様子が映し出される。
ヘルメットを被ったニュースキャスターが、叫ぶように報道する。
そんな天変地異のような朝なのに、僕の勤めていたギター工場は、
いつも通りの朝礼のあと、いつも通りの寝ぼけたようなラジオ体操があり、
マシンのスイッチが入り耳をつんざく騒音が工場全体を包み、
何事もなかったように、いつも通りの朝が始まっただけだった。
震度5の岐阜は驚くほどの大揺れではあったけれど、棚からものが落ちることもなく、
業務には何の問題もなかった。
あれから10年後の朝、
今日僕は早起きをして、1時過ぎからテレビをつけながら図面を描いていた。
横でついているテレビでは、被災地で行われている集会の様子が流れている。
毎年1月17日の5時46分、あの地震が起こった瞬間を、
被災した人たちやボランティアの人たちで、ともに迎えるのだという。
深夜の淡々とした映像。
集まっている人と夜の闇と仮設の明かりが、画面になんとなく流れているその感じは、
どことなく「ゆく年くる年」のようにも見えた。
10年前の今日、5時45分までは、ただのいつも通りの冬の早朝の風景だったのだ。
寒くてまだ明けない朝、白い息を吐きながらジョギングをする出勤前の会社員、
その横を新聞配達のバイクが追い越していく。
豆腐屋さんはもう仕込みを始めていて、小学生はまだ眠っている。
部活の朝練のために仕方なく起きる中学生のために、お母さんはお弁当を作りはじめる。
いつも通りの朝の風景、5時45分。
5時46分、神戸から中継のテレビが、「黙祷」と言った。
目を閉じ、祈る。
祈りながら、閉じた自分の目に広がる真っ暗な闇と向かい合う。
10年前のいま、まさにこの瞬間にあれは起こった。
突然のはげしい揺れ。食器棚がガラガラと音を立て、窓ガラスが割れる。
家族を確認するお父さんの怒声・・・
5時47分、「おわり。」とテレビが言った。
目を開け画面を見る。
中継の神戸の広場には、まだ真っ暗な朝にロウソクの灯り。
目を開けても頭の中では想像が続く。
柱の折れるメキメキという音、瓦屋根の崩れ落ちた音。
今頃、崩れた家に挟まれた人が、苦痛を味わっているのだろうか。
電線がひきちぎれた、真っ暗な朝。
どこかの家の崩れた建物の中で、火が小さく付き始めたのだろうか。
建物や家具に押しつぶされ、即死の人。
挟まれているけれど、生きている人はまだたくさんいる。
もう1時間もすると、火が回ってくる。
これから徐々に、人が死んでいく。
カウントは6433までいくことになる。
揺れが終わった後から、いろんなかたちで人が死んでいく。
苦しみながら死んでいく。
死んだ人のために、死ぬよりつらい(かもしれない)思いを抱える人が生まれる。
テレビから流れた、黙祷の「おわり。」の声は、むしろ大きな不幸の始まり述べているように感じた。
終われない、モヤモヤとした想像で頭がいっぱいになる。
今日の朝はけして特別なものではない。
きのうと同じ、10日前と同じ100日前と同じ朝。
『10年』なんて記号は、人が勝手につくったカレンダーだけの世界。
ウルウ年で一日ズレてしまえば、何の意味もなくなる。
今日の朝は、間違いなくきのうと同じ、いつも通り朝。
そうなのだけれど、理屈ではそうなのだけれど・・・
震災のことをこんなにも真剣に考えた日々は、あの日以来なかった。
あのとき僕も体で感じた、まさにあの揺れ。
あの揺れは向こうの方で、数えきれない計り知れない悲しみを引き起こしていた。
あれから10年も経つというのに、僕の目線はついこの間まで、
あの日の朝のテレビ中継のヘリコプターからの目線だった。
黒煙と炎の映像は、山火事の映像とも似ていた。
横倒しになった高速道路はゴジラ映画のようだった。
僕は、地面に足をつけ人の目の高さで、見ることを忘れてしまっていた。
10年経っていまやっと、かなしいと感じる。
凄惨とか驚き 凄い、甚大な被害ではなくて、
ただただ、かなしいと感じる。
計り知れない悲しみの深さと、その数の多さに、何もできないのだけれど、
亡くなったかたの冥福と、生き残ったかたの心が少しでも癒えることを、祈りたい。
来年から続けよう。1月17日の5時46分に目を閉じ手を合わせること。
コドモにも教えよう。そんなことがあったこと。そんな悲しみを背負って生きている人がいることを。
そして、僕らが生きている間に、関東でもそれは起こるということを。
人は心のどこかで大事件を期待してないだろうか。
不謹慎だと知っていても、なにか凄いことが起こって、日常が覆ってしまうようなことを、
心の片隅、マメ粒くらいの大きさではあるけれども、ちょっとだけ期待していたりはしないだろうか。
僕はする。
戦争もない、学生運動もない、デモもない、命がけで戦うような社会でもない、
空腹でもない、生きていることに感謝もしない、それを当たり前だと思っている世代。社会。
だから少しだけ、大事件を期待してしまう。
でも、いまやっと分かった。
いつも通りであることの有り難み。
つまらなくても、不安のない朝がいつも通り始まることが、どんなに有り難いことなのか。
やっと分かった。
でも、そのいつも通りは、必ず崩される。
大事件は、起こってしまう。
その覚悟も、よく胸に刻んでおかなくてはいけない。

2005.01.16 (sun)
新しい住宅街は暗かった。
4年前、神戸に行ってみた。
被害の一番ひどかった鷹取東地区。
ほとんどの建物が新しく、路地の道巾は広く、
所々にポケットパークがある、模範的な住宅地になっていた。
なのに、そこから受ける印象は暗かった。
新しい建物でできた街は、
新興住宅地のように、ハウスメーカーの家に住宅展示場で見た夢を詰め込んだ
夢と見栄の入り交じったショートケーキハウスとは違っていた。
同じようなハウスメーカー製の住宅なのに、そこに建ち並んでいるのはもっと寂しげで、
『住まい』というよりは、『新しい倉庫』に見えた。
お金はないけれど、住まいは新築する必要がある。
雨風しのげて崩れない、最低限の箱でいい、そんな建物。
それに、街に人がいなかった。
鏡の中の世界に迷い込んでしまったような、人の気配ない気味の悪さが記憶に残った街。
たまたま言葉を交わした何人かのかたも、ぶっきらぼうで必要最低限の言葉しか、
いや、最低限よりも少ない言葉しか発してくれず、道を尋ねても「あっちだよ」というふうに指差す程度だった。
テレビで見るような気さくさはなかった。
新しい建物のまるで模範的な住宅地であるが、時々その建物の間に壁の崩れた家が見える。
その姿が、見てはいけない真実を覗き見てしまったような、後味の悪さになった。
費用や家庭の事情から、新しくすることができない、きっと哀しい背景の家。
この数日テレビをみていると、
「綺麗なビルが建ったから『復興』ではない。
心はなにも癒えていない。生活はけして回復していない。」
そんな事が多く語られている。
そのことはきっと本当だ。
4年前に歩いてみた神戸で、街の空気は「いまでも切実だ」と、
悲鳴にならない、かなしいため息を漏らしているようだった。
ところが、先ほどテレビを見ていて、新しいことに気が付いた。
僕の歩いてみた鷹取東地区は下町で、
地震で木造の家々が崩れ落ち、大火災がおこり、
あたり一面がすべて焼け、丸裸の焼け野原になり、すべてを失った地区。
多くの人が焼け死んだ地区。
そう考えると4年前に僕が見かけた、新しい家々の間に建っていた壁の崩れかけた古家は、
けっして哀しい家ではなかったのかもしれない。
むしろ『生き残った住宅』であったのかもしれない。
家人が建物につぶされることもなく、人が生きたまま焼かれることもなく、
建て替えの2重ローンでその後の人生を苦しめられることもなく。
震災は、あの街を歩いて僕が想像した悲惨さを、本当ははるかに超えていたのだ。

2005.01.15 (sat)
関東にも近く必ず来る大震災。
このところ阪神大震災を振り返る番組が多いので、
その手の番組は極力見ようと思っている。
今日も建築道場にいくのを取りやめて、
6時間ぶっ通しで震災番組のハシゴをしていた。
必ずくるんだよね。関東にも。それもかなり近いうちに。
確かな情報とは言いがたいのだけど、「今年の、かなり早い時期に来る」そんなウワサもある。
あれが東京で起こったら・・・想像するのも恐ろしい。
家が崩れ、挟まれ身動きの取れない母親、「助けて!」「がんばれ、いま助ける!」
辺りには一帯に火が広がっていく。身の回りにも火が迫る。
「もういいから行って!あなたまで逃げられなくなるから、もう行って!」
大切な人が目の前で、生きたまま火に包まれていくのを、どうすることもできずに、ただ見ているしかできない。
そんなむごいことが、阪神ではそこここで起こっていたのだ。
東京では、その被害はもっともっと多くなる。
僕は建築の人間なので、崩れそうな家、間違いなく崩れるだろう家、その見分けはつく。
普段から街を歩いていてそんな建物は山ほどあって、気になるのだけど、
「崩れますから、なんとかしましょう」と言うのが、なかなか言えない。
よく知っている相手でも、「脅かして金儲けをしようとしているみたい」
そんなふうに思われてしまうような気がして、なかなか言えない。
言いにくいことだけど、これからは言おうかな・・・。
後悔するのは、きっと自分だ。

2005.01.14 (fri)
最近のdailyはやたらと長く書きすぎるので、今日はあっさりと。
このところ、問い合わせが多いです。
「あの靴はどうなった」と。
年末ジャンボは、カスリもしませんでした。
というわけで、ワタシは、
『はずれの宝クジを買いに、ウ●コの付いた靴を履いて行き、嬉々としていた気の毒な人』
ということになってしまいました。
ちなみに靴は、宝くじを買ったその日にすぐに洗いました。
洗剤をつけて念入りに。
んが!
落ちないんですよ。
ウ●コちゃんのほうはキレイに落ちているのに、匂いがしっかり残ってる。
歩いていれば気が付かないけれど、
本屋で立ち読みしてたりすると、どこからともなく「ぷぅーん」と、あの匂いが・・・
どうしようかなぁ、気に入っている靴だけになぁ。
足首に優しくてすっごく履きやすいのに、でももう製造していないんだよなぁ。
捨てるのは勿体ないしなぁ・・・
どなたか、匂いの消しかたをご存知のかた、お知恵を。
・・・あんまり、アッサリした話じゃなかったな。

2005.01.13 (thu)
『イメージできないものは、作れない』
それは建築でもそうだし、組織作りや、家族の未来像でもたぶんそうだろう。
なにか作りたいものがあるときに、それを頭の中できちんと想像できないことには、
それを現実にすることはできない。
「おいしい味噌汁」がイメージできないジャマイカ人に、おいしい味噌汁は作れない。
「儲かる仕組み」が想像できない小学生には、儲かる仕組みは作れない。
イメージは、明確な目標になる。
そして、イメージできるために重要なのは、「知っている」ということ。
「おいしい味噌汁」作れるひとは、おいしい味噌汁の味を知っている人。
その味の体験と記憶があれば、それを作れと言われた時には、
試行錯誤はするだろうけど、自分の中のイメージに照らし合わせながら、味を近づけていくことができる。
これは、再生・再現によって作るということ。
 それともうひとつ、それとは別の作り方がある。
「知らないけれど、想像できる」
これができる人はすごい。
知らないものをイメージするのである。
今まで、見たことも聞いたこともないものを、自分の頭の中で具体的にイメージする。
そのチカラ、それも想像力と呼んでいいのかわからないが・・・、
『空想力』と呼んだほうが良いのかもしれないな。
その空想力があると、創造ができる。
エジゾンのように、ベートーベンのように、ガウディのように。
今までなかったものが産み出せる。
天地創造の『創造』である。これはすごい。
「知っている」にできることは、あくまで、再生・再現であり、創造ではない。
たとえば、
「味噌煮込みうどん」が頭の中で具体的なイメージを結ばない人には、それは作れない。
では、味噌煮込みうどんを食べたことがないと、味噌煮込みうどんを作れないのか?
否、そんなことはない。
たとえ食べたことがなくても、
「『うどん』を『味噌』で『煮込む』のね。あぁ、けっこうおいしそうじゃない。」
と、頭のなかでその味がちゃんと想像ができれば、
自分の空想した味と照らし合わせながら、味噌を濃くしたり薄くしたり、
煮込む時間を調節してうどんの歯ごたえを調節したり、具を入れてみたり、
きっと、まぁまぁな味噌煮込みうどんを産み出せるだろう。
まだ見たこともない、聴いたこともない、味わったのこともない、
そういうものを産み出そうというときには、
それを『具体的に』イメージできていなくては、失敗する。
まぁ、味噌煮込みうどんは、たぶん誰でも知っているものだから、
簡単に正解にたどり着けちゃうかもしれないので、良い例ではなかったかもしれないな。
では、「味噌カボチャごはんの蒸しメロン添え」ではどうだ?
「あぁ、おいしそうじゃない!」と思えた人は、きっと空想力のあるかただ。
きっと美味しく仕立て上げてくれるだろう。
それか、かなりオリジナルな味覚をされている一般的では無いかたか、そのどちらかだ。
 んで、ここまで長々と書いてきて、なにが言いたいのかと言うと、
「あなた、10年後が想像できますか?」
ということなのだ。
あなた自身の10年後、あなたの両親の10年後、あなたの子供の10年後、
あなたの家族の10年後、あなたの今取り組んでいることの10年後。
味噌に込みうどんを作る時のように、あなたの中には具体的なイメージがありますか?
 「なんとなく、うまくいく」なんて事は、よっぽどの偶然でもないかぎり、ない。
新しいものを作り出そうというとき、
新しい環境にしようとするとき、
新しい生活を始めようというとき、
イメージができないのなら、少しそこで待った方が良いと思う。
踏みとどまって、ゆっくりゆっくり考えて、
その像がおぼろげながらでも、具体的に見えてくるまでは、見切り発車はしない方が良いと思う。
土地を買うとき、設計者を選ぶとき、結婚するとき、
「うまくいく」そのイメージが具体的にできて、そのイメージに自信が持てるまでは、
焦って決めちゃわない方が良いですよ。
「ピン!と来る」は、大いに結構。直感ほど正しいものはない。と思う。たぶん。
皮膚感覚を具体的にイメージできるということだからね。
ま、そんなとりとめもないお話でした。
『イメージできないものは、作れない』
ふだん僕が勝手に思っていることだけど、たぶんこれはあってると思います。

2005.01.12 (wed)
ツボは効く。ホントに効く。すぐ効く。
僕とカミさんが世話になっているお医者さんは、
西洋医療も東洋医療も両方使って治療する、いわゆる『統合医療』の先生。
だからいつも出してくれる薬は、はげしく確実に効く西洋医学の薬ではなく、
体に無理のない食事療法的な効きかたの漢方薬が多い。
西洋医療の薬は、直接症状を緩和するものなのだが、(たとえば頭痛薬は、直接血管を広げる薬なのだそうだ)
漢方薬の場合は、たとえ頭痛という同じ症状でも、その原因によって薬が違う。
西洋医療の薬と、漢方薬との違いは、症状を緩和する薬と、原因を緩和する薬、たぶんそんな違いなのだと思う。
だが、困ったことに、いつも忘れてしまうのだ。
頭痛の薬を常備薬としてもらっておくのだけど、
「○○が原因の頭痛の時には、コレ。△△が原因の時にはこっちを飲んでね」と言われている。
その○○と△△が何であったか、いつも忘れてしまうのだ。
寝不足と、目の疲れと、肩こりと、低気圧と・・・
頭痛の原因をいくつか先生から教えてもらっていたのだが、
どの原因の時に、どの薬を飲めば良いのか、ゴチャゴチャになっちゃう。
それで先生からは、
「分らなかったら、両方飲んじゃっていいよ。薬ったって漢方薬は副作用のあるものじゃないから。」
とも言われているので、いつも2種類とも飲んじゃう。
でも、それでも効かない時もある。原因がまた別なのかもしれない。
やっぱり頭痛はつらい。バファリンを飲んでしまえばスカッと効くのはわかっていても、
あんまり刺激の強い、感覚を麻痺させるような薬は飲みたくない。
それで、また先生に相談したのだ。
「先生、頭痛ってツボで治らない?」
「なおるよ。この本とっても分りやすい本だから、一冊常備しておくといいよ」
そんなわけで、ウチではこの本を大変重宝している。
頭痛に限らず、腰が痛いとか、おなかを壊したとか、鼻水が止まらないとか、
カミさんのつわりの時にも役に立った。
ひとりでできるツボ療法/代田 文彦』これは一家に一冊ぜひお勧めである。
ツボは確実に効く。
ひどい頭痛の時にはそこのツボが、ちょっと触っただけで、すごく痛い。
普段ならグイグイ圧したって全然平気なのに、調子が悪い時は、青タンに触ったみたいに「ウヒョッ!」っと痛い。
今日は打合せの行き帰りの電車の中、「アタタタ・・・」とツボ圧しをしておいたおかげで、
地上波初ノーカット放送の、スピルバーグのAIをしっかり観ることができたのだった。
ツボ万歳である。

2005.01.11 (tue)
そうか、きのうは成人式だったのか。
二十歳の若者に、今自分がなにか言うとすれば、どんな事を言うだろう?
なんとなく、そんな余計なおせっかいを考えていた。
僕にとっての二十歳は、今までの自分を全否定して、
今までの自分とは全く正反対になろうと、矯正を始めた、そういう時期だった。
それは、ちょうど二十歳の頃、大きな大きな挫折をしたからである。
「自分は大した存在でる」と思い込んでいた、
根拠の無い自信に満ちあふれ、たいへんに傲慢で自信家な須永少年は、
二十歳のその時期を境に、ガラッと変わった。
謙虚で慎み深く、人を立てて自分は影に徹し、努力を惜しまない、
そう心がけるようになった。
そうなったのだが、それが今考えても、あまりに自虐的なまでに極端に実行したために、
それもまた、考えものではあったと思う。
「今の自分は人間のクズだから、今までとは正反対の方法で日々、生活してみよう」
と決めた。
直感的に「イヤだな」と思ってしまったことは、やる。
「したい」と思ったことは、ガマンする。
そんな自分の自然体をことごとく壊すことを、日々の生活の隅々においてまで常に行うことにした。
二十歳までの自分を全否定せざるえない状況になってしまったのだから、仕方がない。
すごーく自信家だったのが、自信のかけらも持てなくなる、
その振幅の巾というのが、とんでもなく大きく触れることになったのが、二十歳の頃。
ずいぶん、極端から極端へ行ったわけだが、これはこれで悪くなかったと思う。
そうとうキツかったけれど、それなりの成果はあった。
極端から極端への振幅がある、ということは、人として巾が広がるということである。
もちろん、「僕は人間の巾が広いんです」なんて事を言いたいわけじゃない。
もっと巾をもった素晴らしいかたは、いっぱいいる。すんごくいっぱいいる。
ただ、あのときあそこで挫折しないかぎりは、
一方向のベクトルに行きっぱなしで、『巾』にすらならなかっただろうと思うのだ。
「巾」という概念に気付けたこと、それが収穫だった。
世の中には、僕とは違って、二十歳まで常に謙虚だったというかたもいるだろう。
どちらにしても、
「いままでの自分とは、真逆の事をしてみる」
これは、なかなか得るものが多いのではないかと思う。
『自分探し』という言葉があるが、これは探しているうちに自分の中に迷い込んで、
自分を見失っちゃうだけのような気がする。
だったら、『自分壊し』の方をお勧めしたい。
「イヤだな」と思ってしまったことは、やる。
「したい」と思ったことは、ガマンする。
修行僧のようで、かなりキツいけど、きっとそれなりの成果があるだろう。
そんなこんなで僕はあれから9年経ち、振幅の中でド謙虚から、
ようやく真ん中あたりに戻ってこれたところではないかと思っている。
「自分は大した存在である。とまでは思わないまでも、なかなかどうしてなものである。」
くらいには、思っているし、
「自信は、無いっちゃない。有るっちゃある。」し、
「傲慢であることは隠せないけれども、謙虚でありたいなぁとは、常に思っている。」
と、いう感じだ。
いや、真ん中よりも、傲慢の方へ流れていっているかもな・・・。
気をつけよう。もう、あんな時期を過ごすのはまっぴらだ。
いずれにせよ、二十歳までの「根拠の無い自信で満ちあふれ」ではなく、
今は「根拠のある自信を、少々」といったところである。
そんなわけで二十歳の皆さん、世の中は甘くないのでナメて掛からない方が良いですよぉ。
今までみたいには、きっといきません。
大人や世の中に、きっと一度は負けますから。
「ギャフン!」と言ったところからが、本当のスタートです。
頑張ってねー、ふふふ。

2005.01.10 (mon)
大きな波にのまれて、水の中でもがきながら、
息ができなくて苦しかったろうな・・・。
水を思いっきり吸い込んでしまった瞬間、怖かったろうな・・・。
「神さま助けて!」って思っただろうな。
思ったまま、助からなかったんだろうな。
理不尽だな。
本気で怖くなった瞬間は誰だって「神さま助けて!」ってとっさに思うんじゃないかな。
こんなことを想像をしたことがなかったけれど、
無念の死を遂げる人は、「怖いよ!神さま助けてっ!」って思ったまま、きっと死んでいくんだ。
これ以上ない苦しみを味わいながら。
そんなふうに死んでいく人が、ひとりもいない世の中であって欲しいのに、
なんでこんなに理不尽なんだろう。
一生懸命に頑張って生きている人が、
正直に誠実に毎日を生きている人が、
こんなふうに死んでいってしまうのなら、なんて理不尽な世の中だろう。
『どうにもならない』って、なんてつらいことなのだろう。
今まで想像したことなかったけど、津波で溺れた人も、地震で瓦礫に埋もれた人も、
知らないおじさんに乱暴された子も、生きたまま首を切られてしまった人も、
自分から線路に飛び込むしかなかった人も、
本当は毎日イキイキと、明るい人生を送りたかったに決まっているのに、
どうにも、なす術なく死んでしまったんだ。
そんな人は、毎日たくさんいるんだ。
もし僕に、そんなふうに望まぬ死が訪れたら、宗教なんて信じていないけど、
その瞬間、「怖いよ!神さま助けてっ!」って思うだろう。
そして、そのまま死んでいくのだろう。

2005.01.09 (sun)
あわてて、雛人形を買いに行った。
浅草橋の人形屋街を何件も何件も見て、
・・・けっきょく、買わずに帰って来た。
なにも、焦る必要はない。
納得していないのに買う必要もない。
もう一度、自分達でよく調べてみよう。
ちゃんとした『人形』を、僕らはコドモにプレゼントしてやりたいのだ。
業界に買わされるように、『商品』に金を払ってしまうのはやめよう。
自分のアンテナをピンと立てて、本当の雛人形を探してみよう。
こんな時代で社会だから、本質が見えにくくなっている。
時間が掛かってしまうのは仕方がないから、
本当のことを知る努力をしよう。

2005.01.08 (sat)
ところで、正月のテレビで、『考え方』が動きだす ~ 佐藤雅彦研究室のアニメーション・スタディ
という番組があって、こいつがすんごくオモシロかったのですよ。
そのことをここに書きたくて、どう書こうかと、数日間なんとなく頭の隅で転がしていたのですが、
・・・ダメだ。どうにも書きようがない。
例えるなら、うんとねぇ、ピタゴラスイッチの大人版というか・・・
ピタゴラスイッチ、知らない?
うぅ・・・。
伝えられない不甲斐なさを感じますが、
あのオモシロさは文章に置き換えるのがホント、難しいのですよ。
申し訳ないのですが、dailyを見てくれているかたに、僕が言えることはこれだけ。
「再放送があった時には、デートの約束をぜんぶキャンセルしてでも、どうぞ見てみてください!!」
*ちょっと調べてみたら、佐藤雅彦って人は、もともとピタゴラスイッチと絡んでたんだね。
なるほど、なるほど。今まで知らなかったけど、なかなかオモシロそうな人だぞ。

2005.01.07 (fri)
大晦日の夜に出した年賀状(ということは、1日早朝の回収)、
どうやら、23区内で新年4日の到着、愛知県では5日の到着だった模様です。
普段なら、23区内は翌日、愛知辺りでも翌々日の到着のはずなので、
うーん、やっぱり正月は時間がかかる。
しかも、きのうの夕方富山に向けて発送したゆうパックが、今日の夕方届いていたようだから、
24時間以内に届いている・・・。なんか訳分からんね。
要は、「やっぱり年賀状はお早めに」ということなのね。
ところで、今日はウチのコドモ、初めてのやけどでした。
近くのお粥屋さんで買って来た七草粥、テーブルに置いた途端に「ガバッ!」っと掴み掛かっちゃった。
驚いてソッコーで、水でジャージャー冷やす。
やけどの処置は最初の数秒が肝心だそうで、秒単位で深度が変わるようです。
5分ほど冷やして、冷水で手がキンキンに冷えてしまったので一旦やめ、
ネットで処置法を検索すると、『やけどは20分以上冷やす』と。
慌ててまた冷水へ。
こんなとき親は責任のなすり付け合いです。あぁ醜い・・・。
そういえばカミさんの手の甲にもやけどの跡。
子供の頃に味噌汁をこぼしたのだと。
僕の足の甲にもやけどの跡。
やはり子供の頃、ポットに蹴っつまずいて、沸かしたての熱湯がざばー。
コドモは、必ずやるんだな。
でも親の責任・・・。ごめんなぁ。
坊ちゃんの手、指4本が真っ赤っか。跡が残りませんように・・・。
みなさん覚えておきましょうね。
『やけどはマッハで冷やす。20分以上冷やす。』

2005.01.06 (thu)
『やり始めないと、やる気は出ない』
どうやらそういうことらしいのだ。
「イヤだなぁやる気がしないなぁ、こんな時に無理矢理やったって、
いい結果なんて産まれないよぉ」そんな時は誰にでもあるだろう。
それでも、実際に行動を起こしてみると、脳のメカニズムとして、
たとえイヤイヤ始めたことでも、やりはじめると、脳の中で「やる気」物質が分泌さる。
そういう仕組みになっているのだそうだ。
僕の頭も、たぶんあなたの頭も。
年末の大掃除、イヤだなぁと思いながらも、始めてみたらノッてきて、
綺麗にするのが楽しくなって余計なところまでピカピカに掃除しちゃった。とか、
面倒で後回し後回しにしていた仕事を、締め切りギリギリで仕方なしに手をつけてみれば、
あれ?そんなに苦でもなく、ポンポンとはかどっちゃった。
そんな経験は、誰にでもおありだろう。
やるか、やらないままグズグズしちゃうかは、最初の一歩を踏み出すかどうか、なのだそうだ。
イヤイヤにでも一歩を踏み出せは、2歩目からは脳内でやる気物質を勝手に分泌してくれて、
苦じゃなくなるのだと。
これは、迷信や精神論ではなく、ちゃんとした脳の研究者が言っていたことなので、
信用していただいても大丈夫。だと思う。
「イヤだなぁ・・・」「気が重いなぁ・・・」は、やらないからそう思っているだけのことなんだって。
「イヤな仕事を完全に片付けるためには、かなりのエネルギーがいるよなぁ・・・
今日はちょっと、そんな元気はないなぁ・・・」
と尻込みしてしまうことも、最初の一歩さえ踏み出せば、あとは勝手に着いてくるんだったら、
「イヤだけど、やらなきゃいけないし、でもイヤだし・・・」
なんて、グズグズ気が重くなっている方が、よっぽど損よね。
自分で自分を苦しめているだけ。
イヤだなぁってことは、まずそこからパパッと手を付けて片付けていく、
気持ちが健全でいられて、物事もはかどる。
なんだ、いちばん良い方法。
『やる気は、やり始めたら勝手に出てくる。脳はそういう仕組みになっている』
これを知っているだけで、気持ちが軽くなるよなぁ。

2005.01.05 (wed)
辻仁成の歌は、ちょっと恥ずかしい。
僕はけっこう好きな曲もあるので流していたりすると、カミさんから苦情がくる。
「よくそんな恥ずかしい曲聴いていられるわね。もうウワァーって鳥肌立っちゃうよ」
まぁ、そう感じる人の気持ちも分かる。
恥ずかしいと感じる人の方が多いのだろうな。だから・・・、あんまり売れてないよね。
辻仁成の小説は売れてる。
どれもそこそこ売れてるし、『情熱と冷静のあいだ』などはそうとう売れたみたいだし、
芥川賞だって取っちゃってる。
音楽をやる辻仁成も、小説家の辻仁成も、そこに流れている雰囲気は変わらない。
表現の手法が、字か歌かの違い。
なのになぜ、こんなに真っ二つに評価が分かれるのか。
どちらも、ナルシストだし、クサイし、想いが強いし。
小説の方が、表現の手段としては、ドライだからかな。
作者のイメージが、活字に置き換えられると同時に、人の匂いや温度が抜かれて、
それ自体では意味のない、カップ焼きそばの「かやく」みたいにパサパサなのものになる。
物語の途中でも、自分が字面を追うことから目を離せば、作者の世界からいつでもすぐに逃げられる。
歌モノ音楽は、生の言葉がダイレクトに遠慮なくドバドバ流れ込んでくる。
防げない。逃げられない。
だから好き嫌いが真っ二つに別れるのだろうな。
さて、建築という手法はどうなのだろうか?
・・・たぶん、音楽の方なんでしょうね。
ワタシも気をつけようっと。

2005.01.04 (tue)
「孫と、ひ孫って違うものですか?」
と、カミさんのおじいさんに訊いてみた。
孫とおじいちゃんの関係は、けっこうベタベタしているよね。
おじいちゃんにとっては、孫は可愛くって可愛くって仕方がないみたいで、
猫っかわいがりなことが多い気がする。
それに対してひ孫って、そんなには猫っ可愛がりというか、
執着をしない感じがするなぁと感じたんでね、
カミさんのおじいちゃんに訊いてみたんです。
「うんうん。違うね。ひ孫は、孫とはまた違うものだね。」
それ以上のことは言っていなかったけど、やっぱ違うみたい。
ひ孫に対する、ひい爺さんの感じって、ずいぶんアッサリしているのよね。
抱きしめて離したくない、とか、頬ずりしたり、チュッチュしたり、
そういうことが全然ないの。まったく淡白な感じ。
「うんうん、カワイイね、イイ子イイ子、はいどうも。」それくらいな感じ。
それは・・・
ここからは推測だけど、
もう終わっちゃってるからなのかな、と思った。
自分の役目はもう全うしている、その確信があるからかな、と。
我が子っていうのは、先祖から脈々と受け継いで来た命を、
自分が次につないだ初めての命だから、尊く神秘的で、かけがえの無いもの。
孫っていうのは、自分に育てる責任がないし、
数十年前に我が子を育てた記憶をもう一度なぞり、
楽しい思い出と、目の前の我が孫との間を行ったり来たりできる。
それに年がら年中一緒にいるわけではないから、グズって困らされたり、
そういう面倒なことが無いから、ただただひたすら可愛い。
ひ孫は・・・、そういう時代を通り過ぎて、
確実に子孫を残せた、しっかりとした安心感があるから、
だからもう執着もしないのかなぁ。
そんな、自分の手を離れたところにある分身、という位置付けなのかな?
そんなことをひい爺ちゃんから感じた。

2005.01.03 (mon)
ぁあ、破魔矢のハネが、羽じゃない!
コドモのころ、割いて遊んで怒られた、破魔矢に付けられた三枚の白いハネ、
久しぶりに破魔矢を買ってみたら、ホンモノの羽じゃなくなってる。
これがなかなか精巧で、割いてみると鳥の羽と同じようにピーっと割れるので、
最初は気が付かなかったけど、よくよく見ると、ビニールで作られているみたい。
そういえば触った感じも羽の柔らかさとは、ちと、違うし、
割いてみたひとつひとつが、あまりに均一にできていて、おかしい。
ビニールの羽かぁ・・・安っぽいけど、これでちゃんと効くのかな?
なんか・・・有り難みが・・・。
あなたの家の破魔矢はホンモノですか?
ちなみに、ウチのは東村山の八坂神社で買って来ました。

2005.01.02 (sun)
正月は掻き入れ時である。
爺ちゃん婆ちゃんオジさんオバさんなどなど、親戚中からまとめて集金でき、
これから始まる一年間を有意義に過ごすための軍資金を得る、貴重な3日間。
ひと財産築けるのが、この時期である。コドモにとって。
が、大人になると当然あげる側にまわるのである。
この12月あたりから「お年玉かぁ・・・」と、正月の散財に少しビビっていたワタシ。
なんたって、ひと財産が動く時期である。
サラリーマンのボーナスは年2回もあるが、お年玉は年一回。
それだけに、もらう側の気合いが俄然違う。
ワタシはそれをバラまく側である。気圧されぬよう気合いを入れココロして掛からねばならない。
ならないのであるが、カミさんに訊いてみると、お年玉ってのは、1人につき3千円前後なのだと。
・・・あれっ??それっぽっち?だったっけ?
自分の幼児期の記憶からすると、人生を踏み外しかねないすごーい大金が動く、
危険な香りすら漂う、魅惑のパーティーだったような気がしているのだが、
お年玉って、そんな程度だったっけ?・・・。
ドキドキしちゃうような、大金を取り扱っていたような記憶であるのだが・・・。
だから、もらうたびに、コドモながらに体中で精一杯感謝の気持ちを表現して、
「こんなに嬉しいですよぉおお!」と、くれた人へ礼を尽くしていたつもりであるが、
あげる側にとっては、意外とこんなモンであったのか。
腹が痛むほどの、気に病むような出費では全くなかったわけだ。
このギャップに驚いた、年始の集まりであった。

2005.01.01 (sat)
あけましておめでとうございます
survival design websiteをご贔屓いただき、ありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、なーにを書こうかな。
腰痛と腕の筋肉痛、かなりキテます。
雪ダルマさんのおかげです。
しかし、昨夜は一面を覆っていた雪も、今朝には溶けてしまいましたね。
だもんで、きのうのうちに遊んでおいて正解!
サバデザ&僕の年賀状は昨晩郵便局に出したし、
そのあとカミさん用の年賀状をパパッとデザインして、今朝方までで僕の仕事分は完成!
素晴らしい!
きれいな体で迎えたお正月の朝です。
グロッキー・ニュー・イヤー!!寝てないぞぅ。
ところで・・・なんか、カミさん用の年賀状の方がデキが良くなっちゃったかも。
そっちので僕のも出し直したくなっちゃったなぁ・・・。

さて、昨年12月のDailyはこちらか、
右のバックナンバーメニューからどうぞ。