Daily・・・日々雑感

2004.12.31 (fri)
  雪ダルマ
    ひとりで作ると
          重労働。

なんかもう、ゼーゼー言いながら、半ば義務みたいで・・・。
運動不足だなぁ。モモがガクガク、腕がプルプル。
坊ちゃん、早く大きくなって、おとうさんと遊んでおくれ。
さて、2004年、
コドモが産まれ、僕は親になり、
森に浮かぶ家の発表ができ、
朝の家がコンペで選ばれ、
その他にも色々ありました。
みなさま、本当にお世話になりました。
そしてこのwebsiteを見てくださっていたみなさま、
ありがとうございました。
では、よいお年をお迎えください。
ワタシ?これから年賀状書きよ。プルプルの腕で。

2004.12.30 (thu)
まぁ、黙々とやるしかないわけで、年賀状。
3ケ日中には、着かないかもしれませんが、どうかお許しください。
ところで、クロちゃんはどうして寝グセ?
ねぇどうして?
なんで誰も言わないの?
なんで直してあげないの?
どうしたのこんな大事な日に、ねぇクロちゃん??

2004.12.29 (wed)
一日半、かかりっきりで作っていただけに、ショック・・・。
住所録のデータ、・・・なくなっちゃった。
こまめに上書き保存しながら作っていたのに、夜遅くまでかかってがんばってたのに、
「よーっし、最後の一件終わったぁ、『保存』っと」ったらその瞬間に、エラー・・・。
まぁ、こまめに保存していたので、そこだけチョチョッと入れ直せば、なんて思ったが、
・・・ない!ファイルがない!
ハードディスクがクラッシュしたわけでもないのに、その住所録ファイルだけが、跡形もなく無い!
検索を掛けてみたり、さんざんあがいたけれど、ない。
神隠しにでもあったみたいに、「そんなの最初からありませんよ」ってくらいに無い。
ガーン・・・。
今年一年を漢字一文字で表すと『災』だったっけねぇ・・・。
せっかくの初雪のウキウキから、どん底にたたき落とされましたよ。とほほ。
もう、やめた、やめた。
カップ焼きそば食べて、ビールも飲んで、体に悪いことしちゃうんだもんね。
芸能人のくだらないカラ騒ぎのテレビでも見て、時間をダラダラ無駄に過ごしちゃうんだもんね。
お風呂も入らないで、不潔なまま寝ちゃうんだもんね。
もう神様なんて信じないんだもんね。

2004.12.28 (tue)
年賀状・・・昨年(今年か?)に引き続き、1月1日には到着しないと思われます・・・。
ご容赦くださいm(__)m。 今年は印刷屋さんにお願いしようと思っていたのに、結局こんな時期。
自分でやってます。
A3の紙にハガキを6枚分、シート状に印刷をして、
そいつをカッターナイフで裁断する。
これが・・・楽しい♪。
カッターナイフで黙々とシャーッ、シャーッ、シャーッ、・・・・・・。
楽しい♪。
なーんも考えず、ただキレイにはみ出さないように、切る。
切る。
切る。
ホントは単純作業、大好き。
カミさんが「忙しいんでしょ、手伝おうか」と声を掛けてくれても、ことわる。
声掛けてくれないけどね。
ちなみに、コドモの熱が40度を超えました。
アタマでお湯が沸いちゃいそうに、チンチンに熱くなってる。
風邪ひいて、治って、また風邪引いて、治って、風邪引いて・・・
この冬は試練だねぇ。

2004.12.27 (mon)
『借りっぱなし』
自分の所有でない物、借りたものを返さない場合、
これは犯罪である。
『借景』という言葉を、よくきく。
雑誌やテレビの影響なのか、遠慮もなく頻繁に使われているのに、僕には違和感がある。
そこには、借りているというつつましさはなく、当たり前のように我が物顔である。
まったく遠慮のかけらもない暴力的なそれは、『借景』なんてカワイらしいものではなく、
『捕景』『獲景』『姦景』とでも呼んだ方がよさそうなくらいの横暴さだ。
しかもそれが大手を振って歩いている感じがして、イヤな気持ちになる。
森に浮かぶ家の敷地を初めて見た日、更地のその土地を見て、
「おぉ!借景いただき!!」と思った。正直、思った。
『リョクドウ←→ニワ←→建物←→隣の家』
という構成が当たり前のように頭をよぎり、(だってそれが住宅建築の常識になっちゃってるからね)
一瞬は、それで良いような気がした。
しかしそれと同時に、どうも自分の中に納得できないモヤモヤも残っていた。
(絶景を丸ごといただいて、消費して、おしまい。・・・それでいいのかなぁ。)
そのモヤモヤを悶々と考えていて、ある瞬間(その日の夜、電車の中でだった)
「パッ!」とひらめいた。
『リョクドウ←→建物←→ニワ←→隣の家』 「これだ!」
やっぱり、借りたら返さなくてはいけないのだ。
いただきっぱなしでは、社会への寄生・依存になってしまう。
自立した、凛々しい佇まいにはならない。
そうだ、借りたら返すのだ。
じつはその時期、ちょうどウチのカミさんが体調を崩していて、
「これ、たぶんつわり・・・」なんていっていた、おなかにコドモが宿った時期と重なる。
親に育ててもらった恩を、自分のコドモに返していく、そのイメージが助けになったのかもしれない。
社会の財産を、独占して甘受して消化して、それでおしまい。
やっぱり、それではいけない。
財産を伝えていくように、緑の恩恵を伝えること、森に浮かぶ家ではそんなことを考えていた。
そんなわけで、僕は借景という言葉を、今後もあまり使いたくない。
使う時は、それなりにつつましく、
「あ、すいません、ちょっとお借りしてます」という気持ちでいたい。
「ガッツリいただきます。」という、土足で人の家に上がり込むような図々しい設計はしたくない。
『借りたら返す。次に伝える。』
建物の中はそこに住む人の趣味で勝手にしたらいいだろう。
でも建物の外は、社会の財産である。公共の財産である。いくら登記上は自分の敷地であっても。
暖かいお陽さまをいただき、青い空をいただき、流れる風をいただく以上、
庭には木の一本でも植えておくのが、最低限のマナーだと思っている。
借りっぱなしは、犯罪なのである。

2004.12.26 (sun)
やっぱり早期発見が大事なのである。
もたもたしていると、気付かぬうちに進行してしまい、
どんどん小さくなってしまうのだ。
なるべく寝かせておいた方が、大根は味が染みておいしくなるが、
ちくわぶは、いつしか汁に溶けてしまう。
鍋の底を探ってみると、「あれぇ?コンニャクがこんなに縮んじゃってる」なんてことにもなるのだ。
つみれなどは割と固めの練り物なので、溶けにくい感じがしていたが、
いやいや、どうやらそうでもないのかも知れないぞ。
なにせ、今朝の朝日新聞の一面の見出しで、こう報じられているくらいだ。
『極小のがんも発見』
なんでも、がんもは小さい状態で発見できるのは、非常に稀なことであるようなのだ。
今までは小さくても2cmほどで発見できれば良い方で、それでも生存率は・・・
生存率??
・・・・・・あれ?「極小のガンモ発見」じゃない、の??

2004.12.25 (sat)
一年中でいまが一番、ケーキの質が落ちるときである。
また、キリスト教徒の行事に便乗するのには、どうも抵抗のあるこの一年であった。
そんなわけで、今年は『クリスマスおはぎ』にしようと思った。
スポンジの上に生クリームを塗るように、モチの上にアンコが塗ってあるのだから、
大した違いではない。
が、普段からアンコものを食さないため、和菓子屋さんをノーマークだったワタシ。
おはぎを売っている店を見つけられず、結局吉祥寺の『小ざさ』のモナカで手を打つことにした。
ジャパニーズシュークリームである。
ところで、おいしい和菓子にはおいしいお茶が必要である。
普段はなかなか買わないハイクラスのお茶を、「デコレーションケーキを買ったと思えば」と、
自分に言い聞かせ、100gで2100円のお茶を購入。(でも50gしか買わなかったけど。)
帰宅後、「あなたホントバカねぇ」とカミさんに呆れられながら、モナカにロウソクを立てる。
あ”っ!、キャンドルナイト、そうだ、忘れてた。応援していて忘れちゃいました。スミマセン・・・。
緑茶をすすりながら聴くJohnLennonもまた、なかなかの風情である。

2004.12.24 (fri)
自分がコドモの頃にくり返し読み聞かされていたものは、
30年近く経ったいまでも、よく覚えている。
おはなしの内容は定かじゃなくても、部分部分の『感触』みたいなものが、
リアルに残っている。
喫茶店にあった『かわいそうなぞう』を読んでいて、たまらなくなってしまった。
もともと、たまらないだらけの話しなんだけど、
いま読んでいて、たまらないと感じる部分と、
あのころ読んでもらっていて、キュッと胸を締め付けられていた部分が、
そういえば、まったく同じだ。
飼育係がたまらなくなって、とってしまった行動のところ、
ぞうが力を振り絞って芸をするところ。
感情の琴線は、幼児期に刻み込まれたものが、大人になってもそのままみたいだ。
「たらいぐらいも ある おおきな ぞうの いぶくろには、ひとしずくの みずさえも・・・」
その一文もよく覚えている。
あの頃、「たらい」なんてものの存在さえも知らなかったから、
「たらいぐらいもある」の意味がまったくわからないまま、
前後の文章からなんとなく理解していた、あのときの「なんとなく」な感じも甦ってきた。
すごいなぁ、幼児期の芯に刻み込まれた記憶って。
そういや、僕の大切にしている絵本は、報われない話が多い。
おにたのぼうし』『おおきな木』『ひとりぼっちのこねこ
たぶん、母親がそういう本ばかり買ってきていたので、そうなったのだろう。
報われない不条理な悲哀と、それを認める優しさが含まれているものが多い。
ハッピーエンドな話は・・・記憶にないなぁ。読んだけど残っていないのだろうな。
母親が何を伝えようとしていたのか分らないけど、
「ギブ&テイク」そういう考え方がいまの僕にあまりないのは、そういうことかもしれない。
ギブしっ放しでも、テイクしっ放しでも、そういうこともあるよね。それで、いいじゃない。
そんな感覚がベースにある。
「見返り」という概念がないんだな、たぶん。
これは母親がくれた財産だなぁ、きっと。
そんなわけで、喫茶店で予期せず幼児の自分と再会してしまい、
これもなにかの縁だと、帰り道の本屋さんで『かわいそうなぞう』を購入。
ついでに、『はらぺこあおむし』も購入。
よし、クリスマスプレゼントだ。
・・・だれの?

2004.12.23 (thu)
ウチの両親が、クリスマスプレゼントを、持ってきた。
「これは朝ちゃんにだからねぇ♪」と。
開けてビックリ。高かったんじゃないの??
ウチもいっとき欲しいなぁと思っていたこともあったけど、
日常の時間がFIXされるから、こういうものはまぁいいや、
という気持ちになっていただけにちょっと複雑。
まぁ、これは預かりものだと思っておこう。
今ウチには、見て楽しむ時間の余裕はないけど、(やんちゃでタイヘンよ、もう。)
ジイジとバアバのために、せっせと録って渡してあげればいいや。
ビデオカメラが、ウチにやってきたぞ♪
(じつは、ちょっと愉しい♪。)

2004.12.22 (wed)
「またバカなことやってる・・・」
先日あるお店のことで、ちょっと気になったことがあって、
んで、「こうしたらいかがですか?」と一言だけ提案をしようと思っていたのだが、
相手にわかりやすく伝えるために、
ペラッと一枚プレゼンテーションシートを作っているうちに、
それがだんだん枚数が増えていき、どうせだったらホッチス留めより、
ノリ貼りで本っぽくしちゃおうかとしているうちに、
また新しいアイデアが産まれてしまい、プレゼンテーションシートの枚数はさらに増え、
もういっそのこと、物語仕立てにしてみるかということになり・・・
30分くらいでパパッと作るはずだったものは、
けっきょく、丸一日掛かってようやく完成。
その一部始終を横目で見ていたカミさんは、
最初は、「また金にならないヘンなことを始めたぞ・・・」といういう目だったのが、
「まだそんなバカなことに、時間費やしているの!?」という呆れにかわり、
「もう、いい加減にしたら・・・」と、怒りを含んだ目にかわり、
「ホント、頼むから、そんな誰からも頼まれてないことやってないでさ、
やってしまわなきゃいけない仕事からやりなよ。
サバデザの、ウチの年賀状もまだ手を付けてい無いんだしさ。
年末でしょ、やることいっぱいでしょ!」と、ホントに怒ってるかも。
しかし、アイデアは頭にしまっておきたくないのだ。無視して続行。
「・・・わかった。もう、やれ。・・・気の済むまでトコトンやれ!」
ようやくカミさんも分ってくれたようである。
本日の業務、プライスレス。

2004.12.21 (tue)
「これどういう意味?柱はぬれても大丈夫って言ってるのに、
壁のベニヤは雨ざらしで無惨って、おかしくない?」
12月18日のdailyについて質問がありました。
そうか、分りにくかったか。
柱は、無垢の木なんですね。丸太を四角に削ったもの。
だからもともと一本の木。(『集成材』は例外です。)
ベニヤは、丸太を大根のカツラむきの要領で、3mmくらいのピラピラにむいたものを5枚くらい重ねて、
接着剤で貼り合わせてつくった板なんです。(『OSB』は例外です。)
ということは、接着剤が劣化してしまうと、ベロベロになってしまうわけです。
町内会の掲示板が、ベニヤでできていて、雨に打たれてブヨブヨになってるのを見たことありますよね。
基本はあれと同じです。ただ最近のは接着剤が劣化しにくくなっていますし、
雨掛かりでも使えるように作られたものもあります。
なので、ベニヤでもちょっとやそっとの雨では問題はないのです。普通は。
ですが、あのヤバイ家の場合は、ツーバイフォーという工法で、柱がない構造なんです。
ベニヤに釘をいっぱい打って、壁パネルと床パネルを作り、それをパタパタ組んで、箱を作る。
ですので、壁のベニヤの役割はとっても重要なわけです。
その重要なベニヤが、1ヶ月間もこの秋の長雨にさらされ続けて、
乾くヒマも無く上からは外装材が張られて、内側からは内装材が張られて、湿気の逃げ場を塞がれちゃった。
だから心配なんですね。あのベニヤはジワジワと接着剤が劣化しちゃわないだろうか?
釘もステンレスのクギを使っていればサビないけど、たぶんあんな仕事をしているような会社じゃ、
鉄のクギじゃないかなぁ、と想像するわけです。
鉄クギが雨ざらしじゃ、すぐにサビちゃうだろうな。
サビたらクギの頭はポロっといっちゃうだろうな。
ポロっといっちゃったクギは、構造的に耐える力を失っているわけだから、
地震がきたらどうなっちゃうかな?
あぁ、あの家は大丈夫かなぁ、という心配につながっていくわけです。
ちなみに、無垢の木は雨で濡れても乾けば問題なし。
木場なんかに行くと、海に丸太がプカプカ浮いてますが、あれ、木を乾燥させているんです。
「えっ??」って感じでしょ。あれで乾燥させているんですよ。
木の含む水分には大きく2種類あって・・・
えーと・・・、ちゃんと説明すると時間がかかるので、省略します。
そうそう、水の都ベネツィア、あそこは海の上に作られた人工的な街ですが、
遠浅の海に、丸太で作った杭を無数に打ち込んで、その上に建物を建てたり、
道を作ったりして、今ままでもってるんだからねぇ、大したもんだぁね。
濡れたの濡れないのって、そういう次元じゃないわけです。
ベネツィアかぁ・・・あぁ行きたいなぁ。

2004.12.20 (mon)
忘れないうちに書いとこ。
先日お花をもらった日に三鷹の文鳥舎に行ってみた。
落語会の準備をしていて、お休みだった。
なんだかオモシロそうなこと、いっぱいやってるみたい。
またこんど行ってみよう。
そんなわけで、近くの雑多楽やで食事をし、その後、またそのすぐそば、
たいやきの有名なたかねでたいやきを買ってみた。
確かにうまい。アンコ嫌いの僕が言うのだから間違いない。
豆の甘さの、おいしいたいやき。
んで、最近できたらしい上々堂という古本屋さんをチェック。
アート・サブカル系で、遊び心ををちりばめた、ちょっと素敵な古本屋さん。
今のところ品揃えは薄いが、このままであって欲しい。
良さげな古本屋さんが1年も経つと、買いすぎた本でゴミ溜めになっているのを良く見かけるが、
ああは、なって欲しくないな。
一定のレベルを保ったセレクト古本ショップになって欲しいと思った。
吉祥寺が、だんだんと大資本のお店が増えて、つまらなくなってきている分、
三鷹がオモシロくなってきている。

2004.12.19 (sun)
ちょっとホッとした。
朝の家の工務店をどこにするか、ピックアップされた3社の中で、
僕がダントツで気に入っていたのが一社ある。
んが、相見積りをとってみると、そこの会社は3社で一番高い。
建て主さんには推薦したいのだが、さすがに一番高いとなると・・・
もちろん、高いのには訳があった。
1cm近い分厚い見積書をひとつひとつ見ていくと、拾い落としている項目が全くない。
こちらが図面に明記していない部分でも、必要と思われる部材・工賃はしっかり計上してある。
他社がエアコンを計上していなかったり(してくださいと前もって言っているのに、話をきいていないんだな)
古家の解体費をバッサリ忘れていたりして、再提出をしつこく求めざるえない中、
この一社だけは他社との比較をすればするほど、一番高い金額でも堂々と出してくる訳がわかってくる。
仕事をとるためには、なるべく安い見積りで相手のハートをつかみたいところだが、
いい加減な数字合わせをしてこないのは、「ウチはしっかりした見積りをしていますよ」という
仕事への自信あらわれなのだろう。
ウチとは初めてのお付き合い。そんな慣れない見えない物件で、
一発で完璧に近い見積りを出してきたのには、恐れ入った。
それは、僕がどんな建物にしたがっているのか、
図面から読み解いてこちらの気持ちを汲んでくれているということだろう。
図面から判断が難しい部分については、ちゃんと質疑も送ってきた。
勝手に判断せずに、「どういう意図ですか?」とちゃんと聞いてくれる、
これは現場が動き始めてからとっても重要なことになる。
まぁ、難を言えば、建て主さんの予算からは掛け離れた見積り金額なわけだけど、
ただ、それは僕の設計したものの仕様がかなりのハイクラスであったということだから、僕に非がある。
どうしても、設計していると「より良く」という気持ちが勝ってしまうのだな。
今日建て主さんとその辺りの話をしてきた。
建設会社選びに関して、「モノの値段・仕様を落としてでも、技術や手間にきちんとお金を掛けろってことですね。」
と、僕の推薦する一番見積りの高い建設会社を受け入れてくれた。
あぁ、よかった。ホッとした。
もちろん、予算は予算である。
これから、あまりに掛け離れた予算と見積りをつなぐために、設計の仕様変更や、分離発注の手配など、
減額の方法を探っていかねばならない。
まだまだ僕の仕事はたっぷりあるぞぉ・・・。
まぁ、良いものを作るためだ。がんばろう。
ベテラン建築家の方々も、最初の数件はまったくの採算度外視だったと、みなさん言う。
僕はこんなに良い建て主さんに拾ってもらえたのだから、うんとがんばってうんと良い家にしなくちゃ。

2004.12.18 (sat)
生まれて初めてかも知れない。
「ありがとう」の花束をいただいた。
ハウスメーカーで家を建てるにあたって、定期的に一緒に現場を見にいってもらえないか?
という、ちょっと珍しい依頼のお客さん。
この4ヶ月間、月に3回ずつくらい一緒に現場に行きました。
本当なら、「ウチで設計させてくださいよ」と言いたいところでしたが、
既にハウスメーカーとの契約を済ませてあったので、そうもいかず、
まぁ、手抜き工事の無いように、それと生活に支障の無いように、チョコチョコとアドバイスをしてきました。
なかなかしっかりした仕事をするハウスメーカーだったので、
注意や小言をそんなに言わずにすんでいたので、
「わざわざお金をいただいて、たいしたアドバイスの必要もなくて、別にいらなかったんじゃないかな?」
と、ちょっと心苦しく思っていたのですが、
今日が最後の日、現場帰りに一緒にお昼ご飯を食べたあと、
「すながさん、これ。」と花束をいただいた。今までどこに隠し持っていたのだ?気が付かなかったぞ。
「一緒に見てくださったおかげで、とっても安心していられました。
今年は台風が多かったし、柱が雨ざらしでぬれたりして、
もし自分だけだったら不安で不安で仕方がなかったと思うのですが、
”木は濡れてもぜんぜん問題ないですよ”とか言ってくださったので、そういうものなのか、と、
家づくりのあいだ、ずーっと安心していられたので、本当に助かりました。ありがとうございました。」と。
あぁ、うれしいなぁ。
大した事していないのに、お金をもらっていて、しかもこんなに感謝されて、花束までいただいて。
こちらにとっても、ある意味で良い勉強でした。
普通にハウスメーカーで家を建てている建て主さんが、実はどれだけ不安で、
また不利な立場で家作りをされているかを知りました。
たとえば、床下点検口のある部分の床が、人が乗るとたわんでしまうんです。
「点検口メーカーの既製品自体が、そういう仕様なんですよね」と現場監督さんは言います。
でも、たわむんですよ。こわれる事はなくても、一日数回その上を歩くのに、その度に気持ちは悪い。
で、たわまなくする方法、あるんです。
その既製品に一手間加えて、裏側に木で枠を作って、それに9mm程度のベニヤを釘で打ち付けて補強すれば、
それだけのことで、たわまないしっかりした床になる。
大工さんなら10分もかからず出来ちゃう作業。
でも、シロウトさんだと「たわみ?そういうものですよ。」といわれてしまえば、
そうかぁ・・・と、もう飲むしかないですよね。
そういう細かい、でも僕ら設計屋から見ればごく簡単な当たり前の事は、
いくつかありましたので、そのつど指摘してきました。
大した事をしてはいないのですが、まったくのシロウトのかたにとっては、
そういうアドバイスが有るか無いかで、全然違うんでしょうね。一生モノの家ですものね。
ちなみに、この家の目の前の土地でも、ほぼ同じタイミングで、
別のハウスメーカーによる新築が行われていました。
こちらは・・・無惨でした。
基礎の鉄筋はいい加減だし、1ヶ月間雨ざらしのもとでトロトロ作業してて、遅々として進まない。
ツーバイフォー工法で壁のベニヤが構造的に肝心なのに、シートで屋根を掛けるわけでもなく、
壁と床のベニヤが秋の長雨のさなか常に雨ざらし。
ひどい仕事のやり方だし、大工さんだって毎日雨カッパでの作業でかわいそう。
あれじゃ良い仕事はできないわ。良い家にはならないわ。
『○○ホーム』、誰が聴いても「あぁ」とわかる、電鉄系の建設会社の仕事がこんなですよ。
でも出来上がってみれば、壁の中の事、基礎の事なんて、外からは見えない。
あの家じゃぁ長持ちは、到底しないなぁ。
でも、外装材でフタをされてしまえば、メルヘンチックなステキなおうち。
アドバイスを依頼されたのが、ああいうハウスメーカーの仕事じゃなくて良かった。ホッ。
こういう、アドバイス教務をメインでやるつもりは今後も無いのですが、
希望されるかたには、出来る範囲でそういうお手伝いもしていこうと思うようになりました。
たったこれだけのアドバイスで、こんなにも喜んでもらえるなら、それも良いかも。
どうせなら世の中に貢献できる仕事をしたいですものね。
ま、もちろん、丸ごと設計させていただく方が、より世の中に貢献できると思っていますので、
丸ごとの設計依頼の方を、より積極的にお待ちしています。
なにかお困りの事があったら、ひとまずはご相談くださいな。
よっぽどの事がなければ、どんな相談でもむげに断ったりはしませんので。
喜んでいただける仕事は、やっぱり気持ちがよいですね。
フフーン、花束、もらっちゃったんだぁ♪

2004.12.17 (fri)
家具工房ma-GUに行ってきた。
建築を豊かにするのに、家具の存在は欠かせない。
しかし、建築家がそれをデザインした時には、
『建築的作法』でデザインしてしまう傾向があり、
どうしてもシンプルな方向へと行きがちで、そうするとどうもキレイだけど冷たい、
格好ばかりがよくて、人を寄せ付けないものになってしまいがちである。
また、大工さんに作ってもらうと、ザックリ&野暮くでどうも垢抜けないし、
なかなか、家具は難しい。
それで今回、以前から気になっていたma-GUさんを訪ねてみることにした。
ハッキリ言って、ここの家具は素敵です。
すんごく素敵です。建築が負けちゃうんじゃないかというくらい、とっても素敵。
ただ・・・世の中、素敵なモノは、だいたい価格もステキで、
その価格のあまりの素晴らしさに断念せざるえなく、
妥協して2流3流のモノへと流れていくのが、世の常なわけです。
なので、ma-GUさんを訪ねるにあたって一番気になっていたのも値段です。
今までの作品のファイルを見せてもらって、
「え?!大丈夫なんですか?こんな金額で?」
想像していたより、ずっと安い。
ステキな一品ものの相場ってのより、ずっと安い。
「あの、失礼ですが・・・もうかりませんでしょ。」
つい言ってしまった。
工房を始められてまだ3年、世の中に認知されていないというのもあるようで、
今のところは、キツくてもがんばってその価格でやっているのだそうだ。
なるほどなるほど、サバデザと同じ境遇なわけだ。
『損して得取れ』の損の段階にいるわけですね、お互いに。
やっぱり訪ねてみるものだねぇ。
ホントに素晴らしい家具屋さんと知り合うことが出来た。
なんだか、価格のことばかり書いてしまったが、モノ、いいんですよ。
センスが、めっちゃ光ってる。
世の中に創作家具をやっている方は、たくさんいるのですが、
その多くが、『木工作家』なんですよね。どうも野暮ったい。
無垢の木の温もりが、ぬくもりすぎてて、気持ち悪い。
なんか、吐息のような生温かさがどうもイヤだったんですよ。
それがma-GUさんの場合は、鉄を組み合わせて荒さの緊張感で、クッと締めてる。
そのバランスが絶妙。佇まいが凛としているんです。媚びない凛々しさがワタシ好みなんですねぇ。はい。
今日もまた、いいかたと知り合ってしまいました。
朝の家で、協力をお願いすることになりそうですので、乞うご期待!!

2004.12.16 (thu)
家具は重大な問題である。
たとえばマンションのモデルルームに行っていただけると分りやすい。
金曜日になると新聞に山ほど折り込まれてくる、マンションの広告を見ていただいてもいい。
「都会的でモダンなインテリア」そんなモデルルームよくありますよね。
すてきだなぁ、こんな部屋で暮らしてる自分、かっこいいなぁ、と思うかもしれません。
で、そこで想像してみてください。
この空間から家具をどかしたらどうなるか?
木のようなフローリングに織りの深いラグが敷かれ、皮の座面にクロームメッキ脚のチェア、
ガラスのエッジの効いたローテーブルには、アーティスティックなオブジェ。
白いクロス貼りの壁には、抽象画がローズウッドの額縁にはめ込まれている。
・・・なんかそんなモデルルーム、よくありますよね。
んで、ここから家具を全部外すと、つまり、「これからこの部屋に引っ越してくるんです。」という、
マッサラな状態にしてみると、ポリ塩化ビニール製の壁と天井は、ただ白いだけだし、
ニセもの木のフローリング材が敷いてあるだけの、どうってことのない、
ただの味も素っ気もない、マンションの一室でしかない。
家具が空間を作っていたわけです。
部屋自体はどうってことなくても、
置き家具が良いと、それだけでイメージを作れちゃうわけですね。
素敵なお店、マンションの広告など、一度そういう目で見てみてください。
家具の力が見えてきます。

2004.12.15 (wed)
「いつぞやの、ウ●コちゃんの付いた靴はどうなった?」
そういえば、このdailyを読んでくれてる先輩からそんなメールが来てたっけ。
ウ●コちゃんの靴、臭くてたまらないのでとりあえずはベランダに出して、
・・・そのままになってる。
いやいや、洗うのがイヤでというわけではない。
わざわざ、このためにとっておいたのだ。
年末ジャンボ、連番で3枚♪
せっかくウンが付いてる靴があるんだから、ね。買いにいったわけですよ。
カミさんから、この人頭おかしいんじゃないの?という、汚いものでも見るような目に送り出されて。
(ま、実際に汚いんで、反論の余地もないわけですが)
そんで、「おーい、買ってきたよぉ♪当たっちゃうぞぉお今年は。
さーて、このウ●コ靴も役目は終わったな。キレイに洗おうっと。」
っと、ここでカミさん
「え?洗っちゃうの?・・・どうせなら、抽選日までは・・・」
「・・・・・・。」

2004.12.14 (tue)
最近いろんなかたとお話をさせていただく機会が多い。
その中で、ある程度のお年になって、仕事が成功していて、お金もあって、人生の楽しみも充実しているかた、
そういうかたが、いろいろアドバイスをしてくれたりする。
「お金は使わなきゃ入ってこないんですよ。
旅行なんかで散財して帰ってくると、不思議とポンと仕事が入るんです。
天下の回りものは、まずは自分が使う、これが肝心ですね。」
とおっしゃるかたがいれば、
「お金は、使ってたら貯まらないんだから。当たり前でしょ。
それをふつうの人はチョロチョロ使っちゃうからダメなの。
欲しいものなんて色々あるでしょ。でもそれを、まとまったお金を作れるまではグッとガマンして、それが肝心よ」
なんてかたもいる。
言っていることは正反対だが、どちらのかたも僕の目から見れば、
成功してオモシロく人生を生きているようなかた。
いろんな人の話を聞いてて思ったのは、
『使う』と決めるも、『使わない』と決めるも、きっとどっちでも良いんじゃないかな。
むしろ『決める』ということ、これが肝心なのではないかと思う。
自分のやり方を絶えず意識して、少し不自由でも自分が決めたそれを守って、そうし続けること。
さて、サバデザはどっちにするかな?

2004.12.13 (mon)
どっちが天使で、どっちが悪魔か、それがわからなくて困っていた。
たとえば『エト』の話がそうだ。
ある日、知人から地域通貨のようなものを立ち上げるために、それのデザインをやってくれないかと頼まれた。
仕事は最悪に忙しい。やらなくてはいけないことが公私ともにドッサリで、
何から手をつけ、何を犠牲にあきらめるか、崖っぷちギリギリの選択をしなくてはいけない、
いまだかつでない大きなターニングポイントの数日間だった。
そんな時に、さらに『エト』のデザインを頼まれた。しかも期限は1週間。もちろんノーギャラ。
迷った。大いに迷った。引き受けるべきか、断るべきか。
けっきょく、せっかくの縁だし「出来る範囲で簡単にやってくれれば良い」とも言ってくれているし、
気張らないでパパッと適当に、インターネットから画像を拾って並べておしまい、
それで良いだろうと思って引き受けた。
引き受けた途端に、不運にも仕事の方がニッチもサッチもいかないドツボにハマってしまった。
今まで割と多めに不運を経験してきた自負はあるが、
それでもここまでタイミングの悪いアクシデントは初めてだった。
弱り目に祟り目。
「捨てる神あれば拾う神あり」の拾う神が両手を広げ、その胸に泣きながら飛び込もうとしたら、
笑みを浮かべた拾う神が、鬼のイガイガ金棒で殴ってきた。そんな最悪の状況。
神様にすら裏切られた、『エト』の締め切り3日前。
そんなボロボロの状態で、『エト』のデザインは版権の問題などから、自分でイラストを起こすことになり、
一番苦手なお絵描きをするハメに。
とてもじゃないがパパッとなんて終わりません・・・。
この時点ですべての仕事は後回し。ボロボロの上にまたひとつ、負債を抱えたようなものだ。
こんな時、天使と悪魔がやってくる。
「そんな余計な仕事やめろよ、やらなきゃいけないことからひとつひとつ片付けろよ。
カミさんもコドモも養わなきゃいけないんだろ。こんな状況なんだからまずは本業に専念しろよ。」
「でもエトのデザインだって引き受けちゃったんだろ。
せっかく知り合った新しい人の輪で、オマエがどう見られるか、肝心な場面じゃないの?
それにネットで拾った画像を貼付けてなんて事でお茶を濁して、そんなんでオマエいいの?
デザイン屋としてのプライドとかないのか?」
いったい、どっちが天使でどっちが悪魔なのかわからない。
どちらの言い分も正しいようであり、罠のようにも思える。
結果として、残りの3日間必死にエトのデザインをした。
それを終えてから、遅れをとってしまったがすぐさま本業の修復に全力で取り掛かった。
まったくとんでもない12月だ。
ま、それが良かったのか悪かったのかわからないが、なんとかギリギリのところで本業の方は軌道修正ができた。
墜落はまぬがれた感じだ。
そしてきのう、コミュニティセンターでのクリスマス会では、エトが初めて導入された。
所詮コドモ相手のママゴトである。
ではある・・・が、クリスマス会のスタッフの方々の反応を見たら、
なんだか暗い部屋の扉から光が差し込み、未来が少しだけ開けたような感じがした。
それはエトにも、ボクにも。
エトはこれからおもしろい展開になるかもしれない。
そして、僕のノーギャラ仕事の成果物もみんなに喜んで貰えているみたいだ。
デザインを褒めてくれる人がいる。
「仲間が増えた♪」と、嬉しそうに話しかけてくれる人がいる。
僕は拾う神のイガイガ金棒のおかげで死にかけていたんだぜ。
まったく、どっちが天使でどっちが悪魔だったかわからんなぁ。
あの時が重大なターニングポイントであったこと、そいつぁたぶん間違いない。
この先もまだまだ、落とし穴があるかもしれない。
死にかけることも、またあるかもしれない。
でも、わかったのは、トドメをさされちゃうときは、さされちゃうのだ。
神もへったくれも、あったもんじゃない。
転機なんてのは、必ずしも二者択一ではないんだな。
「どっちを選んでもハズレです。♪ドツボにハマってドッピンしゃん。抜けなーいどうしよう♪」
そういうインチキみたいな分かれ道があるんだな。
世の中ってのはとんでもない怪物だ。
でも、おかげで分ったよ。
拾う神にまで裏切られて、うずくまって泣いているか、泣きながらわめきながらメチャメチャに走るか、
その違いが転機なのだ。
どうにもならないアクシデントの時に、どうにもならないからジッとしてるか、
どうにもならないと分っていながら、ムダに暴れてみるか。
どちらを選んでも、結果はやっぱりどうにもならない。
ならないんですよ。絶対に。
ならないんだけど・・・そのムダに暴れたってことが、
自分の底力を信じられる、そういう自信につながるんじゃないかと、
そんな気がした。
でも、自信がついたって、どうにもならないことは、どうにもならないんでね、
まぁ、ホントに今後役立つことがあるのかどうかわからない底力だけど、
それは、絶対に使えないと分っていてもみんなが持ちたい核兵器とおなじで、
それがあるだけで妙な安心感はできた。
どうです?あなたも底力保険に入りませんか?
けっして、おすすめはしませんが、もしあなたに入れるチャンス(ピンチ?)がやってきたら、
その時は加入されてはいかがでしょう?
「どっちが天使で、どっちが悪魔か?」世の中そんな甘いものではないようですよ。
「どっちも悪魔♪」
そういう素敵な仕打ちもあるみたいです。

2004.12.12 (sun)
光風舎のオープンハウスにいってきた。
以前、光風舎の吉原さんと共同設計した HAKAtoSOLAの時には、
お互いにお互いの作品を見ていなかったので、作風がよく分らなかった。
そのため、かなりの時間ディスカッションを繰り返すことで、
考え方の違いや共通項を見いだすために時間を掛けた。
その後森に浮かぶ家のオープンハウスに吉原さんが見に来てくれて、
今度は僕が吉原さんのソロ作品を見させてもらう番。
なるほどなるほど、よーく分りました。
やっぱり実作を体感させてもらうのが、相手を理解するのに手っ取り早い。
今までおぼろげな感じで理解していた吉原建築が、僕の中でかなりクリアに輪郭をとらえられるようになった。
一番心配だったのは、HAKAtoSOLAを設計していく中で、
僕が吉原さんのことを誤解して解釈していなかっただろうか?ということ。
こうして実物を見学させてもらって、それは無さそうであったことに、まず一安心。
また共同設計をさせてもらえるような機会があったら、今度はもっと思い切った提案が出来るような気がする。

2004.12.11 (sat)
朝の家の見積りが建設会社3社ともそろった。
さて、建設会社をどこにするか、この問題は非常に重大な問題である。
「あなたの描いた設計図の通り工事をするんだから、
どこの建設会社がやっても同じモノが出来上がるんでしょ?」
と、一般のかたは思われているかもしれませんが、それはぜんぜん違います!断言します。
敷地を3区画用意して、3社に同じ設計図を渡して、ヨーイドンでやってみれば、
誰が見ても一目で分かる、一目瞭然の結果を提示できるのだけど、
それが出来ないのが建築という一品生産の難しいところ。
設計図は、料理に例えるならレシピなんです。
材料は、タマネギとトマトと、アイビキ肉が・・・塩を少々、隠し味に・・・、・・・弱火で5分。
例えば、服部幸應が考えたレシピで、陳健一と道場六三郎と坂井宏行がヨーイドンで作ってみたら、
きっと同じ味にはならないでしょ。
微妙な塩加減、火加減、タイミングの妙、またその料理のジャンルが得意分野か不得意分野かにもよるでしょう。
3人の味が、同じ味に・・・なるわけが無いですよね。
まぁ3人ともそれぞれのスペシャリストだから、
それぞれに個性的でそれなりに美味しいものを作っちゃうでしょうけど。
でも、個人住宅を依頼するときの建設会社は、料理の鉄人ではないんですね。
街の普通の工務店です。
ですから、合見積りの際の一番大事なポイントは『金額』ではないんですね。
設計図はあくまでレシピでしかありません。
食べたときの味の印象というのは、材料や調理法・レシピだけで完全にはコントロールできるものではなく、
『塩を少々』とか『ほどよく蒸らす』とか『カラッと揚げる』などの部分、
作り手のセンスが良いか否かで、ガラッと変わってしまいますよね。
建築もまったく同じです。
どんなに一生懸命イメージを働かせて、素晴らしく設計図を完成させても、
完成する建物そのものの質は、結局は実際に手を動かす作り手に懸かっています。
ですから『見積り金額』だけでは判断ができないんです。
たとえ、レシピを変えて材料を伊勢エビからイワシに落としてでも、
『この料理人ならうまくやってくれる。』そう思える、個性を信じられる相手に作ってもらいたいと思っています。
建て主の個性、設計者の個性、建物の個性、建設会社の個性、
それらがうまく溶け合わないと良い建築は出来ません。
『見積書』で計っているもの、それはじつはお金じゃないんです。
同じ目標を持てる、設計の意図を汲んでもっと良いものを作ろうと頑張ってくれる、
そういう作り手を探しているのです。
設計図は、料理で言えばレシピ、音楽で言えば楽譜です。

2004.12.10 (fri)
家づくりの会の忘年会に行ってきた。
「おめでとう、住宅特集に載って良かったねぇ♪」と声を掛けてくださる方、
「載ってみて分ったでしょ。今まで人の作品を見てあーだこーだ好き勝手言えてたのが、
自分が載っちゃうと、変わるよね。」と実に良く僕の心理状態を理解してくれている方、
まぁ何にせよ、あの雑誌に載るというのは、かくも影響・反響のあることなのだと再確認した。
ところで以前、家づくりの会の会報に僕は『後ろ向きのススメ』というコラムを書いたことがあった。
んで、そのコラムを見た友人が、いたく共感を覚えたらしく、
今日会うと一生懸命そのことを僕に伝えようとしてくれた。
ちなみに↓がその時のコラムである。

・後ろ向きのススメ 
「んもう、こんな仕事、やってられるか!」
腹の底でグツグツ煮えたぎる真っ黒いエネルギーの大噴火の結果、
私の設計事務所『サバイバルデザイン』は、いた仕方なく生まれた。
独立なんて、好んでするようなものではない。
それは所属を喪失することであり、追い込まれるように行き着いてしまう、ホームレスみたいなもの。
「理想・希望・夢」、ポジティブな動機は、純粋なだけにモロい。
「もうとにかくイヤ!」この情動的な後ろ向きのエネルギーこそが、実は爆発的かつ持続的な力を秘めている。
たとえば泥棒と警官の追いかけっこ。
「捕まえたい」と思う警官は、「捕まりたくない」と必死で逃げる泥棒に追いつけっこない。
『・・したい』は『・・したくない』の底力にはかなわないもの。
そして『・・・たくない』のドス黒いエネルギーは、一度大噴火を起こすと、止めどもなく沸きつづける。
歯車の狂ったこの社会への反骨もあれば、未熟な自分への苛立ちもある。
この怒りによって増幅されるハタ迷惑なエネルギー、
これこそが独立後の推進力となる『ネガティヴエネルギー』なのだ。
ネガティヴシンキングだっていいじゃない。
世の中は持久戦だと気付いた独立3年目の『サバイバル』デザインなのです。
(家づくりの会ニュース、2003年11月号より)

んで、彼とそんな話をしていた中で、彼がすごく良いことを言っていたのでメモをしておいた。
「ポジティブって、なんか『ウソ』のような気がするんですよ。
物事に対して、うわぁイヤだなぁとかやりたくないなぁ、ってネガティブな反応ってあって普通だと思う。
それに対して、ポジティブシンキングってのは、けっきょくのところ、現実避難なんじゃないかと思うんですよ。」
うわぁ、すごいこと言うなぁ。感心した。いたく感心した。
僕の感じていた違和感、「ポジティブシンキングって良いよね!」という世の中の流れに、
どうしても馴染めなかったその感じは、まさに彼の言っていたことなのだ。
ポジティブシンキングは、現実逃避を含んでいる。しかもそれが偽善的なのだ。
だからイヤだったのだ。
ネガティブな動機というのは、『必要』に迫られてのことなんだな。だから無駄がない。
「金がないから・・・働かなくちゃ」
「あいつだけには・・・負けられん」
でも、ポジティヴな動機は・・・なにかごまかしがある感じがする。
自分への、他人への、ごまかし。
『仕方がないからやらなきゃいけないこと』を『やりたいこと』に変換するための、
正当な理由としてのウソ。つまり偽善。
昨日のYくんの一言で、僕はわかっちゃったのだ。
おかげで、世の中が何と言おうと、もう惑わされないで済むぞ。
やっぱりネガティブシンキングは、けして悪いことではないのである。
これはもう、Yくんに感謝である。
(家づくりの会ニュースのこのコラムは、実は500文字で依頼されていたにもかかわらず、
書いてみたら2000文字になっちゃんですね。で、削りに削って上記のような文章になってしまったので、
できればその大本になってるこちらも読んでみてくださいな。)

2004.12.09 (thu)
『出し惜しみ』というのをしないように心がけている。
頼まれ仕事でsurvival designとしてのクレジットにならない物件でも、
うまく当てはまりそうなら、アイデアはガンガン使ってしまう。
「自分の物件のために取っておこう」
そういうことはしない。わざと心がけている。
アイデアは貯めておいてしまうと、次のアイデアが湧かないものである。
アイデアはさっさと使ってしまった方が良い。
不思議なもので、持ち玉がなくなると、また次のアイデアが湧くのだ。
貯めておいてしまうと、いつまでもそのアイデアに固執して気をとられているばっかりで、
「アイデアをどう使おうか」ということにばかり考えがいってしまい、
アイデアそのものを産むことを忘れてしまうみたいだ。
だから良いアイデアほどさっさと使ってしまった方が良い。
そこにsurvival designのクレジットはなくてもいい。
ホントは、ちょっと勿体ないなぁとも思う。
でも、いいのだ。もっとスゲーこと考えちゃえば良いのだ。
中央線長屋ガーデンで試みたこの断面構成が、別の物件で役に立ちそうである。

2004.12.08 (wed)
12月8日はジョンレノンの命日なのだ。
毎年毎年、ちょうどこの時期には、ジョンのHappy Xmas (War Is Over)がよく流れる。
ドキドキする感じ、ワクワクする感じ、なんだか落ち着かない感じ。
この曲のイントロは12月そのものなんだな。
クリスチャンじゃなくても、なんとなく幸せな気持ちになるクリスマスで、
年末進行で忙しくなる世の中で、
不思議なことに、去年とも一昨年とも同じ匂いの、独特の時間が流れる季節。
普段はラジオからテレビから使い捨てのはやり歌が、しつこく変わり身早く流されていても、
毎年毎年この時期だけは、ワムで山下達郎で、ジョンレノン。
振り返ってみれば、今年も色々あったけど、またこの季節に帰ってきた。
街も人も常に新しいことに飛びついて、めまぐるしい時代、めまぐるしい都市でなんだか疲れちゃうけど、
毎年12月8日には、去年と同じようにジョンレノンが流れる。
つぶやきのような素朴な想い、語りかけるような優しい歌声、
本当はなにも変わらない、そのことに気が付いて、フッと少し楽になる。
進んじゃいない。だから進む必要も無い。
またひと回りして、来年もここに帰ってくるだけだ。

2004.12.07 (tue)
現場から帰ってきたら、ウチの中が動物園臭い。
もっと言えば、動物のウ●コくさい。
原因が分からぬまま、昼ごはんを食べて、近所の病院へ。
インフルエンザの予防接種を打ってもらって、帰宅すると、
やっぱりくさい。
「なぁ臭くないか?」
「さぁ、べつに気にならなかったけど・・・ん、そういえばなんか臭いね」
それでも、いったいどこが臭いのか、原因は特定できないまま。
しばらくして、玄関に脱いでいた自分のスニーカーを下足入れにしまおうと、持ち上げた瞬間、
「うわ!クセぇ!!」
現場の泥がついていたのかと思っていた、スニーカーの底には、
こげ茶色のウ●コちゃんがベットリ。
というより、モッソリ。
靴の底にどんなに頑張ってたくさんつけてみようとしたところで、
もう、これ以上はつきませんよ、ってくらいに、
ぬかるみで遊んだコドモのころのように、靴底に重みすら感じるほどのモッソリ。
うわぁ、まいったなぁ。
この靴で病院も行っちゃったじゃないか。
さーて、いったいどうやって洗い落とそうか、こんなに大量のウ●コちゃん・・・。

2004.12.06 (mon)
ラーメン屋さんなのだ。
そう考えたら分りやすい。
このスープ旨いなぁ。・・・でも麺がちょっとモサモサしてる。
もうちょっとツルツルした麺なら、抜群なバランスなのに。
初めて入ったラーメン屋さんで、そんなことを考えていた。
店構えは古くて、ボロくて汚い。
汚くて旨そうに見えるラーメン屋さんもあるが、ここは汚くてマズそうに見える店構え。
なのに、超満員。客層も学生、主婦、オジさん、いろいろいる。
たぶんみんなは、ここのラーメンが好きなのだ。
そして店の主人も、自分が一番旨いと感じるラーメンを作っているはずなのだ。
住宅の建て主さんで、いろいろ住宅雑誌を持ってきて、
こんなお風呂で、リビングはこっちの写真のように、キッチンは・・・、出窓が・・・
こういう建て主さんを、だいたいの設計者はイヤだなぁと思っている。
ニコニコして聞いているか、露骨にイヤな顔をするかの違いだけで、
だいたいみんなイヤだと思っている。
つまり、「その写真の設計者のところに行けば良いんじゃないですか?」と思うのだ。
自分が、全然良いと思えない写真を見せられて、「素敵でしょ、こんな風にしてください」と言われても、
自分の価値観に無いものは、やっぱり出来ないのだ。
だからラーメン屋さんなのだ。
ある程度はお客さんの反応を見ながら、喜んでもらえるラーメンを作るために試行錯誤する。
でも、最後は自分の舌であり好みになってしまうのだな。
世界一旨いラーメンを作りたい。そういう想いで一生懸命ラーメンを作っている人たちはたくさんいる。
そして、人の数だけ『世界一のラーメン』は存在するのだ。

2004.12.05 (sun)
地域通貨のようなもの、の打合せに行ってきた。
頼まれていた、チケットのデザインを持っていった。
決められていた単位は『エト』で、図柄は十二支をモチーフにするというもの。
「30分くらいでパパッとやってくれればいい」という話だったので、
インターネット上からフリー素材のイラストを集めてきて、と思っていたのだが、
フリー素材といえども、地域通貨的な使用を考慮すると、権利の問題が絡んできそうだったので、
結局は自分で描いてしまった。
このイラストを描くにあたっては、自分なりに決めたコンセプトがあった。
これ以上は引けない最小限のイラストにする、ということ。
動物を記号化して、コレがあるから「○○だ」とわかるけど、でもギリギリだなという線を狙ってみた。
建築を作る時に建築家は、最小限の部材で構成する、なんてことを美学としてやっていたりするけれど、
それを動物イラストでやってみたらどうなるのか、そんな実験だった。
結果はこんな感じである。いかがだろう?
なに?滴る血?
トラでしょ、トラ。

2004.12.04 (sat)
結婚するふたりに、その理由を訊ねるなんてヤボだとわかっていても、
つい聞いてみたくなってしまうのはなんでだろう?
オヤジ化してるということだろうか。
自分に当てはめてみれば、『結婚の理由』ほど、本人の意思が役に立たないモノも珍しい。
僕は「彼女と結婚したい」なんて思ったことは、一度もない。それは断言できる。強くできる。
たぶん、向こうもそうだろう。
「したい」なんていうこちらの意思とは無関係に、説明しようのない不思議な縁のせいで、
こんなことに「なってしまった」のだ。
そういう人はけっこう多いのではないだろうか。
それを運命と呼んだり、神の御心と呼んだり、アクシデントと呼んだり・・・
呼び名は違えど、「本人の意思ではなく」ハメられたみたいに結婚することになる。
ところで、『恋人』とか『カレシ』とか『カノジョ』ではなくなった、
『パートナー』というのは、なかなかいいものである。
色気も見栄もへったくれもなく、ただ互いの人生を充実させるために、
一緒にやっていったらこいつぁうまくいきそうだ、という相手。
恋人というのはいっくら楽しくても『1+1』、せいぜい足し算でおしまいなんだけど、
パートナーというのは掛け算である。
『1×1』で、・・・ん?
1×1=1、それじゃ話がまとまらないねぇ・・・。
なんだろう?、化学反応みたいなものかな?
水素と酸素で水になるような、これもちょっと違うなぁ?
なんかうまい例えは思いつかないけど、まぁなんつーか、
けっこういいもんですよ。(ひどいまとめ方だなぁ)
そんなわけで、ようこそKくん、キミは正しい。結婚おめでとうなのだ。

2004.12.03 (fri)
うーん・・・
事業をしている人を見ていると、けっこう迷信を気にしたり、験を担いだり、
風水にこだわったり、そういう率が高いような気がしませんか?
大きな熊手が壁にかけてあったり、毎朝神棚に手を合わせたり、花瓶の方角を気にしたり、
僕はあまりそういうことを気にしない方だったのですが、
うーん、今日は不思議なことが度重なって起こったもので、
急にそういうことが気になり始めました。
あんだけ、あがいてあがいて身をよじって頑張ってもダメだったことが、
玄関を掃除したとたんに、ポンポンポンと。
まぁ普段から玄関がキレイに越したことはないので、
いつでもきちんと、掃除を怠ってはいけないところでしょうが、
それにしても、タイミングがね、大掃除して5分と経たずにポンポンポンって。
うーん・・・風水かなぁ・・・

2004.12.02 (thu)
時々書いとかにゃぁと思うもので。
ウチは、survival designは、建築の設計事務所です。
お仕事の依頼は、家を建てたい一般のかた、不動産屋さん、同業の設計事務所のかたなど、
どんなかたからでも、承っています。
住宅や店舗の新築・リフォーム・インテリア、
その他、土地の調査や諸々ご相談など、
ひととおり何にでも対応しています。
「設計事務所は敷居が高い」という声を聞きくこともありますが、
みなさまご存知のようにウチは、ビジネス臭くない、鯱張らない(シャチホコバラナイとよみます)事務所です。
皆様の周りで建築屋をお探しのかたがおられましたら、
「こんなのがいるよ。見てみたら」当websiteを紹介いただけましたら、幸いです。

2004.12.01 (wed)
コドモは押し入れに入れてみると、なんだかカワイイ。
なんでだろ?
ま、みなさま、ぜひ一度お試しくださいな。
ただ、簡単に転がって落っこちますので、どうぞご注意を。
この写真も、じつは画面のすぐ脇でカミさんが、
ハラハラしながらいつでも手を出せる姿勢で構えています。
きのうに引き続き、コドモのお話でした。

さて、11月のDailyはこちらか、
右のバックナンバーメニューからどうぞ。