Daily・・・日々雑感

2004.08.31 (tue)
最近、夜寝る前に、せんねん灸やってます。
おととしくらいかな、
忌野清志郎の日本縦断ライブハウスツアーを追っかけた映画があってね、
そのワンシーンで、サウンドチェックを終え楽屋に戻ってきた清志郎が、
本番までの待ち時間に、煙草をくわえながら、ジーンズの裾をまくって、
両膝にせんねん灸をして、モクモク煙の中で一息ついていて、
その姿が、なんかすごくカッコ良く見えたんだよねぇ。
「本番前にせんねん灸するのは当然だろ。オレは戦うロックンローラーだぜ。」
そんな雰囲気に、ぉお!やっぱ清志郎はスゲーなぁ、と、なぜか深く感激しちゃったんですね。僕は。
それ以来せんねん灸は、なんちゅうか、もう、すげーカッコいい行為なんですよ。

2004.08.30 (mon)
人間のコドモは、動物の中では例外的で、かなり未熟な状態で産まれてくるのだそうだ。
ふつう動物は、産まれてすぐに自分の身を危険から守る程度のことはできるし、
親にくっついて、おっぱいを自分からもらいに行ったり、
死なないための最低限のことは、最初からできるらしいのだ。
たしかに、人間のコドモは、ゴロンと放置しておいたら、それだけですぐ死んじゃうもんね。
人間の子供だけが未熟なまま産まれてくるのは、脳の大きさが他の動物と比べて格段に大きいためで、
脳が成熟するまでお腹の中にいたら、母体の方に負担がかかりすぎてしまうし、
頭が大きすぎて、ちゃんと産まれてこなくなってしまう。
だから人間の子供は、まだ未熟な状態で外へ出してしまって、
その後の1年で、脳が急速に成長していくのだそうだ。
そんな本を読んでいたから、ウチは「最初の1年間は胎児だと思って育てよう」ということにした。
だから、グズればすぐに抱っこしちゃうし、泣かせて放置するようなことは無い。
遊んで欲しそうな時には、なるべくつき合ってあげる。
しつけもしない。
「ダメ」って言わない。
離乳食もまだしない。
最初の一年間は、コドモの本能のままに、求めるものをあげるよう、親は立ち回る。
一年間だけ、ね。
このまま放っておいたら、ワガママなヤツになるだろうねー。
だからその分、2年目からは、ちゃんとしつけないとね。
世間様にご迷惑をお掛けすることの無いように、キッチリと。
まぁ、こんなやり方で、子育てができているのは、僕が事務所兼自宅の生活・仕事をさせてもらえているおかげ。
幸せな環境、みんなに感謝しなくっちゃ。

2004.08.29 (sun)
ウチのコドモ、目が合うといつも「にこぉ」って笑う。
こちらから笑い掛けた時はもちろんのこと、
僕が眉に八の字寄せて、一点を凝視しながら考え事をしてるような、かなり目つきが悪い時でも、
フッと目が合うと、コドモの方から笑いかけてくる。
そういえば、まだ一度もコドモに対して怒ったりした事がないから、
人を疑うことや、機嫌の善し悪しを見極める、そんなことをまるで知らないんだろうな。
人と接することに、安心しきってるなんて、
なんて幸せなヤツだろう。
こんな時間が、少しでも長く続くといいな。

2004.08.28 (sat)
僕のように、実名でネット上に名前が出ているって、じつは少し怖いものです。
例えば、検索サイトで『須永豪』って入れれば、ココに辿り着けちゃうわけですよね。
イロイロあって今は連絡の途絶えた昔の知人だって、
インターネットで検索すれば、ココに辿り着くのは簡単なこと。良くも悪くも。
どこの誰から見られているのか、それが自分ではさっぱり分らない。
別に有名人でもなんでもないのにね。
しかも、ここのページみたいに思いつくまま何でもかんでも書いてるものだから、
プライバシーなんてどっか行っちゃってるしね。
ありのままを書こうと心がけているのですが、そこに、後から不都合が出たりしても、
その文章って、もうネットの世界からは削除できないんですよね。
自分のサイトから削除なり訂正なりしても、yahooとかgoogleとかの検索サイトには、
『キャッシュ』というかたちで、昔の文章のデータも残ってしまっているので、
だれでも閲覧可能なわけです。本人の意思とは無関係に。
あぁ、こわいなぁ。
押し入れの中から、昔の作文を発見してしまった時のような恥ずかしさを、
ひとりこっそりと処分もできずに、どこの誰でも、自由に閲覧可能。
お、おそろしい・・・
そう考えると、仕事や会社の都合で、ネットに名前や写真が出されちゃう人って、かわいそうだよなぁ。
上からの命令じゃ、断れないもんね。
でも、その会社を辞めてからも、ズーッと永遠に、ネットの世界には残っちゃうんだから。
ネット上に、掲示板サイトなんかでも、実名でヘンなことを書かれちゃった日には、
その個人には消せない傷になっちゃうんだもんな。
それが、たとえ事実じゃない、ウワサだとしてもね。
悪いことできない社会になっていくねぇ。なんか、コワイなぁ・・・

2004.08.27 (fri)
どうもやっぱり、そうみたいです。
7月は森に浮かぶ家のオープンハウス云々があったので、そのせいかなぁと思ったり、
お盆で一旦は3割くらい減ったんですが、その後はまた元通りに増え、どうやら安定しています。
ウチのHPへ来訪者数、平日で120人くらいのかたが見に来てくれているようです。
で、そのアクセスの多くはDailyのページ。
始めのうちは、アクセス20人とかで、しかも友人知人のかたから「見てるよぉ」なんて声をかけてもらったりで、
嬉しいような、ガックリなようなだったんですが、もう120までくると、
きっと僕が知らないかたも、覗いてくださっているのでしょうね。
毎日毎日見に来てくださるかた、時々思い出して寄ってくれるかた、ありがとうございます。
時々見に来てくれるかたへ、ひとつだけお願いがあります。
「昨日書いたことの補足を、今日している」ような書き方が結構ありますので、
グーッと下のほうまでさかのぼって、古い方から→新しい方へ、と読んでいただけると、
話のつじつまが、わかりやすいと思います。

2004.08.26 (thu)
このところ涼しくなってきましたね。
やっとクーラーに頼らない生活に戻れそうです。
毎年「脱エアコン」を目指して、8月に挫折するのがパターンでしたが、
今年は最初っからエアコンに頼りっぱなしです。
コドモがホント、暑さに弱くて。
体温が高いからなのか、オトナが「少し汗ばむなぁ」というくらいでも、
コドモは頭にグッショリ汗をかき、ビービー泣きじゃくて・・・。
そんなわけで、今年は地球にゴメンナサイして、ほぼ24時間エアコン付けっ放しでした。
それでも電気代って、いつもの月より2000円くらい高いだけ。
安いよねぇ、2000円でこの地獄の暑さから逃れられるなら、
やっぱり、スイッチ入れちゃうよね・・・。
でも来年は自粛します。はい。

2004.08.25 (wed)
つかこうへいの『広島に原爆を落とす日』という本を読み終わった。
もう、何度も何度も読んでいる本だけど、また読みたくなって。
タイトルの通りの内容で、ヒロシマを題材にしたメチャクチャなフィクション。
つかこうへいはクセがあるから、好き嫌いが分かれるところですが、
気になったら、ぜひ一度読んでみてください。
「落ちる」じゃなくて「落とす」日なんだよねぇ。
戦争なんて、結局一般人には、どんな経緯であったのか、本当はよくわからない。
だからそういう意味では、フィクションとはいえ、この話は非常にリアルに感じられる。
あぁ、アメリカならやりそうだ、と。ホント、メチャクチャな話なんだけどね。
でもその、あんなモノを落とされちゃった、そのひとつの大きなメチャクチャな事実を、
許せはしなくとも、なんとか理解をしようとするためには、
こんな壮絶な物語でも、背景になくては、報われないだろ。
そういう、歪んだところからでも、純粋なるものを見いだしたいという、強い思いを感じるのです。

2004.08.24 (tue)
下北沢はどうも苦手だなぁ。
改札を出て、右だったか左だったか・・・
今まで何度も行っている構造事務所に行くだけなのに、
これが毎回、間違った方へ出て、「あ、こっちじゃなかった」
と、逆へ戻ることになる。
ホントこれ、毎回やるのだ。
必ず間違う2択というのは、ちょっとあり得ないハズだが。
毎回毎回、改札を出て、真剣に悩む。
「ぅうーん、確か前回は右に出て間違ったはずだから、左・・・と、前回間違ったんだっけかなぁ・・・」
そして今日もまた、迷宮に迷い込む。

2004.08.23 (mon)
本格的に実施設計図を描く前に、審査機関で事前相談。
法規は最大限に都合良く解釈したい。これは本音。
なんか、憲法9条に似ているね。
もちろん近隣の住宅に迷惑を掛けるような事はしない。絶対しない。
ここの審査機関は
「法律や告示で、ダメって明記されていない事に関しては、やっぱりダメとは言えませんから」と、
用意していった質問のほとんどが、認めてもらえた。
これ、区役所に持っていってたら、たぶん全部ダメって言われるでしょうね。
「ギリギリ」とか「グレー」なことに関しては、役所は、
「ダメとは言えませんが、認めますとも言えません」と、
結局、『脅迫に近いおねがい』を押し通されてしまうんですよ。
そんなわけで、いい民間の審査機関を見つけられました。

2004.08.22 (sun)
きのう見たあの住宅が気になっている。
いっしょに行った友人の言葉が気になっている。
カミさんの感想も気になっている。
「カッコはいいけど、落ち着かなそうな家」
・・・うん、まぁ、それもわかる
だけど・・・
『落ち着く』ことだけが家の価値だとは、僕には思えない。
あの家はあの家で、あの信じられない開放感だからこそ産まれる、
清々しさ、勢い。生活に弾みがつきそうな、活き活きとした感じがあった。
(壁がない、窓だけで出来たような家なんです。写真撮ってくれば良かったね。)
確かに、それは『カッコよさ』という捉え方をされることもあるだろう。
カッコイイ偏重の使いにくい家と、言われやすい、文句もつけられやすい家だと思う。
でも、だからといって、簡単に切り捨てられない価値を持っている気がしてね、
昨日からずっと僕はモヤモヤしていた。
(おかげで昨日は午後頭痛がひどくなり、寝込んでしまったくらいだったのだ)
で、あらためてカミさんの意見を聞いてみた。
少しずつ少しずつ、解きほぐすように、どこが、どうして、なぜ、なにを、
感じたことを、思い出してもらいながら、分析していく。
もし○○だったら、例えば●●にしていたら、もしも・・・・・・
あの家に、加えたり引いたりしながら、落ち着かなさの原因、開放感の効果や影響を探ってみる。
ウチのカミさんは建築に関して、ズブのシロウトなんだけど、感覚は鋭い。かなり鋭い。
雑多な知識が無い分、僕よりずっといいセンサーを持っているかもしれない。
数時間話し合ったおかげで、答えがだんだん分ってきた。
それは、ここには書ききれない量だけれど、ひとつだけ書くならば、
家には、『落ち着く』とは別に、『可能性が欲しい』ということ。
家はそこに暮らす人の心を左右する。心はその人の人生を左右する。
『落ち着く』も、もちろん大切。
そしてまた、『可能性』も、新しい生活の器には必要だということ。
そう、僕が作っていきたいのは、『落ち着く』だけじゃない、『可能性をもった家』。

2004.08.21 (sat)
由比ケ浜で住宅の見学会があった。
カミさんも見たいと言うので連れて、コドモも連れて。
で、そのついでに砂浜まで足を伸ばし、膝まで海に浸かってみる。
コドモにとっては初めての海。
波が向こうからやってくるのをジーっと見ていて、自分の足下まで来ると、
「ギャウゥ」と、わめいて泣いた。
波が怖かったみたい。
初めての海。コイツの記憶には残るのかな?

2004.08.20 (fri)
『定価』ってずいぶん、いい加減なもんだなぁ、と、思った。
「定価の50%OFF!」なんて書いてあると、「おっ!」と、つい身を乗り出してしまうけど、
よく考えたら、『定価』はメーカーやら発売元やらが勝手に付けている、
「この値段で売りたいなぁ、売れたらいいなぁ」という値段なんだよね。
そりゃぁ、誰だって、1円でも高く売りたいもんね。
でも、「当店通常価格」っていうのが、いわゆる実売価格でさ、
買う側が審判した、そのモノの社会的価値なんだから、
「定価の50%OFF!」ってチラシに釣られちゃいけないね。
もしウチが、
「定価500万円の設計料を、今ならナント250万円で!(先着5名様)」なんてやったら、
わぁっ、安い!なんて、驚いて飛びついちゃったりする人がいるのかなぁ?
いやいや、もちろんそんなアコギな商売しませんよ、ウチは。
ただね、『定価』っていい加減だなぁって。
誰でも付けられるもんだもんね。

2004.08.19 (thu)
やっと、朝の家の構造がまとまってきた。
どんな空間にするのか、素材は何を使うのか、下地は、断熱は、防水は、外壁は・・・
小さな家の場合、内部空間をなるべく多くとりたいので、天井裏だの床下だの、壁の厚みだのを、
ギリギリまで小さくしたい。
だから素材がある程度決まらないと、骨組みが固まらない。
でも、骨組みの図面が無いと、やっぱり他の図面は描けない。
骨組みの図面を描きながら、素材や工法の検討をしつつ、描いては直し、描いては直し。
ようやく、少しずつ方向性が見えてきたところ。
いつもの事だが、「逃げ」のない建物は苦労する。
建設会社や職人さんに、「逃げのない建物はキツいよぉ」と現場で泣きを言われるのもいつもの事。
でも、設計屋さんも人知れず、泣きながら何度も何度も、図面をチョコマカ、チョコマカ、
直して、職人さんたちの知らないところで、けっこう苦労しているのですよ。

2004.08.18 (tue)
打ち水大作戦やりました。
お風呂の残り湯をバケツで汲んで、ウチの前、カンカンに焼けたコンクリートにビシャビシャ。
またお風呂に戻って、バケツで汲んで、バケツの水がポタポタ床に垂れないように雑巾で拭って、
サンダルはいてよっこらしょと玄関扉を開けて、ぐるっとまわって日なたの方に出て、ビシャビシャ。
またお風呂に戻って・・・
いったいこれを何回繰り返したことだろう?
広大なコンクリート面に対して、ひとりがビシャビシャやってみたところでたかが知れてるよなぁ。
そもそも、こんなにコンクリートだのアスファルトだので固めてしまったのがいけないんだ。
マンションの屋上だって、コンクリートの上に土でも入れておけばぜんぜん違う。
植物を植えておけばそれだけで違う。
管理と経費、経済性だけに偏重して、人工物だけで地表を埋めてしまったのが、そもそもいけない。
ウチ賃貸マンションだけど、プランターをたくさん買ってきて、目の前を畑みたいにしちゃおうかな?
やっぱり土と植物が大事よ。
森に浮かぶ家はウチからすぐ近くだけど、緑道があるおかげで、ウチとは全く体感温度が違うもんなぁ。
あそこの家は真夏でもエアコンいらずだよなぁ。
あぁ、木って大事よね・・・
黙々と、バケツを運搬しているうちに、そんなことを考える。
そうそう、ウチは普段お風呂の水は洗濯に使っている。
洗剤を使わず洗濯しているので、排水も大して汚くない。
だったら、洗濯機の排水ホースを延長させて、庭側まで延ばし、じょろじょろコンクリート面に垂れ流せれば、少しは良いのかな?
もっと楽に、バケツなんかで運ばなくて、継続的に出来そうな、方法はないだろうか、つい、考える。
そんなこんなで、お風呂一杯分を撒くのに30分、汗だくになってしまったのでシャワーを浴びて、
なんだかんだで小一時間。
きっと、ウチ一件が風呂の水撒いたくらいじゃ、気温なんて下がらないよ。
そんなこと言っちゃ元も子もないけどさ、この広大なコンクリート面を見ていると、無力さを実感せざる得ない。
だからこそ、「もうちょっと何とかならんかね。何とか出来んかね」と考えはじめる。
いっそ、都知事にでもなってみるか。
熱さで頭もイカレてくる。
このイベントで、まともに気温を下げようったって、やっぱそりゃ無理よね。
ぐるっと見渡したって、水撒いてる人なんて、だーれも居やしない。
それよか、今の都市部が、やっぱりまともじゃない、ってことにあらためて気がつく。
気がついたら自分の実生活に、社会的活動・仕事にフィードバックさせていく、そこが大事なんでしょうね。
しかし、あちーなぁ!

2004.08.17 (tue)
民間の建築確認の審査機関で、良いところを見つけた。
常々、役所の建築指導課は何を勘違いしているのか、偉そうに振る舞うヤツが多くて嫌な思いをしてきたし、
それぞれ区や市によって、たとえば「屋根裏収納は下の階の1/8までしか認めない」ってところもあれば、
「下の階の1/2までOK」ってところがあったり、それぞれ独自の判断基準を設けていたりする。
こんなような、建築基準法などに明記されていないことについて、
バラバラな見解を押し付けられる場面はしょうっちゅうで、うんざりしていたので、
数年前から、民間の審査機関が出来たこともあり、良いところを探していたのでした。
だって、1/8と1/2じゃ、大きな違いじゃない?
下の階が20帖だとしたら、屋根裏収納は、2帖半と10帖の違いになるわけよ。
家建てる方は一生の問題なのに、「見解の違い」って、
そりゃないよねぇ。

2004.08.16 (mon)
「三鷹に住んでるんだったら、一度は食べた方がいいよ。」
友人に数年前に教えてもらったまま、今まで行く事のなかったお蕎麦屋さんに行ってみることにした。
三鷹駅南口から歩くと7分くらいかな。
川義(かわよし)』というお蕎麦屋さん。
十割そば、ダッタンそば、ダッタンそばがき、天ぷら、
どれも、うん、うまい。
かなりうまい。
確かに、一度は食べてみた方がいい。
十割そばを食べていて気がついた。
このそば、甘いよ。
普段、つゆにドップリ漬けて食べてしまうシロウトなのだが、
ここのお蕎麦は、ちょびっと付ければ充分。
麺の旨味がフワッと広がる。
ちょっと、そばツウっぽくて、かっこいいじゃないか。
とにかく、とってもうまいおそば屋さんでしたので、
お近くの方は、ぜひ一度どうぞ。

2004.08.15 (sun)
8月。
広島の原爆の日があって、長崎があって、日航ジャンボ機墜落があって、終戦記念日がある。
2週間で黙祷を4回。
子供の頃から、あんなにも待ちこがれた夏休み。
羽を伸ばして、ハメをはずして、調子に乗って弾けちゃうつもりで、ワクワクしていた夏休みは、
この4日間のせい、と言うのか、おかげと言うべきか、
なんとなく、襟を正さなきゃいけない、そんな気持ちにさせられた。
戦争のこと、じつは良くわかっていない。
僕の父は、終戦のときで1歳だったから、そういう記憶もない。
おじいいさんも、通信の技術者だったり、満州へ行っていたりで、
戦争の生の声を、ごく近しい人から聞くことはなかった。
僕の世代で、もうこんな感じなのだ。
テレビや本でしか知らない。
それでも、この8月という月は、わからない僕のような者にすら、いつも重みをもって迫ってくる。
普段は、空しいカラ騒ぎを垂れ流しているテレビやラジオが、沈黙する1分間。
それが、祈りなのか、反省なのか、回想なのか、本当のことは分からなくても、
社会全体の、あまりの真剣さに、事の重大さだけは、皮膚感覚でヒリヒリするほど感じて、
心の中で黙って、きをつけの姿勢をとる。
1分間。
こんな8月の空気が、20年後も50年後にも、日本全体にはあるのだろうか。
僕らのような世代が、それをどうやって引き継いでいったら良いのか、全くわからないけれど、
せめて8月のこの時期だけは、
日本中のひとりひとりが、人の生き死にについて、真剣に思いを巡らす、
そういう一瞬を共有する、そんな時間が、風化せずに変わらぬ大きな存在感で残っていて欲しいと、
分からないなりに、思っている。

2004.08.14 (sat)
また余計なことを考えていた。 今日は夜から友人の実家で、会食。
友人夫婦と2歳の子供と生後1ヶ月半の生まれたて、
友人のご両親、
もうひとりの友人、
僕とカミさんとウチのコドモ。
誕生したばかりの、友人の第二子を見るために、みんなで集まった。
(この家、そういえば、四方を隣家にギッシリ囲まれてるんだなぁ。
一階のリビングは、昼間もあまり明るくなさそう。
たとえば・・・こうしたらどうだろう?
リビングの天井を南側の一部だけ高くして、高窓から明るさを採り入れる。
2階寝室の窓は腰から上で充分だろう。
うん、それだけで、1階はかなり明るくなるだろうな。
あっ、そしたら2層分の大きな空間の中に、2階の寝室が入れ子状になっているような構成にして・・・)
「コドモかわいいね」なんて言いながら、実はぜんぜん違うことを考えていた事を、
ここに白状し、お詫びとお祝いの言葉と換えさせていただきたいと思います。m(__)v

2004.08.13 (fri)
パートで貯めた200万円で、バングラディシュに学校を建てた主婦のかたがラジオに出ていた。
日本の普通のおばさんが50才から、週1回のパートで4年間、それで学校が建っちゃうんだって。
ちょっとオドロイタ・・・。
そういうお金の使い方があったのか。
バングラディッシュの子供たちは、その学校でとても活き活きと真剣に学び卒業し、
社会で活躍していくのだという。
おばさんのパート代で。
遠いところで、確実に、自分のしたことが、役に立ち、しかもどんどん育っていく。
自分の目には、その光景が見えなくても、そうであることが、確実に信じられる。
これは『子供を産み、育てる』ということに、どこか似ている。
自分が死んだ後の世界が、自分には見られない世界が、確信を持って信じられること。
『つなげる』+『残す』=『信じられる』
ドラえもんの道具で、のび太が重力の軽い星に行き、鉄腕アトムのように大活躍をする、そういう話があったけど、
日本のふつうのおばさんが、バングラディッシュでは、富豪の慈善家になれる。
自分が生きている間に、どんなに頑張ったって、どんなに遊んだって、どんなにお金を使って欲を満たしてみたって、
ちょっと広い視野で見たら、大きな歴史から見たら、たかが知れてる。
そういうお金の使い方。そういう社会参加の仕方。そういう残し方があるんだね。
いいこと、教えてもらった。

2004.08.12 (thu)
ちょっと困っている。
ネタ切れである。
ここに書くことが見あたらなくて、困っているのです。
このところは、朝の家の図面を黙々と描いていて、それはそれで楽しいのだが、
自分の生活に変化が少ない。
朝の家は、とっても小さい家で、狭い。
狭い家は細部に目が行きやすい。
丁寧に作り込んであげないと、粗雑で荒っぽい家になる。
家によっては、荒っぽさは思い切りの良さ、潔さになることもあるけど、
今回はそうもいかない。
クライアントのお父さんは「一番好きなのは桂離宮」と言っていたなぁ。
桂離宮かぁ・・・。
もちろん、この規模の住宅は、桂離宮にはならないけど、
『和の精神性がもつ凛々しさ』という部分は引き受けたい。
もちろん、ニセモノの『和風』にはならないように、注意をしなくてはいけないけど。
素材。素材の選びかたなんだよなぁ。
今までは、「そぎ落として、そぎ落として、最後に残ったもの、必要最小限のもので組み立てられた美しさ」
そんな方向でやっていたけれど、それだとどうしても、少々の荒っぽさも出てしまう。
まぁ、それが同時に潔さでもあるのかもしれないけど、今回、朝の家はその手は使えない。
ナマの素材ではなくて、薄化粧の空間。
ほわっと包まれるような、やさしい空間。
触れてみたくなるような、肌に馴染む素材。
朝の日射しを、「当たる」でも「反射する」でもなく、
「吸い込む」そして「吐き出す」ような素材。
それでいて、タバコのヤニにもうまく馴染んで、メンテナンスに手が掛からず、安くて・・・。
そんなことを考えながら、黙々と図面を描いている。
そして、そんなことを書いているうちに、今日のDailyもまた埋まる、と。

2004.08.11 (wed)
痩せている人は、ガンになりやすいのだそうだ。
統計で、そう出たらしい。
たしかに、ウチの父方のおじいさん、痩せて背が高くて、ガンで死んじゃった。
体型は僕もよく似ているので、要注意かも知れん。
でも、
「痩せていると、ガンになりやすい」のか、
「ガンなりやすい因子を持つ人は、なかなか太りにくい体質である」のかで、違うよね。
ドカ食いして太れば、ガンが防げるのか?っていう疑問が残る。
その辺り、どうなんでしょう?
そのうち、ガン保険が、体型別に掛け金が違くなったりして。
今のうちに、入った方がいいのかなぁ。

2004.08.10 (tue)
最近、ちょっとずつこのホームページを直しています。
でもきっと皆さんには見えないでしょう。
いままではホームページ作成ソフトを使って作っていたのですが、
それだとブラウザでの表示は同じに見えても、
HTMLのデータとしては、どうしても汚くゴチャゴチャなデータになってしまうのですね。
前々から、webデザイナーの友人に、「なぁ、教えてあげるから直せよ」と言われていて、 本人もずっと気にしていたわけです。
「見えない部分なんだから、いいじゃん。」と、割り切れないのがA型なんですねぇ。
どんなにカッコいいスーツでキメてても、パンツのゴムがびろびろだったり、靴下に穴があいてたりしたら、
いくら見えないからって言っても、ねぇ?
で、このホームページのデータも、ちょっとずつ直しています。
HTMLに関してはシロウトなので、手探り状態ですが、新しい事を覚えていくのは楽しいね。まぁ大変だけど。
そうそう、指名コンペは別のかたに決まっちゃいました。
いただいたsurvival design案についての感想を読んでみると、
うんうん、なるほど、なるほどね、うんそうかぁ。
まぁ、縁がなかったってことですね。
やっぱ縁・・・なんだよねぇ、人との出会いは。
そんな事を思いつつ、Linksのページを更新しました。
不思議なご縁で、おつきあいいただいている方々を、ご紹介させていただいています。

2004.08.09 (mon)
そういえば、森に浮かぶ家、Worksにアップしてあります。
写真家・和田高広さん入魂の写真です。(右側3枚は須永撮影です)
Worksのページ内、小さい写真をクリックすると、大きい写真が出てきます。
作品タイトルをクリックすると、コンセプトや工事費などの情報が出てきます。
また、TOTO通信などで知られる編集者の中原洋さんのHPでも、
この住宅を紹介してくださっています。
写真とプランだけでは想像しづらい、実際にぐるぐる歩き回った感じが伝わってくると思います。
どうぞごらんください。
なんだかオレンジだらけになってしまいましたね。

2004.08.08 (sun)
このあいだ、広島の平和記念式典の様子をラジオの中継で聞いていた。
式典で反戦・反核のメッセージを、コドモに言わせていたけど、
なんか、ああいうのはイヤだなぁ。
舌っ足らずのあどけないコドモの声で、「広島を焼き尽くした核兵器は・・・」って。
もう、後ろで操っているオトナ達の影が丸見えで。
どこぞの「将軍さまの御慈愛で・・・」「鬼畜日本!」って言わせてる国と似たような寒さを感じてしまった。
いや、もちろん僕だって反戦・反核と、思っているけど、やり方がね、どうかなぁと。
ヘタな演出は、真意がちゃんと伝わらなくなっちゃうから、
なんかもうちょっと、ストレートに伝わる、いい方法は無いものかなぁ。

2004.08.07 (sat)
以前からお会いしたいと思っていたかたが、亡くなってしまった。
その娘さんが、亡くなったお父さんへ宛てた手紙を、奥様から読ませていただいた。
お父さんが家族をどれだけ愛していたか、家族からどれだけ愛されていたかが、
しっかり伝わってくる、素直ないい手紙だった。
本当に、いい手紙だった。
僕は、そのお父さんにも娘さんにも、お会いしたことが無いのだけど、
何度も何度も読み返して、赤の他人の僕は、図々しくも涙してしまった。
「命の大切さ」という言葉ほど、簡単に使われすぎて、意味を失っている言葉も無いけれど、
その娘さんの手紙には、大げさな言葉も無く、ただ自分の本当の言葉で、
今の思いをそのまま綴っている、素朴で心のこもったものだった。
この世からたったひとり、人がいなくなってしまっただけのことが、その家族にとっては、
どんな大事件より、都市の大地震より、世界の革命より、ずっとずっと重大なことになる。
お父さんは、どんなかただったのだろう。
子供が心豊かに育ち、奥様がエネルギッシュに自由闊達でいられた、
その大きな安心感となっていたかた。
一度もお会いできないまま、いなくなってしまった事が、僕にとっても、大きな残念となってしまった。

2004.08.06 (fri)
運転免許の更新をしに、府中の試験場へ。
自転車で、武蔵境から東八道路へ抜ける途中、無印良品の住宅第一号を発見。
新興建て売り住宅街のいちばん奥。へぇ、こんなところにあったんだ!?
周りの家とあまりにテイストが違うので、(わざとなのかなぁ?無印良品の作戦?)
ちょっと、ご近所付き合いの心配をしてしまうなぁ。
さて、府中の試験場に着いて門をくぐると、献血車が並んでいて、
待ち時間の暇つぶしをしている人々に、献血を呼びかけている。
そういや5年前に更新しにきた時も、同じような光景があった。
もしかして、ズーッと、毎日毎日、ここでやってるの?
もしそうなら、献血室をここに建てちゃえばいいんじゃない?
献血車じゃ狭いし、色々と不経済でしょうに。
夏の暑いさなか、エンジン掛けっぱなしで、車内だけエアコンきかせてないで。
そんなことを思いながら、僕も待ち時間がヒマなので、久しぶりに献血に協力。
帰宅後、なんとなく体重を測ってみたら、59kg。
あれぇ??
いままで普段62kgから65kgのあたりを推移していたはずが、
今日、2ヶ月ぶりに測ってみたら、ずいぶん痩せちゃってる。
ここまで体重が落ちたのは初めてだなぁ。
いや、べつに献血のせいではないんだろうけどね。

2004.08.05 (thu)
夕方の散歩の途中、なかなか素敵なものが置いてある、小じゃれたお店を見つけた。
MIMOSAというお店。
そのお店に置いてあったガラスの器に、僕は釘付けになってしまった。
澄んだ綺麗な線、波紋のようなガラスのゆがみ。
「うわぁ、キレイ・・・」
カミさんも釘付けになった。
草田正樹さんというかたの、つめたい水と名付けられた作品。
あぁ、まさにそんな感じです。
これはシリーズで作っているようで、ほとんど同じ形の大きさのものが、
いくつか置いてあったのだが、手作りなので微妙にニュアンスが違う。
どうしても釘付けになってしまうのは、その中の1つ。
こういうものは、縁である。
さんざん悩んで、やっぱりそのひとつだけを買うことにした。
4000円。
コップだと思えば、似たようなものは100円ショップでも売ってるのだから、高い。
でも、もし自分が作家だったら「4000円でこんなの作ってよ」と頼まれたとしても、
手間と経費を考えたら・・・、イヤだろうな。
まぁ、ある程度の量をいっぺんに作っているハズだけど、でも割に合うのかなぁ?
そんなことを考えていたら、4000円という値段はとってもお買い得な値段に感じられた。
だって、ホントにキレイなんだもん。
ふと隣を見ると、ポテッと丸っこい、手になじみの良さそうなグラスが2つ。
まぁ、これも何かの縁・・・でしょう。
いっしょに連れて帰りましょうかね。

2004.08.04 (wed)
あらら、またなくなっちゃった。
ウチの前のケーキ屋さん、繊細な味で、いつもちょっと変わったケーキを作っていて、
お店の雰囲気も良くて、好きだったのに、閉店しちゃった。
お魚屋さんの時といい、セピア亭の時といい、
いいお店が無くなっちゃうのは、イイもの作れる人がいなくなっちゃうのは、
ホントに残念。
でも、そのケーキ屋さんのことを教えてくれた、お向かいの粥家さんは頑張ってる。
ここのお粥は、化学調味料を一切使わずに、乾物を煮込んで煮込んでとったダシでつくっている、
トロトロの本格中華粥。
冬の凍えそうな日に食べると、体が内側から細胞のひとつひとつが、ポカポカ暖かくなってくる、
そんな、体に素晴らしく優しい中華粥。
こじんまりとやっているお店だけど、薄味でホントにおいしいお粥専門のお店。
この粥家さんにも、無くなってもらっちゃ困るから、
なるべく、こまめに食べにいくようにして、応援してあげようっと。

2004.08.03 (tue)
「みんなで一斉に打ち水をして、都市の気温を下げよう」
こういうイベント、好きだなぁ。
打ち水大作戦2004』というイベントで、開催は8月18日(水)から8月25日(水)。
各々勝手に、自分の家で、仕事場で、近所の道に水を撒く。それだけ。
駅前ロータリーでは列をなしたタクシーが、運ちゃんが冷房で涼むためだけに、
エンジン掛けっぱなしで、モンモンと熱い空気が吐き出されているというのに。
短いスカートにウールの膝掛けをしたOLのオネェちゃんたちが「ワタシ冷え性だから」とか言っている横で、
ネクタイ絞めて背広まで羽織っているオジさんのために、オフィスの冷房は25度に設定されているというのに。
「水を撒いて気温を下げよう」だなんて。それだけでいいの?
でも、去年の実績では、実際に1度下がったらしいっていうのが、スゴイ。
ホントに?下がるの?
じゃぁウチも参加しよう!
でも、水道の水をジャンジャン使うのはナシだって。
そりゃそうだね。
お風呂の残り水、貯めといた雨水など、排水口に捨てちゃう水の再利用をしてください、とのこと。
いつぞやのキャンドルナイトといい、この打ち水大作戦といい、なかなかいい波じゃないか。
つながりが疎遠な社会だなんて言われがちだけど、今の時代は今の時代で、おもしろいやり方がある。
貢献したい、その気持ちは案外多くの人が持っている。
だから、「ひとりでも出来ることを、それぞれバラバラに、でもみんなで一斉にやる。」
こういうSOHOみたいなスタイルのイベントは受け入れやすい。参加しやすい。そしてちょっと嬉しい。
皆さんもいかがですか?いっしょに、バラバラでやりません?

2004.08.02 (mon)
Amazonからやっと本が届いた。
今回はやけに遅かったな。注文から半月もかかったじゃないか。
待ちこがれていたぞ。よう来た、よう来た。近うよれ♪
さてこの本は、つい最近7月に発売された、
写真家、吉村 和敏の朝を題材とした風景写真と、
詩人、谷川俊太郎の、やはり朝をモチーフにした数々の詩で構成された、
写真集のような詩集。詩集のような写真集。
ズバリ『あさ』というタイトルの本である。
何度も書いているが、僕は個人的に朝への思い入れは強い。
夜の闇が薄ぼんやりと明かるくなりはじめ、闇が解けていく明け方の30分間には、
もう言葉にならない、命の美しさを感じてしまう。
このすばらしい30分間を、自分の生涯の間に何回体験できるかが、
そのまま人生の充実になるのではないかなぁとさえ、思っているほど。
ちなみに、ウチのコドモの名は『朝』である。
夜中に陣痛が始まり、慌ててタクシーで向かった病院、
カミさんはそのまま病棟に入院になったのだが、助産婦さんからは
「もう半日くらいは、産まれないでしょうから、ご主人は一度お帰りになって、
お昼頃にでも出直してきてください」と追い返された帰り道、
明け方の暗くガランとした病院の待合室の窓から、フッと見えた暁の美しかったこと。
朝は、これから素晴らしいことが始まりそうな、そんな予感。
なんとか無事にコドモが産まれた翌朝、ひとり家の布団で目が覚めた時、
僕の頭の中では、なぜか勝手に、ローリングストーンズのShe's a Rainbowが鳴っていた。
(昔、TVコマーシャルで、カラフルなiMacがクルクル回りながら、そのバックで流れていたあの曲)
病院で見た朝焼けと、She's a Rainbowに迎えられて目覚めた朝のおかげで、
こんな、犬の胎児のような小さい体で、しかしその重さに不釣り合いなほど、エネルギーに満ちた動きをする、
ちいさな苗のような命の名前は、
「やっぱり『朝』しかない」そう確信を持った。
。。。そんな、『あさ』なのである。
「なんでそんな名前にしたの?」と訊かれるたび、うまく答えられなくて困っていたのだけれど、
これからは、この本を一冊わたして、「つまりそういうことなんだ」と一言いえば、
分かってもらえそうな気がする。
単なる偶然だけど、今の時期にこんな本が出版されて、たまらなく嬉しい。
そうそう、朝っていうのは、こういうものなんだよ。

2004.08.01 (sun)
指名コンペのプレゼンテーション。
ひととおり案の説明をして、「なにか質問は?」と水を向けると、
「須永さんは、どうして建築家になろうと思ったのですか?」
「もし仕事をお願いするとなった時に、私達(建て主)には、どんなことを望みますか?」
などなど。
普段は僕が建て主さんにインタビューをし、答えを引き出す役目な訳だが、
今回は予期せずインタビューされる側になってしまった。
今思えば、もっとこういう言い方をした方が、うまく伝えられたかもしれないなぁと、
思うことも沢山あるが、それはまぁしょうがない。
インタビューはLIVEだね。されてみて初めてわかった。
建て主さんも、いつもこんな気持ちなのかも知れない。
さて、今回の建て主さんは、単に案を見比べるというだけでなく、
その元にある設計者の『考え方』を理解しようと、努めてくれていた。
なんか、こういう人は嬉しい。
いい面談だったなぁと、充実した気持ちで帰ってきた。
建て主さんが、こういう考え方、判断基準で、選考してくれているのなら、
自分が選んでもらえても、もらえなくても、
どちらに転んでも悔いは無いなぁという感じがする。
あのご家族なら、4人の設計者の中から自分たちに一番ふさわしい人を、
彼らにとってのいちばんの正解を、間違いなく選べるだろう、そういう方々だった。
以前一度お会いした、他の設計者の方々も、皆さんいいひとだったし、
まぁ結果がどうなるか、それはホント、わからない。
もう心配したってしょうがないね。待つだけだ。
気には、なるけどね。どうしても。
そりゃぁ、本心は「選ばれたい!」ですよ。
やっぱり、いい建て主さんと出会いたい。それは設計者の本音です。
相性のいい建て主さんと、高め合いながら仕事をして、いい結果を出したいですから。
今回は、それが出来る建て主さんだなぁと、感じました。

さて、7月のDailyはこちらか、
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